4.





叔母が桐の箪笥から

『私が着ていたのだから、少し古臭いかもしれないんだけど、着てみてくれる?』

と出してきてくれた着物。

『綺麗・・・』

白い絞りの生地に、赤い菊模様とピンクの梅模様。
まるで時代劇でお姫様が着るような煌びやかな紋様が散らばっている。
金色の帯も豪華で・・・

『こんなの・・・』

着ていいのかな、私じゃ、もったいなくないかな・・・尻込みをしつつも、瞳はその艶やかさに奪われてしまう。
そんな茅代を後押しするように、
『是非着てほしいの。それに、最近の流行のものより茅代はこの方が似合いそうよ』
着物を肩に乗せながら、叔母は言ってくれた。

『着付けもしてあげたいけど、帯は難しいわねぇ・・・やっぱり、どこかで頼もうかしら』

お友達に聞いてみなさい、と言われて1番最初に思い出したのは、お母さんが美容師をしている沙里ちゃん。
頼んでみると、思っていた通りノリノリで引き受けてくれた。

本当は2日に着ようかと思っていたんだけれど・・・。

『先輩に見てもらわなきゃイミないじゃーんっ!』

沙里ちゃんの一言がずっと引っかかってて。
確かに・・・どうせ着るのなら、先輩に見てもらえたら嬉しい。
けど先輩は受験生だし、この間のクリスマスだって塾帰りですごく疲れてるのに、会ってくれて・・・。

いつもそうなんだけど。
勉強の邪魔をしてしまうことが悪くて、「会ってください」って自分からはどうしても言い出せずにいた。

そうしたら、大晦日のカウントダウンが終わってすぐに、先輩のほうから誘ってくれた。

『初詣、行こうか』

センター試験が近付いてきていて、先輩が第一志望にしているH大の入試が2月。

『お守り買おうと思って』
『・・・あ、合格祈願?』
『そうそう』

電話、というものが茅代は少し苦手だった。
茅代にとって相手の声しか聞こえない、というのは、相手のテンポが見えない、ということ。
それがとても、不安で。

けど先輩との電話は楽しい。
先輩の息遣いや、話し方のテンポや、笑うとちょっと目尻が垂れて優しくなることとか・・・全てがもう、頭の中にあるから。
会っているときと同じように、会話ができる。
それに。先輩がいつも茅代に合わせて、けして先を急がずに話を進めてくれることが本当に嬉しかった。

『じゃあ、家にまた迎えに行くよ』
『あ、もしかしたら・・・着物を着ていくかもなので・・・、その、叔父が車で送ってくれるかも、しれないです』
『着物?』

思っていた以上に、先輩は『楽しみにしてる』と強く言ってくれた。
電話越しからでも伝わるそんな気持ちも、とても嬉しい。

最初に先輩を好きだと思ったときは、ただ悲しいだけだった。
切なくて苦しくて、寂しいだけだった。
けど、それは先輩に彼女がいたから。
まさか自分が今その立場にいられるなんて想像もしてなかったから。

誰かを好きになって、その人も自分のことを好きだと言ってくれる。
たったそれだけのことでこんなに楽しく、幸せで、満ち足りた思いになれるなんて、思いもしなかった。

満ち足りた思いの先に、・・・触れ合う、ことが待っているのを、まったく考えなかったわけじゃないけど。
そんなことはまだもっと、もっともっと先にある話だとばかり、思っていた。

勉強机の、座ったときに目の前に見える位置に飾られた銀色の卵を手に取り、パカリ、と開ける。
名前も知らないキレイなピンク色の石を、そっと指先でなぞった。

そうしながら昔、祖母が言ってくれたことを、ぼんやりと思い出す。
そのことを考え出すと、必ず思い出す言葉。

――・・・いいかい。昔は結婚するまではそんなことしなかったんだ。茅代もそれくらいの気持ちでいなさい。

祖母の厳しい顔と、茅代の手を握りしめる皺くちゃの暖かい手までが、
自分のいなくなった先のことまでを真剣に案じて紡いだ言葉だということを表しているようで。

――・・・うん、分かったよおばあちゃん。

大好きな祖母が、そう言っていたから。
そういうこと、は大人になったら・・・だと、思っていたのだけど。
周囲の話を聞いていると、そうではないようで。

「今どきそれはないよ〜」
「そんなわけないじゃんっ!」
「男の子の方がガマンできなくない?」

いろんな言葉で、ばっさりと否定されて。

そして・・・実際に、そんなわけない、だった・・・。

あの時。
実は、風邪を引いちゃうかもしれないと思うほど身体は冷え切ってて。
急に閉じ込められた先輩の腕の中は、すごく暖かくて安心した。

・・・すごく。
ものすごーーく、ドキドキしたけれど。

離れたい、とは思わなかった。ずっとこのままでいれたらいい、と思った。

今はそんなことを感じていた自分が恥ずかしくて、思い出しただけで顔がかぁっと熱くなる。
変、じゃないかな・・・。
初めてだったのに、もう1度同じことがあってほしい、なんて・・・変じゃないのかな。

「おばあちゃん・・・」

好きな人がね、出来たよ。
その人ね、すごく優しいよ。暖かいよ。ずっと一緒にいたいなって思うの。
幸せで、嬉しくて、先輩が好きだって気持ちで心がいっぱいで・・・初めて人を好きになったのに、もうずっとこのままでいいって思うんだよ。
そういう気持ち、おばあちゃんも、知っていたの?


・・・



初詣客で賑わう境内の石畳の上を、ゆっくりと歩いた。
いつも微笑んで何かを話してくれる先輩は、今日はどこか真面目な表情で正面を向いている。
・・・お守りもらうの、緊張してるのかな?

『はっきり言ってすごく頑張らないと入れないんだけど、ラグビー、とにかく続けていきたいから』

最初に志望校を聞いたときにそう教えてくれたっけ。

先輩がH大に合格するために、とっても真剣に勉強してるってことは付き合ってすぐに分かったこと。
休日は一緒に図書館で勉強したりしてて『家でやるより効率がいいっぽい、成績上がった』と言って笑ってくれて、
ちょっとはお役に立てたのかな、とほっこりした気持ちになったりもした。

先輩と一緒に勉強をしてるうちに私の成績もグンと上がって叔父さんがとても喜んでくれて、
それで叔父さんの先輩に対する態度も柔らかくなってきたのよって、叔母さんに聞いて最近知った。
そういえば、今日も『あいつは頑張ってるのか?』って聞かれたなぁ。

「先輩」
「・・・ん?」

前のほう、鈴を鳴らす人のほうを眺めていた先輩が私を見下ろす。
優しい、目。
やっぱり緊張してたのかもしれない。さっきから、繋がれた手がぎゅっと強めに握られてる。

「お守り、私が買います」
「いや、いいよ。母ちゃんに金もらってきたし」
「・・・でも」
「いいってば、気使わなくて」
「・・・買いたい、です」

私だって、何か役に立ちたいもん・・・。

しつこめに食い下がる私に、先輩が今日初めて笑った。

(あ、やっと笑ってくれた・・・)

苦笑、に近かったかもしれないけれど、そんな小さなことでも不安に感じてたことがあっという間に吹き飛んで安心に変わる。
これも、恋をして初めて知った感情。

「ありがと。じゃあ、俺は俺で買うから。茅代にも買ってもらう。これでいい?」
「・・・はい」
「同じ神社のが2つあったら心強いよな、神様パワーも2倍って感じで」
「そうですね」

ゆっくりと握り直される右手。
指と指をしっかり交差させて、えぇとこれはたしか・・・恋人繋ぎ、っていうらしい握り方。

「はぐれないように」
「はい」
「茅代、チビだからはぐれたら分かんないし」
「・・・・・先輩が、おおきすぎるんです」

もう、せっかくいい気分だったのに。
先輩はすぐそうやって私をからかう。

ぷぅ、と膨れた私に先輩がまた、優しい目で笑いかけてくれた。