2.





うっすら目を開けると、そこは、自分の部屋の天井だった。

遠くから、声が聞こえる。


――・・・めんなさいねぇ、せっかくの日にあの子ったら・・・。

――・・・いえ、おれがもっと早く送ってくればよかったんです。すみませんでした。


低くてここからでは聞き取りにくい声は、それでも胸に染みこんでくるくらい、大好きな人の声だ。


――・・・じゃあ、おじゃましました。失礼します。

――・・・本当にありがとう、気をつけてね。


あぁ、先輩が帰っちゃう。
せっかくのデートだったのに。
今日は少し遅くなってもいいよ、おじさんは適当になだめておくから・・・って、おばさんも言ってくれてたのに。
わたし、また・・・・・。

先輩といると、時々。
どきどきしすぎて、どきどきが身体中を駆け巡ってクラクラして、気がつくといつもベッドに寝てる。
そんなときがある。
そして先輩は、そんな私をいつもここまで運んでくれてる。

もういい加減、呆れられてるかもしれない・・・。

そうひとりごちるのと同時に、思い出した。
抱きしめられた感触と・・・唇に触れた柔らかな・・・。

「・・・・・・き、・・・」

わたし。

きす、した。

せんぱいと、・・・。

わ、やだ。
どうしよ、どうしよ、どうしよ。

1人布団の中でじたばたと足が動く。落ち着けそうもない。かーっと全身が熱くなる。
この間の休み時間のときの、沙里ちゃんの言葉がぐぐっと蘇る。

『そろそろじゃないの?』
『・・・・・』
『待たせすぎたらカワイソウじゃない?』

そろそろなの?
待たせていたの?
そうなんですか、先輩?

でも、でもでもでもでも・・・・・・・・・。

「茅代?あなたそんなに布団かぶって熱くないの?」
「・・・・・ぁ」
「顔が真っ赤じゃない。青木くんは今帰ってったわよ」
「・・・・・ぅん」

いつの間にか茅代が寝ているベッドの横に座り、こちらを覗いている叔母。
おそるおそる布団から頭を出すと、心配そうな、それでいてどこか面白がるような優しい目をしている。
ぽんぽん、と小さい子供にするように頭をなでられる。

「女の子がいるっていいわねぇ」
「・・・・・え?」
「なんだか楽しいわ。男の子の母親なんて、こういうときはつまんないからねぇ」

まるでひとりごとを言うような調子で叔母がそういうので、
茅代は、この間初めて会った叔父と叔母の息子さんたち(茅代にとってはイトコになるのだけど)を思い出した。

もうすでに社会人として働いている彼らは、二人揃って夕食の席に現れ、どこかよそよそしい振る舞いを茅代にした。

叔父はそれに対してとても怒っていたけれど、けどその態度は茅代を拒否しているというよりも、
自分達の妹になってしまった初対面の、しかも10歳は年下のイトコに対してどういう顔をしていいか分からない、というもののように感じた。

思ったとおり、結局は叔母が間に入りそれを叔父に伝えてコトは治まって、
そのあと申し訳程度に話しかけてきた長男と二、三言葉を交わしただけで終わってしまった。

そのときの叔母からは、久しぶりに息子が帰ってきて嬉しそうな様子しか見受けられなかったので、
特に不満を持っているようには思えなかったのだけど・・・・

「茅代、あんまり倒れるのも可哀想よ。また叔父さんに文句言われてたわよ、青木くん」
「・・・・・ごめん、なさい」
「彼はいい子ねぇ。あんなブチブチ言われても黙って聞いてるし。私だったら逃げ出しちゃうわ」
「・・・・・」
「茅代の部屋に上がって横にいてあげて、っていうのにそれも叔父さんに遠慮して絶対にしないし。
 今どき珍しいくらいの子じゃないの?叔父さんもあぁ見えて意外と青木くんのこと気に入ってるのよ?」
「・・・えっ?!」

がばり、と起き上がって叔母を見つめる。
叔母はちょっと目を見張って、それからくすくす笑い肩をすくめながら言う。

「茅代も、青木くんのことだと動きが早くなるのねぇ」
「・・・・・・」
「本当よ、だって『今度夕飯食べに来なさい』って言ってたもの」
「・・・そう、なんだ」
「だから安心しなさい。誰も反対なんかしてないし、もっとゆっくり会ってきていいのよ」
「・・・うん、そうする」

真っ赤になった茅代に、叔母は微笑む。それが実際の年齢よりも華やいで見えるのはけして気のせいではないと思う。
叔母はキレイな人だと茅代は思う。

「私は茅代が、娘になってくれてとってもうれしいの」
「・・・おばさん」
「最初はね、どう相手していいか分からないからイヤだなって思って反対してたの。
 けれど叔父さんと毎日その話ばかりでもめてるうちに、ふうっとね・・・。
 息子も手が離れたしもうこの年齢で血の繋がりがどうのこうの、なんて言ってるのもなんだかばかばかしい気分になって。
 女の子と一緒に暮らしてみるのも、いいかもなぁって思えるようになったの。」
「・・・・うん」
「私と茅代は確かに血は繋がっていないけど、それでもいいじゃない、
 同じ女で大先輩としてでも、茅代にしてあげられることがもしあればそんな程度でもいいんじゃないかなって」

――・・・だから、遠慮しないで何でも言ってね。

念を押すように、かといって押し付けられているわけでもない。
茅代がそれに対して頷くと、叔母は弱く微笑み返してくれて、部屋を出て行った。

「ふう・・・・」

知らず知らずのうちにため息をつく。
熱っぽく感じられる自分の体から、熱気を押し出すようにもう一度意識して息を吐き出した。

冬休みで、よかった。
先輩と、すぐに顔を合わせなくてすむもの・・・。

茅代は、再び恥ずかしさで火がついたように熱くなった頬に、両手で挟むように触れる。

(好き、って言ったからかなぁ・・・)

キスをされた理由をそんな風に考えて、また一人で熱くなる。
それから、さっきの情景を思い浮かべる。
そうするたびによみがえる、恥ずかしすぎてその上甘くてとろりとした、不思議な心地。
そんな心地を胸の奥でじわじわ感じながら、そのまま眠りについた。