おまじないの、そのあと 1

「・・・どうしよう」

携帯が見つからない。
絶対に食堂だと思ったんだけど、忘れ物カゴの中には携帯はなかった。

半ば諦めつつも、食堂のテーブルの下や、座っていた椅子をどけて確かめてみる。

「やっぱり、ないよね・・・」

誰かが持ってってしまったんだろうか。
どうしよう。今頃ものすごいイタズラされてたりして・・・。

携帯は、以前にも1度なくしたことがある。
2日後に奇跡的に戻ってきたのはいいけれど傷だらけで、ストラップは引きちぎられていて・・・
中身は友人達に送られたイタズラや中傷の送信メールでいっぱいになっていた。
まるで自分のことを徹底的に嫌っている人がしたとしか思えないようなその残骸ぶりに、心までがズタズタにされた。

あのときほど、

『やっぱり誰かのイタズラだったんだ、あんたがそんなことするはずないもんね』

と笑って許してくれる友達ばかりで良かったと思ったことはない。
あぁもう、なんでロックしておかなかったんだろう。あれ以来いつもはちゃんとロックしてたのに。

はぁ、と肩を落としため息を吐いた。
けれどこのままここでそうしてても仕方ない。
今すぐ携帯ショップに行って、あの携帯を止めなきゃ。

えいっと気持ちを奮い起こして、大学近くのショップで事情を説明するとすぐに手続きをしてくれた。

「そういった場合、戻るケースは稀ですから事故ということで新しいものをご用意できますので」

にこやかに営業スマイルを浮かべるショップのお姉さんの言うがまま、私は新しい携帯を手に入れた。
『ご用意できる』とはいえ何も支払わなくていいってことではなかったから、ちょうどポイントが貯まっててよかった。
1人暮らしでバイトと仕送りだけで生活してる身としては、少しでも負担が軽いほうがありがたい。

はぁ・・・、バイト行かなきゃなぁ。
週末と平日1日、仕込みの時間から夜11時までと約束して働いてる洋風居酒屋のバイト。
裏方のわりに時給がいいから始めた。

その前に1度部屋に戻って着替えて、・・・

頭の中でこの後の予定を復唱しながら地下鉄に乗り込む。
新しい携帯、まだ保護用のフィルムも剥がしていないそれを手のひらで転がした。

今度も白にしちゃったなぁ・・・
なんか、ダメなんだよね。赤やピンク、可愛いって思うのにいざとなると勇気が出なくて。
でも、次こそはマゼンダピンクに挑戦しよう。



予定通りに着替えて、部屋を出る。
バイト用にしてある高校時代のジーンズは完全に流行遅れのラインで、今の私の服装にはとても似合わない。
履いて歩くのは、かなり気恥ずかしい。
それでもアパートから近い場所にあるし、着いてしまえばすぐエプロンをつけるし裏方なので人前に出ることがない。
だからあと、5分もすればそんな気恥ずかしさも終わる。
はず、だったんだけど・・・

「よぅ」

バイトしている居酒屋に裏口はあるけど表通りから廻らないと入れない場所にあって、みんな面倒がって堂々と表から入る。
その表の入り口の柱に寄りかかるように倉橋が立っていた。

「ど、したの?」

驚いて、その場で足が止まる。

「話、あるんだけど」

のろり、と柱から背を離し、まっすぐに倉橋はこちらを見た。

ドキン・・・。
あまりにも真っ直ぐすぎる視線に、それだけで心臓がきゅっと音を立てて軋む。

「話って?あ、ねぇ今日って春ちゃんとデートだったんでしょ?ケンカでもしたの?仲裁とか?」
「・・・いや、違う」
「あ。そう・・・」

ドキドキが止まらなくて、明るく振舞ってごまかしたのにあっさりかわされて、・・・カクッと力が抜けた。

「じゃあ、何?」

もしかしたら、ちょっと仏頂面になっていたのかもしれない。
倉橋はふっ、と息だけで笑った。

そんな笑い方も好きだな。
なんてこの場とはまったく関係ないことを考えてしまう。

「お前、今からバイト断れねぇ?」
「はぁっ?!」
「いや、いいや。無理だよな。すまん、終わるの何時ごろ?」

一体なにがあったの?
私にバイトをサボらせようとするほど、大事な話?

そう聞こうとしたけど、何故かその言葉じゃなくて、違う言葉が出てきた。

「・・・10時半には、あがれると思う」

決められているバイトの時間は11時まで。

だけどそれまでに仕込みや皿洗いや、私の担当になってる部分の仕事を終わらせてしまえばそれで帰れる。
けど、日に日に増える仕事量が邪魔をして、バイトにすっかり慣れたこの頃では11時にすら帰れたためしがない。

・・・後日、マスターが言うには私はその日、鬼のような形相と千手観音のような手さばきで、仕事をこなしていたらしい・・・。

 

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