1.





吐く息が白い。

前日に降ったちょっと気の早い雪の名残があちこちにまだらに残る芝生の上を歩きながら、つ、と彼女が振り返ってきた。

「そういえば・・・、ベンチ、濡れてたら座れませんね?」
「あぁ、そーかも。気がつかなかったな」

俺の返答の何が可笑しかったのか、ふふっ、と彼女が微笑んだ。

暖かそうなグレイのコートは、男の俺にはよく分からないけれど彼女によく似合う女の子らしいデザインで、
首元に巻かれたふわふわの白いマフラーも、優しく彼女を包み込んでいるようだった。

「・・・じゃあ、このままで・・・これ、使ってください」
「ありがと。開けてもい?」
「はい」

彼女から渡された、クリーム色に赤と緑のリボンが施された包み紙を開ける。

「マフラー?」
「・・・はい。どうですか?」

上目遣いでそっとこちらを伺うような視線。
そこから感じたことをそのまま口にしてみる。

「これ、手編み?」
「・・・わかり、ますか?」
「ん、なんか茅代が心配そうだからそうなのかなって・・・すげーな。売ってるみてぇ」

モスグリーンに模様が編みこんであるマフラー。
『売ってるみたいなマフラー』が誉め言葉になるのかならないのかは置いといて、
ざっくりと軽く編まれているように見えて、細かい模様が編みこんであるのに俺にしては珍しくも気がついて、凝ってるなーと独り言のように呟いた。

「んじゃ早速」

それまでつけていたマフラーを外して、ぐるりと新しいマフラーを首に一周させて巻きつける。
さすがにそれまで使っていた安物のマフラーにはない、しっかりした温もり。
彼女の愛情ごと首に巻いてるみたいだな、と思う。クサすぎてとても口には出せないけど。

「あったけー。いいわ、これ」
「・・・よかった」

ほっと安心したように息をつく彼女。
これがもしそこらで買われた安物だったとしても俺は同じようなことを言ったと思うんだけど、
それでも彼女はいつもそんな風だし、そんな彼女が好きだな、とも思う。

その気持ちも上手く言葉にはならずに、代わりにそっと手を伸ばしてその小さな頭を撫でた。
そして、ひんやりと冷たすぎるくらいの感触に驚く。

「わ、頭冷てーな、寒いんだろ?」
「・・・ううん、だいじょぶ、ですよ」
「風邪引くぞ」

だいじょうぶ、そう言いながらこっそりと無理をする。
そういう子だってことが付き合って3ヶ月にもなるとさすがに分かってきて。
早めに家に帰したほうがいいな、と思いポケットからプレゼントを取り出した。

「はい、お返し」
「・・・・・・これ、なんですか?」

彼女の不思議そうな表情も無理はない。
差し出した俺の手のひらの中には、シルバーの卵がひとつ乗っかっている。

「とりあえず開けてみて」
「・・・はい」

俺の手よりも遥かに小さい彼女の手のひらに余るくらいの大きさの卵。
彼女はおそるおそる俺からそれを受け取るとじぃっと不思議そうに眺め。 脇がナナメにカットされているのを確認して、軽く首をかしげて俺を見る。

俺は軽く頷いた。
パコッ、と軽い音がして彼女の手のひらの卵が開いていく。
中には小さなゴールドの羽のついたシルバーの卵と、ピンクのハートのついたネックレス。

「前に好きって言ってた本の、でしょ?これ」
「はい・・・ありがとう、ございます。すごく、うれしい」

――・・・このお話、好きなんですけど・・・先輩は恋愛小説は読まないですよね、きっと。

と残念そうに呟いていた本は、彼女が図書館でわざわざ手にとって見せてくれたもの。

数年前に映画にもなってたし、主演はこの女優さんで・・・って彼女が熱っぽく内容を語りだすのを聞いていてようやく、
その当時に付き合ってた彼女と観に行ったな、って思い出した。
けどそれはちょっと言い辛いかなぁ、と思って黙ってそのときはやり過ごして、逆にそれで覚えてたっていうのもあるんだけど。

プレゼントを探してて偶然ネットで見つけて、"限定"という文字につられて値段も見ずに購入ボタンを押してしまった。
彼女が本当に嬉しそうに頬をほころばせて、覚えててくれたんですね、と言うのを見ていると、
予算的にはギリで大変だったけどどうにか小遣いをかき集めた甲斐があるなぁと俺は悦に入った。

「実は箱もあったんだけどポケットに入りきらなくて。このままのほうがインパクトあるし」
「・・・そうですね、すごく、びっくりしました」
「今度箱も渡すよ。卵だけでも入れとくといいかも」
「はい」
「じゃあ帰ろうか?マジで風邪引いちゃうわ」

と声をかけると、彼女は急にもじもじとしだして何か言いたげにこちらを伺ってきた。
俺のほうが30cmは背が高いから、いつも、どうしても上目遣いにこちらを見上げることになってしまう彼女。
その頬が寒さのせいで紅潮してるのと口元からこぼれる白い息が・・・否応なしに俺を酔わせる。

「・・・あの」
「ん?」

抱きしめてしまいたい衝動を堪えて、それが彼女に伝わらないようにいつも以上に素っ気無く短く返事をする。

「あの、その、マフラー・・・おそろい、なんです」
「へ?そうなの?」

彼女が自分が巻いているマフラーを指差しながら、恥ずかしそうに言う。
そのマフラーをじっくり見たけれど、特に形が同じとかデザインが同じ、というようには見えない。
どのへんがおそろいなんだろう?

いぶかしげに見つめる俺を見つめ返しながら、彼女の手が俺に向かって伸びてくる。

・・・・どきん。
そんなたわいもないことでも、俺の心拍数はかなり上がってしまう。

彼女の手はそのまま、巻いていたマフラーにたどり着いた。
それにたいして、ホッと安心する気持ちと残念に感じる気持ちが織り交じる複雑な心・・・。

「・・・ここ、に、その・・・」

彼女がマフラーの先をひっくり返して、指差す。

「なまえ、はさすがにちょっと・・・だったので、イニシャルを入れて・・・」

彼女の手元を覗くと、確かに白い毛糸で『T』と小さく刺繍されていた。
それはたぶん、言われないとちょっと分からないくらいの大きさ。

「あぁ〜、ホントだ。茅代のにもあんの?」
「・・・・はい。ほんとは、もっと、おっきくって言われたんですけど・・・」
「いや、あんまデカいと俺も恥ずかしいし、これくらいで、うん」

"おっきくって言われた"ってことは、例によって世話焼きの友達から何か言われたんだろう。
あまりにも恥ずかしそうに彼女が説明してくるのにつられて、こちらまで気恥ずかしくなってくる。

なんとなくむず痒くなった首筋をぽりぽりかいて、今度は、すっかり縮こまってしまった彼女をじっと見つめた。
それすら普段は彼女を恐縮させてしまうからあまりしない。
けれど、今日はクリスマス。ちょっとくらい長く見つめても、バチは当たらないはず。

俺が見つめていることに緊張しながらも、これを言わなきゃいけないよ、と約束でもさせられたのだろうか、
おずおずと、けれど一生懸命に彼女が言葉をつむいでいる。

「あ、それでその。・・・先輩も『T』ですけど、私も茅代で『T』、なんですね」
「うん」

彼女のことばかりは言えない。
俺のほうが2つ上で、初めての彼女じゃないということもあってか余裕なフリをすることが多いけれど、実際は全然余裕なんかない。
俺はいったい、今どんな顔をしてるんだろう。

「だから・・・先輩のほうは・・・私のイニシャルのつもりで、私のは、先輩の、ってことで・・・
 だから、近くにいなくっても、ずっと、一緒にいるみたぃ・・・で・・・」

言いながらどんどんか細くなる声。最後のほうはほっとんど聞こえてこない。
恥ずかしさと、言うべきことを言った、という興奮で潤む瞳。その瞳が俺を、見つめてる・・・。

「・・・っあ〜、もう・・・・。」

俺は頭を抱えた。
無理だ。それは、反則だ。

「・・・せ、んぱい?」
「可愛すぎ」

もろとも崩れ去る俺の意志。
両腕は、黙ったまま彼女を引き寄せてぐっと抱きしめていた。

「・・・・・・えっ・・・・・・ぁ、ぁ、あのっ・・・」

驚いて固まる彼女を直に感じる。
けど一度こうしてしまうと、何もかもが引っ込みつかない。

(あんましかわいーことすんなよ・・・つかさせんなよ。どんだけ俺が耐えてるか、皆分かってなさすぎ・・・)

「マフラー、大事に使う」
「・・・・は・・・ぃ」
「すげうれしい」
「・・・・」

腕の中の彼女はコートやマフラーの分を考えても想像以上にちっちゃい。
柔らかくて、やっぱり冷たい。氷のように冷えた耳たぶが俺の頬に触れている。

「やっぱ寒かったんだろ?すげー身体冷たい。風邪引くぞ」
「・・・・・ご、めんな、さい」
「無理はしないでっていつも言ってるでしょ、・・・しばらく暖まって?」

半分以上口実で、腕の力を強めた。
腕の中の彼女の身体がさらに硬直するのもかまわずに、ぎゅっと閉じ込める。

「茅代・・・好きだよ」

彼女が、好きだ。
付き合い始めて3ヶ月、日に日に強くなるこの気持ち。
それまでほとんどぶつけることがなかった想いがここに来て大きく弾けそうになってるのを、懸命に堪えてたのに。

「・・・・・・・・すき、で・・・す」

・・・!!

くぐもって、それでも聞こえてきた彼女の掠れた可愛い声。
予想してなかった初めての告白に、完全に俺の中のメーターが振り切った。

「茅代・・・」

名前を呼んで、腕の力を緩めて彼女の顔を覗きこむ。
バクバクバク・・・と心臓の振動だけがやたら強く感じられて、他のことは何も考えられない。

冷えた頬に手を添えて、そっと・・・唇に、唇を寄せた。
柔らかくて冷たくて、怯えたように堅く閉ざされた感触。

・・・怖がっている。
それを感じた瞬間ぐっと自分を強く押さえつけて、軽く触れるだけで終わらせた。

つもり、だったんだけど・・・
顔を離したと同時に彼女の頭がくらり、とありえないほど横に傾いて、俺は死ぬほど後悔した。

「ちっ茅代っ、茅代っっ??!!!」

・・・・・・やっぱし、キスは、まだ早かった・・・・・・?