3.





「すぐに目を覚ますと思うから横にいてあげて」
「えっ・・・いや、ちょっとやめときます」
「そう?」

寝ている茅代をただ黙ってみているだけなんて、今の俺には無理だ。

気を失った状態の茅代を家まで運ぶのはこれで3度目くらいだと思う。
1番初めは初デートのときだった。
帰り道、軽く額にキスしようとしてちょっと頬に触れただけで倒れたんだっけ・・・

そのときに

『うちの娘に何をしたんだ?!』

としこたま怒鳴られて以来、あまり茅代の家に来るのは・・・得意じゃない。

茅代の叔母さんは今でもじゅうぶん美人だなって思わせる風貌を持った穏やかな人で、
初対面で叔父さんに怒鳴られたそのときも、必死で何もしてない(未遂だけど・・・)と言い続ける俺の声に耳を傾け仲裁に入ってくれた。
そして、いつでも気軽にいらっしゃいなどと笑顔で言ってくれる。

が、叔父さんは最初の印象が悪かったのかはっきり言っていつも睨まれている気が・・・あぁ、めちゃめちゃ早く帰りたい。

「青木くんは・・・」
「・・・っはいっ」

急に低音で話しかけられてビビって、コーヒーのカップを落としそうになった。
「よかったらコーヒーでも飲んでいって」と言われて、何度も断るのも失礼かと思って上がらせてもらったけど・・・
まさか話しかけられるとは思わなかった。
眼鏡の奥があまり友好的じゃない視線なのは変わらずだけど・・・。

「大学は、もう決まってるのかね?」
「え、えぇと・・・これから、です」
「どこを受けるんだね?」
「H大の、教育学部です」

別に県外に出たいとは思わない。
都会に出たいとも思わない。
ただ好きなラグビーを、なるべくいい環境で続けていられるところ。
それは大学に行っている間だけじゃなくて、なるべくだけど、一生続けていられるような。

頭の固い担任にそう漏らしたら、思っていた以上に親身になってくれて資料を揃えてくれた。

『お前の学力ではギリギリアウトってとこだが、ラグビーを続けるのならH大がいいだろうなー。どうだ、頑張ってみんか?』

H大ラグビー部。
早稲田や同志社までではないけれど、大学ラグビー界ではなかなかの強豪。
しかも俺が希望している体育教育学科を含む教育学部となると求められる成績も強豪・・・
うちの高校は1組と2組が特進クラスで、俺のいる3組や4組は普通クラス。
H大は1組や2組の連中が第一志望に選ぶような大学なんだ。

『お前1年のときは1組にいたんだろう?部活に一生懸命すぎて勉強してなかっただけなんだから、狙えると思うが』

簡単に言うなよ、と思いつつも俺自身もそこがいいなとは思ってた。
ただ実力に見合わない学校を受験するのは高校受験で充分辛さを味わったしごめんだな、と最初から諦めてただけで。

けど普段あまり会話することの少ない父親が、
『どうせ諦めるなら受けてからでもいいじゃないか、予備校くらい行かせてやる』
と珍しく言ってくれていたこともあって、やるだけやってみることにした。
母親はもっとシビアに『長男にはほとんどお金がかからなかったから、その分あんたに回せるわ』と笑って言った。

まぁ、兄貴は奨学金やら補助金やら・・・学校のほうから話が来るくらい頭良かったから、まんざら冗談ではないんだろうなぁ。
ホント、当時中学生の俺でも『なんで東大受験しないの?』って聞いたくらい。そしたら

『お金かかるし、勉強なんてどこででも出来るし、どうしても行きたかったら院からでも遅くないと思うから』

あっさりそう言ってた。
当時はそんなもんなのか〜って思ったけど今思うとスーパー余裕発言だよな、恐るべし兄貴・・・。

「教育学部か。先生になるのかね?」
「いえ、まだそこまでは。なれたらうれしいですけど、難しいっていうのは分かってるので」

ふぅむ、と返事のような息だけ出したみたいな音をもらした後はまたダンマリで、俺はまた居心地が悪くなった。
3人がけのソファなのに、ケツが縮み上がって0.7人分くらいしか使ってない感じがする。

「・・・ま、今度は夕飯食べて行きなさい」
「あ・・・あああ!はいっっ」

そのセリフも突然だったので今度はコーヒーを噴き出しそうになった。
後ろで叔母さんがくすっと笑ってた。
叔父さんは相変わらずの仏頂面なんだけど・・・もしかして、とりあえずは合格点もらえたってこと?



・・・



「・・・お前らも一緒って聞いてない」
「一緒じゃないですよー?あけましておめでとうを言いたいだけです♪」
「あけましておめでとう、では、ごきげんよう」
「ひどーっ!!」

4日に初詣に行こうかって、31日の夜・・・いや、1月1日になってすぐの電話で誘った。
はい、って可愛い声で返事をしてくれて、じゃあ家まで迎えに行くわって言ったら、

『あ、もしかしたら・・・着物を着ていくかもなので・・・、その、叔父が車で送ってくれるかも、しれないです』

って。

『着物っ?』

カウントダウン直後だったこともあったけど、ちょっとテンションが上がった。

『はい・・・ちょっと、足手まといになるかもしれません、いいですか?』
『全っ然いいよ!じゃあ、決まったらまたメールか電話ちょうだい』
『はい』

(そっかー、着物かぁ。似合いそうだなぁ・・・)

2日の昼に「着物を着ていくので、待ち合わせ場所に直接行きます」とメールをもらった瞬間、ガッツポーズ。

もう、それはそれは、楽しみにしてた俺。
なのになんでこいつらがいるわけ?

「私だってひよちゃんの着物姿見たいんです〜」
「俺も〜」
「沙里ちゃんはともかくなんで金山まで・・・」
「ケチケチすんなよー」
「別にケチケチしてねぇっ」

いや。二人きりでいたいって思うのは、ケチケチしてることになんのか?

付き合いだしてから、デートらしいデートなんてほとんどなくて。
クリスマスのときだって平日の夕方からちょっと会っただけで、すぐに茅代は気ぃ失っちゃったし。俺が悪いんだけど・・・。

「・・・んぱい」
「俺は、ケチケチなんかしてねぇぞ」
「せん、ぱい?」
「もう少し長く一緒にいたいだけだっ」
「おーい、タツ。独り言はそこまでにしとけよ」
「は?」
「後ろ、見てみろよ」

(俺、声出してたのか・・・恥ずっ)

口を押さえて、ニヤニヤしている金山に促されて振り向くと、そこには和服姿の小柄な子が立っていた。
白地に、赤でいろいろな柄の入った振袖。金色の、これまた細かい刺繍が施された帯。

「・・・・・・・・・ち、よ?」
「あけまして、おめでとうございます」
「おめ・・・でと」

薄くグロスが塗られた唇。
普段は下ろしているだけの長い髪が頭のてっぺんあたりにくるっとまとめてあって、赤くてデカイ花の飾りが1つだけつけてある。

「ひよちゃぁぁん♪かわいー♪」
「・・・ありがと、沙里ちゃん」
「やっぱりその飾りにしたんだ?」
「うん、こっちのほうがいいって洋子、さん、が・・・」
「ほらやっぱりぃ!私の思ったとおりだぁ〜」

女の子二人で(というより沙里ちゃん1人で)盛り上がっていて、入るすき間がまるでない。

「ほら〜、青木先輩も何か言ってあげて!」

そう言われても・・・

「うん・・・」
「うんってなんですかっ、他にはないんですかぁ?」

言葉が見つからなくて、ただ彼女を見つめると、そっと頭を右側に傾げた。
何で俺が呆然としてるのか分からないみたいだ。

「行こう、か?」
「はい・・・」

それでも黙って手を差し出せば、はにかみながらその手を握ってくれる。
手を握ることは、付き合いだしてわりとすぐにできるようになったから茅代もそこまで緊張はしないんだけど。
・・・俺のほうがドキマギしすぎて、どうにかなりそうだ。
手汗とかすごそう。感覚が薄くなってるみたいで自分では全然分からない。

「ゆっくり、歩いてもらっても・・・いいですか?」
「あぁ、うん」

可愛い、ってたった一言を伝えるのが、こんなに難しかったのは初めてだ。