「いや、別れたっつーか元から付き合ってないっつーか」
「・・・・・・・え」
何ゆってるの?
思考が、スローモーションになる。言葉の意味がなかなか心の中まで到達してこない。
「・・・って、春ちゃん、は」
春ちゃんは、あんなに嬉しそうに。ありがとう、って。
付き合ってなかったって、どうゆうこと?
「春、は。付き合いたいって言ってくれてたんだけど。俺は、その気じゃなかったから」
その気、じゃなかった。
それは・・・・
「・・・最低」
自分の出す声が、氷みたいに堅く冷えているのが分かる。
「にしもり・・・?」
「春ちゃんのこと、大事にしてってあたし言ったよね?なのに、弄んだの?」
「なっ・・・もてあそんでなんかねーよ」
憮然とした顔。
まるで開き直ったみたいな態度に怒りが増幅される。
「春ちゃんは付き合ってるって言ったよ、あたしに。なのにあんたは・・・」
「いや、だから。とにかく俺の話聞けよ」
私が怒っているのを見て慌てて何か言葉を足してこようとする倉橋を押しのけた。
「話なんて聞かない!」
聞きたくない。キキタクナイ。
「待てよおい、どこ行くんだよ」
「あんたには関係ないっ!!!!」
春ちゃん・・・
知らなかった。
春ちゃんが・・・そんな苦しい思いをしてたなんて。
わたしには何も言わないで・・・きっと、一人で悩んでいたんだ。どうしよう。
それに。
「倉橋がそんなヤツだなんて思わなかった!」
「西森、だから話を聞いてくれって・・・」
そう言う倉橋の中に、情けない半分、苛立ち半分がない交ぜになった感情はあっても、
春ちゃんに対して『申し訳ない』という気持ち、それがまるで見えない。
最低だ・・・
こんなやつのことが好きだったなんて。おまじないまでしてたなんて。
さいあく、だよ!
「じゃあね!学校で会ってももう話なんかしないからっ」
「西森っ!待てって!」
「待たないっ」
地下鉄の駅がもう目の前にあったのをいいことに、私はするりと改札を抜け電車に飛び乗った。
間一髪、私のすぐ後ろでドアが閉まり、ガラス越しの奥に呆然とした顔のまま走ってくる倉橋が見えた。
マヌケ面・・・いい、気味だ。
女心を手玉にとって遊んでた男にはお似合いだよ。
「・・・うっ」
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう・・・。
あんなヤツ、もう好きじゃないもん。
それでも握られた手のひらの感触が、未だ熱を帯びていて・・・それを喜んでいる自分がいる。
手の甲に、ぽたっ、と涙の粒が落ちて冷たくなっていく。まるであたしの気持ちを冷やそうとするみたいに。
「ばかぁ・・・・」
あたしのばか。
倉橋の、ばかっ・・・・。
・・・・・カバンの中の携帯が震えている。
とりあえず飛び乗った電車を次の駅で降りて、春ちゃんの部屋に向かう方面に乗り換えた電車内。
立ったままカバンの中を手探りして携帯を取り出し、片手で操作して広げると。
「なに、これ・・・・・・」
着信 倉橋誠之
ズラリと並んだ名前に・・・怒りも忘れ唖然とした。
消す手間も惜しいほどの着信の量に、思わず一人ごちる。
「お前はストーカーか・・・」
ううん。
そんなことより、春ちゃんに電話しなきゃ。
春ちゃんのご両親は寛大であっけらかんとしているから、
こんな夜中に突然私が来たところで何も言わないのは分かってるけど、やっぱり連絡はしなきゃ。
新しい携帯、けれど以前の機種と同じ操作が出来るものを選んだのでさして戸惑うこともなく携帯の電話帳を開く。
電話帳も落としたときのためにと取ってあったバックアップのおかげでほぼ復活している。
プルルルル・・・・プルルルル・・・・
「もしもし」
「春ちゃん??あたし、歩美」
「歩美? あ、携帯見つかったのね」
・・・予想外の、呑気な声。
「ううん、結局見つからなくって・・・新しい携帯なの」
「そうなの?・・・まだ、会ってないんだ」
「うん?」
「あ、ううんいいの、こっちの話」
違う誰かと話してる・・ような感じの間があって、春ちゃんは大きくため息をついた。
「春ちゃん、ごめんね。倉橋と別れたって、聞いて」
おそるおそる切り出すと、春ちゃんが吐き出したため息を一瞬止めた。
「歩美・・・倉橋くんと会ったの?」
「会った」
「そう・・・じゃあ、」
「あいつ、最低!春ちゃんとは最初から付き合ってなかったとか言うから、ぶっとばしてきた!」
「え・・・ちょっと待って」
「春ちゃんごめんね!あんな男紹介したあたしがいけなかったの!
今ね、春ちゃん家に向かってるから、玄関の鍵開けておいてくれる?」
「あ、歩美・・・あたし、今・・・家にはいなくて」
「そうなの?じゃあそこに行く!今どこなの?」
はぁ・・・・。
耳元に響く、吐き出す息の音。オカシイ。今日の春ちゃんはため息ばかりだ。
「あのね、歩美・・・」
「うん」
「今、岡村くんの家。にいるの」
「おかむら?あぁ、倉橋のダチの天然パ?」
「悪かったな天然パーマで」
「うわっ」
急に低い声がして、心の底から焦った。
続けざまに受話器の向こうから質問が飛んでくる。
「西森、お前今電車か?何線だ?」
「・・・青見線」
「わーった。とりあえず次の駅で降りろ、車で迎えに行く」
「は?なんでアンタが・・・」
「いいから。話なら俺ん家でしてもいいだろ?ついで言うと俺からも話ある」
「・・・よく分かんないけど、分かった」
「ん。春も連れてくから安心しろよな」
春?
え、今春ちゃんのこと呼び捨てにした?
この二人そんなに仲良かったの?
その疑問を口にする前にもう電話は切れてて、私はクエスチョンマークをいくつか抱きながらとりあえず知らない駅に降り立った。
