15.





ラグビー。
ものすごーく簡単にしちゃうと…"陣取りゲーム"みたいな。
ゴールポストはあるけれど、その他にも"インゴールスペース"というのがあって、そこにボールをタッチさせたら、それもゴール。
でも。

・・・どこからどこまでが、ゴール?

本を読んだりして簡単な知識は得たけれど、実際にグラウンドを前にすると、あまりの広さにまず驚いてしまって。
大きな身体がいくつも俊敏に動きまわってぶつかり合う、その迫力、飛び交う声に圧倒されるばかり。

おまけに風も強くてせっかく調べて頭に入っていたことが飛んでいってしまいそうで。
横で先生があれこれ解説してくれているのも、半分くらいは聞き逃してしまっている。

(家に帰ってから、調べなおそう)

不意の訪問者の私に懸命に説明してくれている山形先生。
申し訳ないなぁ、そう思っていると。
風の向きが変わって、突然に飛び込んできた声。

「・・・何してんのっ?」

焦ったようなその声に、頭より先に体が反応した。
はっ、と向けた視線の先にはやっぱり、先輩。と・・・・マネージャーさんが、いた。

「先輩、今度デートしましょ?」
「はっ???」
「ねっ♪」

いつか飲んだ甘いコーヒーみたいな深い茶色の髪を二つに束ねたマネージャーさんの、笑顔の横顔。
それを困り果てたように見つめ返す先輩の横顔。

――しっかりと、絡められている腕。

「・・・なにやってんだ、あいつらは。あれじゃあ示しつかんな」

茅代の視線がグランドから逸れ、頷かなくなったのに気がついた先生が呟くように言った。
気だるそうによいしょ、と席を立つ。
がら空きになった左側がすうっと寒くなった。

「おーまえらー、遊んでんじゃないぞー!」
「いや、遊んでないっすよっ。急に来られて・・・」
「すみませーん。寒いからちょっとはしゃいじゃいましたぁ」

てへ、と照れたように肩をすくめる仕草は可愛くて、けれど。
先輩の袖をぎゅうと掴んだまま、マネージャーさんは茅代のほうを見た。

(・・・・・え)

その瞳は先ほどまでの仕草とは打って変わった、挑戦的な色をしていた。





「ごめんな、つまらなかった?」
「いえ…」
「寒かった?どっか寄ろうか?」
「…時間、ないので」

そっかぁ、そうだよな。
少しだけ寂しそうな目元に、自己嫌悪、した。

時間は本当になかった。
門限という大げさなものではないけど、帰宅部の私が帰る時間ではすでになくて。
帰る直前に叔母さんにメールはしておいたけれど気持ちは急いていた。

けれど、それ以上に…

「…先輩、あの、もう」
「え?」
「ここで、いいです。もう、遅いですし」

私の住む家から一番近い、大通りの交差点。
次の角を曲がれば、たどり着く場所、だから。

「遅いから送ってかないと…」
「いいんです。メール、しましたし。先輩の大事な時間、…勿体ないです」

うまく、笑えてるだろうか。
ちょっと間が空いて「分かった」と言った先輩は私の頭を撫でた。
小さな子にするみたいに、大きな掌で、ぽんぽん、って。

「じゃ、また明日」

くるり。向こう側を向いて歩きだす後ろ姿を見ながら。
付き合いだしてから初めて、少し悲しくなった。



「ラグビー部のマネージャーって、D組のあの元気そうな子?シキシマ…だったっけ?」
「…うん」
「よくうちのクラスにも遊びに来るよね」
「でも最近は見てなくない?」
「あ、そういえば」
「渡瀬狙いがスゴすぎて、優ちゃんが超キレてたもんね」
「あー、優ちゃんは渡瀬LOVE過ぎるから〜」
「たしかに〜。渡瀬なんてドコがいんだろ?あんなイヤミな奴、男として"ナイ"わ」
「まぁその辺は好みじゃない?顔はイイもん」
「それは認める〜」
「ムカツくけど整ってるよねぇ」
「…ちょっとぉ、話逸れてるっ。で、そいつがひよちゃんにそんなことを?」

沙里ちゃんが唇を尖らせたあと、周囲の会話の波に流されてぽーっとしていた茅代を揺すり起した。

「…あ、えと、うん。なんか…怒ってるみたいで」

最初は千晶ちゃんにだけ、マネージャーの敷島さんに言われたことをぽつりぽつりと話していたのが
あれよあれよのうちに5、6人の女子に囲まれていた。

――女の子は。こういう話、大好きだなぁ。

自分だって女の子のはずなのに、茅代はこういうときの空気にはなかなかついていけない。
話していることが自分に関わることにも関わらず友達たちが"恋バナ"に傾ける情熱が茅代には強すぎて、まるで絵空事のように思えてしまう。
自分のことであって、自分のことではない、別の誰かの話のようだ。

「一体何で怒ってんの?シキシマはさ」
「えー、アンタ分かんないの〜?」
「ナニナニ?あたしも分かんない」

身を乗り出してきた子に別の子が得意げな表情を見せつつ、それでも小さな声でささやく。

「渡瀬は、ひよちゃん好きじゃん」
「えぇーーーーー?!!!!!」
「ちょっとっ、声がデカいっ!」

どこからか伸びた手が声を上げた子のおでこを叩く。
ぺちん!と小気味のいい軽い音と共に「痛ったぁ…そんな力込めなくてもいいじゃーん」と泣きべそをかくフリ。

「ばかっ、優に聞こえたらどーすんの?傷つけちゃうじゃないの」

どうやら、叩いたのは千晶ちゃんだったらしい。
そんな姉が妹にするような動作に、叩かれた子も素直に首をすくめて謝った。

「ゴメン。だって渡瀬、そんな雰囲気全然ないしビックリしたんだもん」
「そんなのあの男が気ぃ使って抑えてるんじゃん」
「うわー。アイツそんなコトできんの?ますますイヤミ…」
「ハイハイ渡瀬のことはいったん置いといてー。ひよちゃんはさ、そんでどうしたの?」

(…どうしたの?どう、したっけ…?)

「だからさっき言ったでしょ。言い返せないまま、相手がどっか言っちゃったって」
「違う、その後」

(その、あと…?)

記憶を辿っても"敷島さんに何かをした自分"に心当たりがなく、その次の質問には意図すら掴めずにいる茅代に。
ぐいと顎を突き出して、唇を尖らせて沙里ちゃんは言った。

「言われてもう3日くらいたってんじゃん。その間ラグビー部にも顔出してたじゃん?」
「…うん」
「そんときには何か言われたり、されたりしなかった?もしくはひよちゃんが敷島に一言もの申したり…」

"もの申したり"のところで周囲の女子の全員が首を横に振ったが、沙里ちゃんは意に介さなかった。

「とにかく、何かなかったのっ?」

(うっ…どう、しよう。)

後悔ってほんとうに、先に立たないや…。