チャンスの神様には前髪しかない。
だからそれが来たらすぐに掴んでしまわなければ、逃してしまう。
って、最初に誰が言い出したんだろう。言いえて妙だと思う。
午後からの講義が急になくなって、ポッカリと時間が空いてしまった。
春と待ち合わせしていたから外に出るのもちょっと面倒で、時間潰しに食堂でラーメンを食べることにした。
ここの醤油ラーメンは、最近巷で流行っているこってりしたものではなく昔ながらのあっさりした味がして、俺は好きなんだ。
食券を買い食堂のおばちゃんに手渡しながら、ふとカウンターを見ると
『お忘れ物です。心当たりのある方いませんか?』と書かれたかごの中に見覚えのある携帯が沈んでいた。
「あ、これ・・・」
手にとって眺めてみる。
白い携帯。子供が作ったみたいな赤と青のビーズのストラップがついていて、
それは明らかに俺がその不恰好さを笑った、あいつお手製の携帯ストラップだった。
『いいじゃないの、たまにはあたしが女の子らしいことしたって』
そうやってスネている顔に妙に色気を感じてドキリとした俺は、かなりの重症だ。
「それあんたのかい?そんなに見てたら穴が開いちゃうよー」
知らず知らずのうちに、俺はそのストラップを長い間見つめていたらしい。
その間に手早く麺を茹で出来上がったラーメンをカウンターに置きながら、顔なじみになったおばちゃんが笑って言った。
「いや、俺のじゃないんだけど、たぶん知ってるヤツのだわ」
「そうかい、じゃあ携帯失くしたら困るだろうからあんた渡してあげてくれる?」
「・・・分かった」
『李里、何作ってんの?』
『んー、ナイショ〜』
先週実家に顔を出したとき、今年小学校に上がったばかりの可愛い姪っ子が一生懸命にビーズを繋げて何かを作っていた。
何を作っているんだと聞いても恥ずかしそうにしてなかなか教えてくれない。
母親である姉がおかしそうに教えてくれた。
『おまじないなのよ。青いビーズを自分の誕生日の数字を足した数、赤いビーズを好きな人の誕生日を足した数用意して、それを交互に繋げていつも持ち歩くようにすると、両思いになれるって。
近所の高学年のお姉ちゃんに教えてもらったんだよねー、李里』
『うん!』
姪っ子は可愛い声で返事をしながらも、目つきは真剣そのものだった。
すっかり女になっちまったんだなぁ・・・この間までよちよちだったのに、と不思議な気持ちになる。
『へぇ・・・』
『ねぇ李里、誰と両思いになりたいんだっけぇ?』
『おかあさん、いっちゃだめぇ!!!』
真っ赤に頬を染めた姪っ子が母親の口元を押さえようと手を放した隙に、
繋げていた途中のビーズがバラバラバラ!と音を立てて床やテーブルに散らばってしまった。
『あぁー!!・・・ビーズがぁ・・・』
『あーあぁ、ほら泣くなよ、拾ってやるから』
泣きそうな姪っ子をなだめながら、俺は散らばった小さな赤と青のビーズを拾い集めた。
姪っ子はそれを受け取るや否や一生懸命数を確認し始める。
『えーと、8がつ、14だから・・・8たす14はぁ・・・』
その途端、姉がくすくすと肩をゆすって笑い出す。
俺にだけ聞こえるようにそっと耳打ちをしてきた。
『かわいいわよねー。叔父さんと両思いになりたいんだって』
『え、じゃあ、相手おれなの?』
『そうよー。末永くよろしくねー』
『いやいや、無理だってば』
産まれた頃から可愛がっているからかそんな風に思われているのはすごく面映くて、成長したんだなと改めて思った。
あいつの、不恰好な携帯のストラップは姪っ子のそれとよく似ていた。
まさか姪っ子と同じ意図なのか・・・?と嫉妬混じりにからかった不恰好なストラップ。
それでも期待を込めておそるおそる、小さなビーズを爪先でつまむようにして赤いビーズの数を数えてみる。
俺の誕生日は、8月14日。
8+14、イコール、22。
赤いビーズはきっちり、22個並んでいた。
これは偶然なのか?
それとも俺は自惚れてもいいのか?
どちらにせよ、これはチャンスなんだろう。
俺にとっての2度目のチャンス。きっと、3度目はない。
俺はあいつの携帯をジーンズのポケットに仕舞い、代わりに自分の携帯を取り出す。
着信履歴から、彼女という名目になっている女の番号を表示して通話ボタンを押す。
そういえば、春の番号は登録すらしていない。
かけてくるのもいつも向こうからだ。
つくづくバカな俺だ。
そこにもう答えは出てるっていうのに。
「あ、春?俺だけど・・・うん、話したいことあるし、とりあえずウチに来てくんないか?」
今までの人生の中で、志望大学に落ちた次にヘビーな出来事が今から起ころうとしている。
尻ポケットに自分の携帯を突っ込み、違うポケットからあいつの忘れ物を取り出してストラップごと握りしめる。
無駄に告って失恋するのが怖かった自分。
例え恋愛感情が沸かなかったとしても、自分を選んでくれた相手を傷つけるのが怖かった自分。
その子が惚れた子の友達だってことに恐れをなしていた自分。
そんな自分とは、もうおさらばだ。
結構ドジというか悩み事があるとぼんやりして不注意が多くなる彼女の、よくある忘れ物。
その忘れ物と、赤と青のビーズのストラップがキラリと窓からの日差しに反射して、俺に勇気をくれる気がした。
このお話は両思いになれるおまじない・ちょっとだけそばにいさせてと繋がっています。
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