13.





先輩から、メールが来てた。

『今から部に顔出す 気をつけて帰ってな』

先輩からのメールは、絵文字も文章もそんなに多くなくってわりあいシンプル。
言いたいことだけ、用件だけの簡単なメールだけど、もらえるたびに頬が緩む。

・・・今朝は、本当にビックリしたけど。
今まで、さりげなく邪険にされてきたことはあったけれど・・・あんな風にあからさまに敵意をぶつけられたことはなかった。

(でも。きっと、だいじょうぶ)

キツイ言葉を浴びせるたびに苦しそうに歪む彼女の表情を思い出す。

きっとマネージャーさんもいろいろ心配なことが重なって、不安だったんだ。
だからあんな言い方になっただけなんだ。
平気。

一瞬気持ちが沈んだのを振り切るように、持っていた鞄を握りしめた。

今日は、一人で帰り道を歩いている。
昼過ぎに降った雨が乾き、コンクリートの灰色がところどころ湿って色濃くなっている歩道を、ぴゅう、と北風が一瞬通り抜けた。

「さむ・・・」

冷たい風は頬をかすめて、下ろしたままの髪をばさばさと乱す。
思わず、巻いていたマフラーに顔をうずめた。鼻先を毛糸の先がくすぐってこそばゆい。
おそろい(一応、だけど)の白いマフラーは、中学に入学したときに編み方を教わって初めて自分で編んだもの。
思ってたよりもしっかり上手く編めて、ぐるぐるに巻いてるとすっごくあったかくて、寒がりな私にはピッタリ。
毎年季節が終わる頃にしっかり洗濯して片付けて、大事に大事に使ってる。

先輩がいないと、さみしいな。
このところずーっと、一緒だったから。




「ちょっと、しばらく放課後は顔出しておこうかなって」
「あ・・・はい」
「ごめんな」

いいえ、と首を振った。

優勝の常連だったラグビー部が、この間の県大会で負けてしまったことを、校内で知らない人はいないと思う。
多分、だけど。
スポーツにはとーっても疎い私ですら入学したての春、

『春大会優勝おめでとう!頑張れ!ラグビー部』

と大きな筆文字で書かれた垂れ幕が、誇らしげに春風を受けはためいていたのを憶えてる。
それくらいこの高校のラグビー部は強いので有名。

そんな風にたくさんの人が期待している部が、今年先輩が引退してからは元気がない、んだって。
登校中、歩きながらそう話す顔には、心配なんだ、ってそのまま書いてあるみたいに曇りがちで。

自分だって受験を控えていて忙しいのに・・・でも、やっぱり気になっちゃうんだよね。
先輩は、すごく優しいから。

「下手なわけじゃないけど・・・・パワーがないっつーか」
「・・・はい」
「やっぱこれまでの成績に甘えてたんだと思うんだ。だから、俺が行くことで少し喝入れてやれたらなぁって」
「元気に、なるといいですね、みんな」
「げんき・・・そうだな、やっぱ気合注入!だよな」
「ちゅうにゅう・・・?」
「意味分かってない?」
「はい・・・」

くす、と微笑みながらこちらを覗きこむ先輩。
意味を教えようとしてくれた先輩を制して、自分で考えることにした。
だって聞いたことあるもん、気合ちゅうにゅう・・・、チュウニュウ・・・

「あ・・・注入?」
「意味分かった?」

うん、たぶん。この間テレビで見た。かも。
でも、あれって・・・

「・・・痛くないですか?」
「へ?」
「だって、ビンタするんでしょ?」

大きい元プロレスラーのおじさんが、大きな手のひらを振って次々とビンタしてた。
ぶたれたほうはすっごく痛がっているのに、

『ありがとうございましたっ!』

お辞儀して、ぶたれた頬を押さえながら去っていく。

・・・優しい先輩がそんなことをするなんて、全然想像できないけれど。
あんなに痛がっている人たちがそれでも「ありがとう」って言うくらいだから、きっと、すごく元気になれる効果があるんだと思うの。

「でも、元気になってもらうには、それくらいしなくちゃいけないんですね」
「え〜と・・・?」

先輩はちょっとだけハテナ?って顔をして。
それから・・・・盛大に、ぶーっ!と吹いた。

「ぶぁっはっは!!猪木かよっ!違げーよ!」

そうそう。そんな名前のおじさん!
・・・でも先輩、笑ってる。違うって言われちゃった。そっか、違うんだ・・・。

「・・・違うんですか」

うー。なんかガッカリ。せっかく分かったと思ったのに。

「違うって、んなことしないって!あー、めちゃめちゃおかしいー!」

周囲の人が怪訝そうに振り返るのも構わず、先輩は笑い続ける。

「別にビンタしなくっても気合は注入できっから、ぶは、ぶはははっ!」
「うー・・・そんなに、笑わないでくださいよぅ」

おばあちゃんの家にいるときは寝る時間が早かったから、いわゆるお笑いの番組ってあんまり観たことがなかったんだけど。
叔父さんの家に住むようになってからは夜更かしすることも多くなって、なんとなく観るようになった。
でもまだクラスでも、そういうことをあんまりにも知らなすぎるからってよく笑われちゃう。
だから今、勉強中なの。

「ごめんごめん」

自分でも分かるくらいに、じと、と見つめ上げてしまった私の頭を優しくぽんぽん叩いて先輩は言った。

「俺、あんなカリスマチックじゃないし。つか例えカリスマだったとしてもしないけど」
「かり、すま・・・」

また新たな単語の出現に頭を悩ませていると、今度は先輩が教えてくれた。
憧れの人、みたいなことだって。

「それなら先輩は、充分。かりすま・・・だと思います」
「んなことないって」

ううん。
先輩は、とっても、カリスマです。

そう言い切ったら、先輩は周囲を見回したあと「ありがと」って小さな声で言った。
髪をくしゃくしゃくしゃ!ってして、学校に着くまでずーっと、すごーく恥ずかしそうにしてた。

・・・わたし、また悪いこと、言っちゃったのかなぁ。













 
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