9.





街を一緒に歩いていると、茅代ほど質素に生きてる高校生はそうはいないな、と感心してしまう。

金を使うのは本や少しの参考書くらい。
洋服は高校に入ってからは友達らに引っ張りまわされてそれなりに買ってるっぽいけど、
それまではあるものを着たりしてるくらいで、自分で選んで買うことはほとんどなかったみたいだ。

今着ているこのコートも、そんな友達たちに推されて買ったものなんだそうだ。
ふわっとしたラインのグレーのコートは女の子っぽくて、小柄でおっとりした雰囲気の茅代には実際よく似合う。

「あったかくて、いいんですよー」

のんびりした口調と、惜しみなく振舞われる天使の笑顔。
よかったね、って心から、きっと彼氏じゃなくたってそう言ってあげたくなる。そういう笑顔。

ただ、そうやって着物じゃない彼女と二人きりになって改めて・・・ぐらぐらと揺れる、オトコ心。

どーしても!!気になってしまう。
寒そうに赤くなってしまった薄い耳たぶや、口元から時折漏れる白い息。
繋いでいる手から伝わってくる体温。
今はマフラーで包まれているけど、着物のときに見た首筋は際立って白くてまるで折れそうで・・・って、そんなことまで思い出して。

「・・・茅代」
「はい」

けどまったく警戒も邪気もない澄んだ返事が俺を、迷わせる。
傷つけたいわけじゃない。
だけど、俺もやっぱり、男だから・・・

(触っても、いいかな・・・)

心の中だけでそう問いつつ、そっと、そっと手を伸ばして前髪に触れてみた。

さらりと揃えられた髪を撫でた瞬間、さっき前髪を誉めたときとは違う雰囲気に気がついて茅代の肩が一気にきゅっ、と固まった。
目はこっちを見たまんまで、まるで何か問いかけてくるみたいに、緊張したまま。

「えーと・・・」
「・・・はぃ・・・」

気がつくと夕暮れも終わって夕食時も終わりに近い時間。
あたりはもう暗くなってて、それが当然のように誰もいなくて。

・・・・時が、止まったように感じる。

えーと・・・やっぱ固まっちゃったんだけど、返事はしてくれたし、まだ倒れたりはしないと思うし・・・
いやでも一応聞いたみたほうがいいのか?

「・・・あの、さ。その。・・しても、い?」

って。
思いついたまま聞いてはみたけど返事もらってするっていうのも、変な話のような気がした。
それに良く考えてみたらそんな質問したって、茅代が返事できるわけがない・・・。

「・・・ぇ、あ、えぇ、あ・・・ぁ、」

ほら、口パクパクして驚いてるし・・・。

「いや、ごめん。聞かなかったことにして」

落ち着け、俺。
こんな風に驚かせたいわけじゃないんだ。
気を失わせたいんでもない。

「いいんだ。なんでもない」

俺は前髪に触れていた手を引っ込めた。
茅代の肩からみるみるうちに力が抜けて、ぼぼぼ、とまるでコンロに火をつけたときみたいに赤くなる。

あぁ、やっぱり、まだ。緊張するよな、そうだよな・・・。

「この間、・・・は、ごめん」
「・・・」
「あの、さ」

ゆっくりと、頭が持ち上げられる。
俺を見上げてくる上目遣いの瞳がいつもよりしっとり濡れている感じがして、ぎゅっと心臓を捕まれた。

「・・・っあの、さ。今、すぐじゃなくっていいんだけど。うん、本当に、いいんだけど」

バカか俺。
そんなに何回も繰り返したら嘘ついてるみたいになるのに。

「茅代、のこと。好きだから、・・・その。好きだから。だから・・・」
「・・・」

本当のことなのに、こんな風に興奮して声も上ずって言葉を繰り返しているとそれがまるで言い訳みたいでイヤになる。

「キス・・・はこの間したけど。えっち、とかも、さ。その・・・」

俺を見つめたまま、固まって、でもちゃんと俺の言葉を聞こうと踏ん張って、ぎゅっと目を見開いている。
そんな無垢な茅代を見つめたままではどうしても言えずに、目をそらしてしまう。

「・・・・せ、んぱぃ・・・」
「いや、マジで今すぐとかじゃないんだ。俺もほら、受験とかあるし、茅代んとこもさ、泊まりとか出来ないと思うしっ」
「・・・・・・」
「でも、その、いつか・・・いつか、さ。そう、なれたらいいかな、と」

いつか、でいい。
彼女が俺が触れてもこんな風に緊張しなくて、笑顔で受け入れてくれるときが来たら、でいい。

今はまだその時期じゃない。
俺の発言に何のリアクションも返せなくてまばたき一つ出来ないままの、今の彼女に。
そんなことはできない。

この間はあんまりにも可愛かったから、ついタガが緩んだだけだ。
もう、あんな風に不意打ちでは、しない。絶対に。

大切にしたいんだ。

「・・・・・・・・・はい」

いつも以上に時間は、かかったけど。
柔らかい笑顔と小さな素直な返事が返ってきて、俺は心底安心した。

「じゃ、また帰ったらメールする」
「・・・はい」

――・・・メール、待ってます。

そう笑顔で手を振る彼女に、最後にもう一度触れたい。
けど、なんだか傷つけてしまうような気がして結局何も出来なかった。

あぁ、俺って超、ヘタレ・・・。