おまじないの、そのあと 2

あいつのバイト先には何度か呑みに行ったことがある。
大学に近くて、低予算で旨い。
ガッツリ食えるわりに内装の感じは小洒落ているので、飲みサークルや体育会系のサークルの飲み会でよく使われる店だ。

春が部屋を出て行った後、しばらくしてからメールが来た。


歩ちゃん、ケイタイなくしちゃったみたいで連絡つかないの。もう少し待っててね



知ってる。今持ってる



少しだけ間があってから、ピロリロリ、とメールの着信音が鳴った。
開いてみると、そこにはたった一言。


確信犯



「・・・そうかもな」

だからどうせなら、今までの分も合わせてとことん、押してやろう。



「お疲れ。奢るし、何でも飲めよ」
「・・・うん」

11時をちょっと過ぎたころ、「今どこにいるの?」と掠れた声で電話があった。
お前のバイト先の近くで飲んでると言ったら

「今、家にいるから」

20分ほど待っててくれって。
なんで、家?
と思ったけど、そのままこちらに飛んできそうな勢いの西森を引き止め、あいつの家の近くにある笑笑を指定した。
夜に女一人で街を歩かせたくなかったし、かえってそんなやんちゃな店の方が気軽に話が出来そうな気がして。

と、思ったんだけど・・・・

「ねぇねぇ、一緒に飲まなーい?」
「わ、かっわいー!彼氏いんのぉ?オレと付き合おうよぅ〜」

何次会目かも分からなくなってるような若い男の集団が、広い店内をうろうろと歩いては見境なくナンパもどきのことをしている。
失敗した・・・これじゃうるさすぎてちっとも話なんか出来ねぇ。

声をかけられてる女は一様に迷惑そうな顔をして、
口の悪い女の子たちにいたっては「ウザーイ」「あっちいけよバカ」等々の冷たい言葉を浴びせているが
それでもその男達はめげないのか酒の力なのか、君はどこどこがカワイイだの髪がキレイだの、誉め言葉の連発。

「ちょっと、落ち着かないね」

メニューから顔を上げ、苦笑いをしながらこちらを見る西森。

「すまん、失敗だったな。出ようか?」

素直に謝ると、向こうも同じことを考えていたようで「そうだね」とすっくと席を立った。

「あれぇ、帰っちゃうの〜?」

いつの間に横に来ていたんだろう。
酔っ払いの集団のうちの一人が、ふらふらと西森の横に立っている。

西森も最初横にいることに驚いたようだが、相手をすることもないと思ったのだろう。
ちらりと見ただけで、答えることもなくその男の横を通り過ぎようとした。

けれどそれは、俺から見ても相手から見てもどうも・・・冷たすぎるような態度で。
案の定、

「ちょっとぉ、んな顔すんなよ」

男はムッとした感情をそのままむき出しにして、西森の腕をぐっと掴んだ。
俺は慌ててその男と西森の間に入る。

「悪りぃ。許してやってよ、そいつ慣れてないんだ」

居酒屋のバイトしてるから慣れてないことはないと思うのだけど、ここは嘘も方便だ。
表面上はあくまで穏やかに言葉をかけながら、西森の腕を握っている男の手首を力を込めて握る。

「な、なんだよ・・・」

男がいる女に声をかけたことを今更ながらに気がついたらしい。
顔色が、酔っ払いのそれから少し冷めたようだ。
躊躇して緩んだ腕の力を確認して、西森からその腕を引き剥がす。

「ほら、行くぞ」
「あ、あぁ・・・うん」

何故かボンヤリしている西森の手を、俺は迷いなく取って店を出た。

「あの」
「何?」
「手、手ぇ離してよ」
「・・・ぼーっとしてるお前が悪い」

どんなに格好悪くても、筋が通ってない言い訳でも、離したくない。

俺の右手の中にほぼすっぽり収まる、華奢な手。
・・・ドキドキ、する。まるで初めて女の手を握ったときみたいに。

「だって、まさか声かけてくるなんて思わないじゃない」
「まぁな」

店を出て、あてもなくとりあえず駅までの道を二人で歩く。
二人で歩いていると言うよりも半ば俺が西森を引きずっている感じもあるけど、西森はそこにはつっこんでこない。
心なしか顔が赤くなっているような気もする。

「だから、もう大丈夫だから手を離してよ」
「いやだ」
「なんでよ、そんなに信用ない?もうナンパなんかされないから平気だよ」
「いいから握られとけ」
「ダメだって!春ちゃんに悪いもん」

それ、言われると思ってた。
だからそのセリフだけは台本に書いてあるのをそのまま読んだみたいに、頭の中にやけに冷静に響いた。

「春とは、別れた」
「えっ・・・・・」

ぽかん、と口を開けたままこちらを凝視する西森の顔は今まで見た中で一番、素で可愛かった。

 

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