しまった。失敗した。
そう思ったときにはもう手遅れで、西森は改札の奥へ滑り込んで消えていってしまった。
さすがに短距離インターハイ手前までいってるだけのことある。
俊足、という言葉が頭をよぎる。
・・・って、それどころじゃなかった。
相当誤解させたまんま、いや誤解されても仕様がない関係だったのは認めるけれど、
なんの申し開きも出来ないままでは・・・このままでは。
そう思い、何度も電話をかけたが一向に繋がらない。
気がついていないのか、分かっていて無視されているのか。
とはいえあいつは自分の家方向とはまったく関係のない路線に飛び乗って行ってしまったし、連絡を取る手段は他にない。
「どこ行ったんだよ・・・」
帰ってくるのを部屋の前で待つ以外に方法はない。かもしれない。
発信履歴があいつの名前でいっぱいになる頃、俺は打ちひしがれながら電車に揺られていた。
携帯を、強く握りしめたまま・・・。
・・・・ブウ゛ゥゥゥッ、ブウ"ゥゥゥ・・・ッ・・・。
「うぉっ・・・と」
バイブにしてある携帯が突如、手のひらの中で震えた。・・・西森か?
慌ててフラップ部分を片手で開き誰かも確認せずに通話ボタンを押す。
「もしもしっっ」
期待が、俺の声を上ずらせた。
けれど聞こえてきたのは馴染みの深い声ではあるが西森ではなかった。
「おーい。俺だよ」
「・・・・なんだお前か」
大学に入ってから親しくなった友人、岡村。
こいつには散々迷惑かけっぱなしだ。特に、春と西森のことでは。
「お前、西森と会ってたのか?」
「・・・あぁ」
なんで知ってんだ、と一瞬思ったが。
「倉橋くん」
すぐに電話の相手が代わって、女の子の・・・春の声が聞こえてきて全てを悟った。
「春・・・、西森から連絡あったの?」
「あったよ。あのね、今から会うことになったから、
そこで私が全部説明して、納得させて、それから倉橋くんとこに送るから、だからっ・・・」
「俺も行く」
「えっ、でもっ・・・」
「俺も西森には謝らなきゃいけないと思う」
春とは付き合っていなかった、と告げた瞬間のあいつの表情。
まるで自分まで恋を失ったようなあの顔。
思っていた以上に、西森を傷つけていたことを思い知らされた。
全て、俺の曖昧な態度や、優柔不断さが招いたことだ。
「謝りたいんだ」
「分かった・・・でも、その前にとりあえず、私と歩美二人だけで話をさせて」
「でも・・・」
「お願い」
あぁ、まただ。
春のこの、意思を強く通すところ。これに、俺は弱い。
「というわけだから、倉橋くん」
どう言い返そうか、いや何も言い返せないか・・・一瞬悩んだ隙にまた電話の相手が岡村に変わった。
「何がだよ岡村くん」
「お前さ、前から思ってたけど春に惚れてないわりに春に弱くね?」
「・・・うるせぇ」
「ま、それはおいといて。とりあえず女同士だけで話したほうがいーと思うね、俺も」
「なんでだよっ」
「春に出来ねぇからって俺に噛み付くなよ。あのなぁ・・・」
「なんだよ」
「いっぺんにお前と春とがしゃべっちゃったら西森が混乱するだろうが。
それに、ただでさえ今でも誤解してんのに、お前らが一緒にいるの見たら余計ワケ分かんなくなるんじゃねぇの?」
「・・・あぁ〜」
「あ〜、じゃねぇよ。お前、落ち着けよちょっと」
こんなときに落ち着いていられるか。
けれど岡村の言うことは正しい。
「そゆことだから、いっぺん家に戻ってろ」
どうやら俺の意思とは関係なくすでにそういうシナリオが出来上がっていたようで、
岡村は捨て台詞のように俺に命令して、電話は切れた。
・・・
で、我ながら・・・すごすごと自分の部屋に戻ってきたんだが。
・・・全っ然落ち着かない。
話し合いは、うちの近所の岡村のアパートで行われているらしい。
いっそのこと部屋の前で待っていたい。
かと言ってそんなとこで待っていたって、それはそれで部屋にいるのとさほど心境も状況も変わらない。
「・・・・・・・っあーーっ!」
呑むか。
少し酔っておこうか。
いやしかし、酔っ払った状態で西森に会うのはもっとマズい。
テレビをつけてもろくな番組はしてないし、携帯をいじってゲームをしても集中できなくてすぐに飽きてしまう。
――・・・はるちゃんのこと、もてあそんだのっ?
西森のかん高い声が耳にこだまして離れない。
弄ぶ、なんてそんな言い方あるか?
俺はずっと悩んで、誰も傷つけたくなくて、春には指1本触れたこともない。
あいつが勝手にうちに来てメシ作って一人でしゃべって・・・
・・・いや。違う。
春をあそこまで追いつめたのも、俺なんだよな。
西森にそう言われたときは思わずカッとなってしまったけど、
落ち着いて考えてみれば西森は俺らの関係の複雑さを何も知らなかったわけで。
ただ春の想いがそこにある、ってことを、信じてたわけで・・・それだけは、俺らの関係の中での唯一の真実で。
「もてあそんだのも、同然か・・・?」
誰も傷つけたくないといいつつ、結局はこの有様なんだから。
