おまじないの、そのあと 6

酒を呑むのはマズイだろうと、とりあえず冷蔵庫に眠っていた生茶を一気飲みする。
夏でもないのに頭がキン!と冷えた。

「ってぇ・・・。この冷蔵庫、冷えすぎじゃね?」

どうやったらさっき入れたばかりの生茶がこんなにキンキンに冷えるんだ?

「ったくよー・・・」

ブツクサ言いながら、冷蔵庫の温度設定を確かめようともう一度扉を開こうとしたそのとき、
コンコンコン、と玄関のドアが鳴った。

途端、心臓の音がバクバクと鳴り出し、足はマッハで玄関へと向かう。
自分の立てる足音がまるでベツモノみたいに耳に響いた。

「はいっ」
「きゃぁっ!」

ガバッ!と勢いよく開けたドアに押され後ずさりしたものの。そこには・・・

「ちょっとっ、注意して開けなさいよっっ」
「にしもり・・・」
「ノックしたんだから人がいることくらい分かるでしょーがっ」
「あ・・・すまん」

ほんっとに、もう。

唇を尖らせ、ブツクサ言いながら俺の開けたドアを後ろ手で閉める。

・・・・ガゴンッ!

立て付けの悪いドアが音を立てて、誰もいないコンクリで固められた廊下側に大きく響いた。

「わっ、何ココふっるぅ!家賃いくらよ?」
「・・・5万円」
「何そのビミョーな値段。もっと安ければ"安い!"って言えるのに」

・・・そんなこと文句言われても。どうしろっていうんだ、こいつは。

「西森」
「なによ」
「お前、そんなこと言いに来たのか?」

相変わらずの口の悪さに今日ばかりは余裕ぶって返すことが出来ない。
俺の今までの焦燥感を返せ、といいたくなる。

「・・・違う、よ。そんなわけ、ないじゃん」

途端、それまでのへらず口を叩いていた勢いを失って、小さな声でそれだけ言うと横を向いた。

「あ、上がるよっ」

靴を脱ぎ捨てるようにして、どかどかと上がってくる。
1DKのアパートの床は後付けのフローリング、だが所々安普請で、全体的にちゃっちい作りだ。
そこを遠慮なく足音を響かせて、あっという間にそれまで俺がいたローテーブルの脇に座り込んだ。
それでもまだ、スネたような怒ったような顔のままだ。

「・・・お前さぁ」

思ったと同時に口から出た呼びかけに、西森がしょうがなさそうにこちらを見た。
思ったとおり返事はないが、その目の中に何か・・・見えた。
それだけを頼りに、話を進めてみる。

「もうちょっと・・・色っぽい対応できねぇの?」
「なっ・・・!」
「いくら恥ずかしいからって、そんな反抗期のガキみたいな態度取らなくてもいいだろ」

うっうるさいわねぇ!
あたしが反抗期のガキですって?!
そっちこそ何よ、ウジウジウジウジしちゃってさ!
大体あんたが・・・・

――・・・どうやら、俺の読みは間違っていなかったらしい。

背後から聞こえるキャンキャンしたわめき声を「はいはい」と聞き流し、
俺はわざとゆったりした動きで、冷蔵庫から缶ビールを2本出した。キンキンに冷えたやつ。

「飲むか?」
「・・・・・・のむ」

吠え続けていた西森に差し出すとまた途端に大人しくなって、ただ素直に缶を受け取った。
なんだこいつ・・・面白すぎ。

俺は口元が綻びそうなのをごまかすように、ぷしゅ、とプルタブを開け、苦味のある液体をノドに流し込んだ。
ようやく要求していた水分が流し込まれ、喉の奥の奥まで満たされた気分だ。

そういえば・・・この液体が美味いと感じるようになったのは一体いつだったろうか。
少なくとも10代だったとは思うが、今じゃすっかりソフトドリンクに近い感覚で飲めてしまう。

「・・・なぁ」
「なに・・・?」

いわゆる"借りてきた猫"状態の西森に、何気なく聞いてみた。

「お前、ビール飲めるようになったのっていつ?」
「・・・今のバイト始めて、飲み会に行くようになってからかな。お酒ってそれまで飲んだことなかった」
「へぇ」

案外マジメ。
というか、臆病なとこがあるんだよな。
新しいことにすぐは飛びつかない。1回手前で止まって考えてから進む。

「でも飲んでみたら案外大丈夫だったの。
 もっと苦くてマズいかと思ってたんだけど、仕事上がりで疲れてて、喉渇いてたからかな」
「あー、分かるわ。最初の一口が美味いんだよな」
「そう。なんかイキオイでぐいぐい飲んじゃって、気がついたら美味しくなってた。不思議だよねー」

機嫌が直ったのかちょっと落ち着いたのか(単純だな、こいつも)
尋ねてきた当初のツンツンした勢いを収め、にこ、と笑ってまた缶のプルタブに口をつける。

それまで憎まれ口しか出てこなかったその唇が、・・・めちゃめちゃ美味そうに見えて必要以上に喉が鳴った。

(やべ、エロいんだけど、こいつ・・・)

「・・・くらはし?」
「あ・・・、すまん」

つかエロいのはこいつじゃなくて俺か・・・。
じっと見つめられると、余計にヤバい感じがする。

「で、どこまで聞いたんだ?」
「え」

話を本題へ、そしてそんなヤバい自分を変えたくて質問した。

「春と話してきたんだろ。どこまで聞いてきた?」
「あ、あぁ〜・・・えと、倉橋と春ちゃんは付き合ってなかった、って」
「そう、それで?」
「それで、えー・・・」

じわじわと、照れが西森を支配していくのが分かった。

「俺が、お前を好きだってことは聞いたんだな、その様子だと」
「・・・・・!!」

床から飛び上がりでもしたように驚き目を見張ったあと、西森はあからさまに俺から視線を反らした。

・・・俺はその頬にそっと、手を伸ばした。
ぴく、と西森が一瞬震えたけれど、それでも逃げたりとかは一切なくて。
潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。

あ・・・また、その目。

「お前、可愛いな」
「なっなっ・・・・な・・・!」
「日本語話せよ」
「な、なななに言ってんの?あんたってそういうヤツなの?!」

・・・そういうヤツってどういうヤツだよ?

 

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