12.





玄関で、先輩とはいったんお別れ。

「んじゃな」
「はい」

背の低い私からは、遠すぎるくらいの後頭部。一番てっぺんの髪の毛が、歩くたびにふわんふわんと揺れる。
だんだんと遠ざかっていくそれを、ぼーっと眺めていたら。

「"ひよちゃん"、ちょっといい?」

いつの間にか、後ろにマネージャーさんが立っている。

「・・・あ、うん。なぁに?」

あれ。
私と先輩より、ずっと先に学校についてるはずなのに。
なんでここにいるんだろう。

「・・・なんでそんなにトロいの?」
「えーと、ごめんなさい・・・」

不思議だな、って。
そう考えていたせいで、また少しぼんやりしていたみたい・・・
マネージャーさんは反応の見えない私にイラッとしたらしく、見るからに勝気そうな眉が一層きつく上がった。

「とにかく。話あるから着いてきて」

・・・なんだか、こんなことは前にもあったような。

そう思いながらも、私はマネージャーさんの言うがまま、人気のない理科実験室に連れて行かれた。

「う〜、ここ寒ぅ〜」

ひとりごとを呟いて身をすくめるマネージャーさん。
確かに、かなり寒い。始業前だからエアコンも付いていないし・・・。

「・・・さむい、ね」

私も相当な寒がりだから、なんとなくそう返事をしたらまたマネージャーさんの眉が釣り上がった。

「それ、わざと?」
「・・・え?」
「わざとそうやってしゃべってるんじゃないの?」
「・・・あ、ううん違う、よ」

そうか。
やっぱりこの間、怒ってると思ったのは、私の話し方が気に入らなかったからなのかな。

「ごめんね。あの、こんな風に、なっちゃうの。直せなくて・・・気分悪くさせたなら、謝ります」
「気分ワルイ。なんか、バカにされてるみたい」
「・・・ごめん、なさい」
「もうちょっとテンポ良く話しなさいよね」

用意してたみたいに早口でマネージャーさんはそう言って、ぷい、と顔を背けた。
そして。

「・・・そうやって取り入ったんでしょ?」
「・・・・え?」

小さい声で呟かれた言葉が聞き取りにくくて、聞き返した。
すると一瞬頬を紅潮させ、ぎゅっ、と一発で射抜かれてしまいそうな鋭い視線がこちらに向いて、思わず後ずさってしまう。

・・・何、だろう?なんか私また。余計なこと言っちゃったの、かな・・・。

「だからっ。渡瀬くんにもそうやって取り入ったのかって聞いてんのよっ」

・・・渡瀬くん?
なんでここに、渡瀬くんが出てくるんだろう?

向けられていたのは変わらず鋭い視線だったけれど、・・・その瞳が一瞬、潤んで見えた。

「あんたって、青木先輩のことモトカノから奪ったんでしょ?」
「・・・・」
「そんな、ぼーっとした振りして渡瀬くんのこともだまそうとしてんでしょ?」

そ、んなこと・・・・・。

言われていることの意味が分かるたびに、心にひやりと冷たいものが伝う。

「・・・・して、ない。そ、そ、そんな・・・」
「あたしはだまされないっ!あんたなんか嫌いよっ」

どんっ。
肩に衝撃が走って、くらりと体が傾いた。

「とにかくっ!あたしはあんたなんか認めないっ。青木先輩も、早く目を覚ませばいいんだ!」



・・・



賑やかな教室。
吐く息はまだ白いものの、理科室よりも数段暖かい。

「はよー」
「おはよー」

あちこちで聞こえる朝の挨拶の間をくぐり抜けるように茅代は席に着いた。
ゴトン、と重い鞄を置いてフタを開き、中身を取り出していく。

現社、と・・・英文と・・・、これは、英文の宿題のレポートと・・・

ぱさぱさぱさ・・・

「あ・・・」

床に、昨日仕上げた英文のレポートがこぼれ落ちる。
ふと見ると、机に置いたつもりだった教科書もノートも全て、床に散乱している。

「・・・・あ、りゃ・・・」

拾わなきゃ、と鞄を閉じて身をかがめる。

・・・ぼんっ、ゴトゴトッ、バサバサバサッ・・・・。

今度はかがんだ茅代の頭が鞄に当たり、鞄は重力に耐え切れないようにゆっくりと後ろに倒れ、
鞄の中にあった全てが、床にぶちまけられた。

(・・・あぁ、やっちゃったぁ・・・)

私ってば、何やってるんだろう。

「あーあぁ、何してんの?」

今度こそ拾おうとしゃがみこんで手を伸ばすと、頭上から声がした。

「渡瀬くん・・・お、はよぅ・・・」
「おはよ」

渡瀬くんは優しい瞳でこちらを見ながら、かがみこんで次々とペンケースやノートを拾い集めていく。
あっという間に全部の荷物を拾い上げ、茅代の机に積み上げていった。

「冬休み明けで寝ぼけてんの?」
「・・・・あ、うん」
「しっかりしなよ」

渡瀬くんは苦笑いしながらまた自分のいた場所に戻っていく。
いつもの、友達の輪の中。

(どう、しよう・・・・)

話したほうがいいのかな。さっきのこと・・・・
そう思いかけて、何だかそれも違うように思えて首を振る。

「おっはよーっ!ひよちゃ〜ん♪」
「・・・・・さりちゃん」
「ありょ?何かヘンな顔?どしたの〜?」

やや茅代のほうが低いとはいえ、ほぼ同じくらいの身長の沙里ちゃんがこちらを覗きこんでくる。

(そんなに、顔に出ているのかな・・・・)

普段、何でもすぐに気がついてしまう千晶ちゃんとは対照的で、
沙里ちゃんは茅代の感情の揺れにはあまり気がつかないままのことが多いので、そんな風に思う。

「ねぇねぇ、なんかあったのぉ?オネーサンに話してみなって!」

ぽんぽん、と自分で自分の胸を叩く仕草。

「これでもなかなか人生ケーケンは積んでるよっ」
「・・・・」

申し訳ないけれど、あまりそんな風には・・・。
それでも、いつもどおりのその可愛らしい仕草に頬が緩んだ。

「どこの誰が人生経験積んでるんだよ」
「あ〜?この、新垣沙里さまですよっ!」
「どこが?どのへんが?」
「むきーっ!後藤っ、むかつくっ!!」

このところ沙里ちゃんと仲の良いクラスメイトの後藤くんが会話に入ってきて、あっという間に茅代を抜きにしてきゃあきゃあと二人でじゃれあい始める。
それを見ながら、ようやく少しだけ、気持ちが上向きになれた気がした。