「だって、だってそんなセリフ平気な顔で吐くなんて」
「そんなセリフって・・・、可愛いって言っただけじゃねぇかよ」
「かっ・・・わいく、なんてないっっ」
ダメだ。
調子が狂う。
いつもみたいな会話ができない。
――・・・・倉橋くんは、歩美にぞっこんなの。
――・・・・酔うとシツケーくらい『西森、にしもり〜』って。
さっきまで一緒にいた二人の言葉が頭から離れない。
嘘だ。信じられない。
そう何度も否定するたび、否定した分の倍返しで『本当だ』と言われ。
『待ってると思うから、行ってあげて』
そのまま、倉橋のアパートの前で降ろされてしまった。
・・・・ううん。
違う。あたしが自分で降りたんだ。
そんなことあるはずない、って否定するたびに沸きあがる期待に、喜びに早く早くって急かされたように、足が勝手に動いて
教えてもらった2階の一番奥の部屋のドアの前に来ていた。
しょー、じき。
この部屋に二人きりでいるだけで、本当はもう。
「限界だぁ・・・」
「何がだよ?」
人づてに聞いた倉橋の『想い人』が、自分。
そのことが眼前にちらついて、だめだ、全然だめ。いつもの自分になれない。
バイト前に、相談ごととはいえ夜二人で会うことになるのだから。
そう思って、文字通り死ぬ気で終わらせてきたバイトのあとダッシュで着替えた、Uネックの薄手のニットとジーンズ。
凹凸の少ない私でも多少は女っぽいラインが出る、最近のワードロープの中では評判のいいこのニット。
少しでも女の子に見られたくて、けど見られすぎてもいけないからってうらはらな気持ちのまま、選んできた。
外の気温には合わずに少し寒く感じてたその服が、今はちょうどいいくらいで。
「なぁ」
「・・・・・」
「お前、顔赤くない?」
「・・・・!!あ、あかく、ないっ」
指摘されたことでますます頬が火照る。
頬に添えられた手を振り払い三角座りのまま顔を伏せた私を、倉橋はさらに追い込んだ。
「あー・・・。なんか本当に俺。お前のこと、好きだわ・・・」
目が、点になるって聞いたことはあるけど。
心が点に、なった。
なにゆってんの。とか。
素直すぎて逆にキモいわ。とか。
何にも出てこなかった。
ぐいっと引き寄せられて抱きしめられたら、倉橋の体温を感じたら、
それまで体の中にあった全部の憎まれ口がどこかへ飛んでってしまった。
気がついたら熱くなってる倉橋の目にも引き寄せられて、私は黙ってただ、倉橋の中にいた。
・・・・いい、匂いがする。
いい具合に糊のとけた掛け布団のシーツが素肌にまとわりついて、適度な温かさを保って眠気を誘う。
けれどいい加減な食事しか取らないままバイトに入ってしまうことが多いから、バイトのあった次の日の朝は大抵空腹で目覚める。
「ん〜・・・」
でも、今日は、それより眠気が勝ちそう・・・。
なんでだろ?
そう自問自答したところで低い声が飛んできた。
「西森、起きたか?」
「え・・・あ、おは、よ・・・」
あ・・・そう、だった。
昨日はいろいろあって、倉橋と、いろいろ・・・。
そしていろいろしたわりには爽やかなすっきりとした表情で、こちらを覗きこんでくる倉橋。
「メシ、食うだろ?」
「・・・たべる」
「じゃあ起きろよ。着替え、そこに置いてあるから」
いい香りの正体は、フライパンの中で炒められている卵と、すでに焼かれてテーブルに乗せられているトーストだった。
・・・いろいろあったあとの次の朝、男が朝食を作って起こしてくれる、なんてすごい理想の状況じゃない?
少なくとも私の人生の中でこんなことされたのは初めてだし、実際にそんなことする人がいるっていうのも初めて知った。
案外、倉橋ってマメなのね。
シーツと枕に埋もれかかっているグレーのトレーナーの伸びた襟ぐりをぼんやりと眺めながら、思った。
「お前、パンツとか俺のでよかったらあるぞ」
「うー・・・いい」
「だよな。で、なにも履かないつもり?」
「は、履くわよっ!履くに決まってるでしょっ」
「なんだ、残念」
にやりとイタズラっ子のように笑んで、それからキッチンの方角へ消えていく背中。
マメだと思ったけど、口が悪いのは相変わらず。
「まぁでも、そのまま履くのもあれだろうし、とりあえずそれ履いておけば」
そう言って指を差されたものはトレーナーの下からちょっと顔を出していた新品の、袋に入ったままのボクサーパンツ。
濃紺にオレンジのラインが入ってて・・・なんか、ちょっと。
「びみょ〜〜・・・」
「微妙言うな。オカンが送ってきたんだよ。まだ履いてないからいいだろ?」
「だって何か小学生の水泳のパンツみたいじゃん。こんなのイヤー」
「ワガママ言うなよ」
「倉橋、コンビニ行ってパンツ買ってきてよ」
「はぁ?女モンのパンツ買いに行けってのか?ぜってー嫌だ。いいから履いとけよ水泳パンツ」
別に本気で言い合いをしているわけじゃない。
お互い笑いながら、普段通りの掛け合い。なのに。
倉橋はもう、見るからにニマニマと嬉しそうに近付いてきて。
「お前、自分が裸だってこと忘れてるだろ?」
「・・・!!ばっ、見ないでよっ、エロ親父!」
「おー、エロ親父でも何でもいいわ。明るいとこでじっくり見れて満足だ。なんせ昨日は恥ずかしいから電気消せとか言うし」
「・・・・」
悔しいけど、こういう状況自体がもう、ものすごく恥ずかしい。
普段通りの掛け合いのはずなのに、どこか、・・・じゃれあってるみたいな感じなのも、すごく恥ずかしい。
「お前ってさー」
「・・・なによぅ」
「恥ずかしいなら自分からポンポン仕掛けてくるなよ」
「うるさい・・・」
ベッドの端に座り込んで、こちらを覗き込む視線。
それすらまるでコイビトドオシのように甘い。
「こっち、向けよ」
向きたくないのに。
その声、言葉、肩にまわされた腕の温もり。
全てがあたしを支配してるみたいに、動けない。なすがまま。
「メシ食ってからとか思ったけど、やっぱ、無理かも?」
「ひゃぁっ!何っ?なにすんのよスケベ!」
「何ってお前、このジョーキョーで他に何かある?」
「ないから言ってんのよっ!ばかっ、私はお腹空いてるの!ご飯食べるっっ」
動けない体にムリヤリ命令して、気合を入れて。
ぐいっ、と引き剥がすようにのしかかって来た相手を押しやると、不服そうに唇を尖らせた。
「ちぇー。やっぱメシが先か」
「当たり前です。ほら、着替えるからあっち行っててよ」
「ほーい」
よく見ると、案外素直に離れていく倉橋の手には未だフライ返しが握られている。
そんなものを持ったまま押し倒してくるほど求められてるのだと思ったら、ちょっとまた、頬が熱くなった。
「あ、そうだ。これ返す」
「え?」
倉橋がジーンズのポケットから取り出してきたのは、昨日なくした携帯だった。
「食堂で見かけて、本当は昨日の夜返そうと思ってたんだけど」
少しだけすまなそうな表情を浮かべ、まだ何も身につけていない私の手をとってポン、と乗せた。
「あり、がと・・・」
「それと」
携帯の感触を手のひらに感じた瞬間、まるでそれがスイッチだったかのように倉橋がニヤリ、と笑った。
そして続けてこう言った。
「おまじない、効いたな」
ドンッ!!
音にするとそれくらいの衝撃波が頭の中を駆け巡った。
それに実際、私は後ろにのけぞり過ぎて後頭部を思いっきりぶつけたし。けれどその痛みも吹っ飛ぶくらい、驚いて。
「・・・・・・なっなんで知ってっ・・・!」
「さーて、なんでだろうなぁ〜?さ、メシ食おっかな〜」
ご機嫌にフライ返しをくるくる回しながらキッチン方面へ去っていく背中に、悔しまぎれに叫んだ。
「・・・・・・効いたよっ!めっっちゃくちゃ効果、あったよっ!!」
好き、という気持ちをありったけに込めて。
倉橋は驚いたように振り向いて、それから、嬉しそうにくしゃっと笑った。
――・・・じゃあ、まだしばらく持っとけよ。俺、しばらくお前のこと手放すつもりねぇから。

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甘いね。また甘くなったねw なんでだろう。このシリーズ全体的に甘く終わっちゃう。いや、いいんだけど・・・。 楽しんでいただけましたか? 大体は書き終わっていたものの見直しで気に入らない箇所があったので(ラストに迷ってて) どうしたもんかと試行錯誤していたところに「続き楽しみです」とメッセージを受けまして。 改めて最初のお題から全体を読み直してみて、やはりこのラストで!と踏ん切りがつきました。 メッセージをくれた方本当にどうもありがとうございます。あなたのおかげですw では、おやすみなさい(現在午前1時半なのでw) |