11.





うー、眠みぃ・・・・・・・・。

茅代が彼女になってから、常に遅刻スレスレで登校してた俺の朝は一変した。
それまではサボりがちだった朝補習の時間に合わせて登校するようになったのもあるんだけど、
毎朝茅代の家の前で彼女を待って、帰りもメールで連絡しあって予定を合わせて一緒に帰る。

朝と夕方、合わせても20分程度の時間だけど俺らにとってはけっこう貴重な時間。
と、俺は思ってる。
だから1月に入っていよいよセンター試験の追い込みに入っても、無理にでも早起きして茅代と登下校してた。
で、ふわふわ〜、っとした茅代との会話を楽しむ。
最初の頃はそのテンポに会わせるのにちょっと苦労したけど、慣れてしまえばどうってことない。むしろ楽しいくらいだ。

けれど、今朝は途中でその会話を遮られた。

「おはようございまーーす!!」
「どぁっ?!」

敷島亜矢。茅代と同じ1年生。ラグビー部のマネージャー。
けど俺にとってはもう一つ、大事な肩書きがある。

「敷島先輩に頼んだら?あの人のほうがよっぽど向いてると思うけどな」
「兄ですか?あんなの卒業して随分経っちゃってるじゃないですか。だめですよ、青木先輩でないと!」

亜矢ちゃんは俺の尊敬する先輩の、妹。
俺が1年のとき、3年だった敷島先輩にラグビー初心者だった俺は何から何までお世話になった。
きっと、敷島先輩がいなかったら『一生ラグビーしたい』なんて思えなかった。
他にも世話になったり可愛がってもらった先輩は大勢いるけれど、俺にとっては一番大事なキッカケをくれた先輩。
その人が目に入れても痛くないほど可愛がっているのが、この亜矢ちゃんだ。

いや、可愛がってるっていうか、なんていうか。
敷島先輩の亜矢ちゃんへの心配ぶりは、俺が知ってる限りでも結構な『過保護』だった。
たぶん、父親が単身赴任で近くにいないから、自分が父親代わりだ!って思ってるからだろうけれど。

面倒見がいいというよりも何事にもマメで神経質な人で、
俺の世話を焼いてくれてたのもどっちかいうと雑な神経をしてる俺を、最終的にほおっておけなくなってしまっただけなんだと思う。
その小まめな神経が、妹に対してもいかんなく発揮されてることは間違いない。

亜矢ちゃん自体もかなり気が強いから、そんな敷島先輩に対して従順に従うどころか
逆に当て付けのように部のヤツと付き合ったりしてて、まぁ・・・俺の中では"どっこいどっこい"っていうのが感想。

マネージャーとして『たるんでるんで喝入れに来て下さい』って言ってくるのはいいことだけど。
いくらなんでも急だし相変わらず強引なところは否めない。
大体俺、申し訳ないけどそんなことしてる余裕がまるでない。
茅代の送り迎えしてるのが精一杯なくらい、そしてそれが唯一の息抜きって言い切れるくらい、いっぱいいっぱい。

だからどうやってこの強引な誘いを振り切ろうかと頭の中で考えてたんだけど。

「・・・先輩、今日は私、一人で帰りますし、行ってあげてください」

お人好しの茅代はそんな風に言って、亜矢ちゃんはそれを真に受けてとっとと行ってしまった。

「茅代、いいの?」
「・・・はい、だいじょうぶです。だって、マネージャーさんだって大変なんですよ、きっと」

にこ。
邪気のないスマイルを浮かべて、俺を見上げてくる。

「俺はよくなかったんだけど・・・」
「・・・え?」
「あ、いや。なんでもない」

茅代がそういうなら・・・。
まぁ、喝を入れなきゃいけないほど弛んでるのなら、やっぱ顔くらい出してもいいかな。そうも思うし。



・・・



「おぉ、青木。お前こんなとこに顔出してる余裕なんてあんのか?」
「いや、ないっすけど・・・マネが、たるんでるから顔出せって言うんで」

茅代のクラスの担任でもある副顧問の山形は、最初は怪訝そうな顔で俺を迎え入れたが、俺の説明を聞くと

「あー、まぁ確かにこの間全国大会出れなかったのが、悪いほうに響いてるのはあるからなぁ・・・」

いつもは無意味なくらいハッスルしているのに、ヒゲが伸びてきたアゴをさすりながら渋い顔をした。

「そうなんすか?」
「なんつーのか・・・・練習サボってるとかそういうんじゃないけど、いまいちやる気がねぇんだ。
 士気が下がってる、って感じだな」
「全国、行けるの当たり前になってきてたんすかね」
「そうかもなぁ。このままじゃ次の大会もヤバそうだなー」

呑気な口ぶり、だけど基礎練をこなす部員たちを見つめる視線は少し気遣わしげだ。

「まぁ、せっかく来てくれたんなら・・・部長と話してってくれや」
「谷村と?」
「あぁ。あいつ、面倒見は悪くないけど気弱でなぁ。頼むわ」
「はい」
「おーい、たにむらー!!こっち来いやーっ」

来い来い、と小さく手で招きよせる仕草には似つかわしくないくらいのデカイ声がグラウンド中に響き渡った。
谷村以外の部員、隣のグラウンドにいる陸上部の面々まで振り返る。
そして「はいっ」と活きのいい返事とともに、谷村が俺たちのところまで駆けてきた。

「部長、お久しぶりっす!」

そして、俺の顔を見て深々と頭を下げる。

「今の部長はお前だろ」
「いや、そうなんですけど。でも俺ん中では部長は青木さんだけなんで、はい」

かなりグラウンドの奥のほうにいたので、基礎練習プラスここまでの全力疾走で息を少し乱しながらも、少しだけ微笑んだ。
人の良さそうな表情にはとりたてて変わった様子もないけれど、とりあえず近くの座れるスペースまで谷村を誘った。

「この間、残念だったな」
「・・・仕方ないっす。俺らの戦力、先輩の代でもってたとこあるし」

悔しそうにそう言うものの、その言い方にはどこかさばさばと諦めた風情も漂っている。

「でももう俺らはいないんだから、お前らがここで踏ん張らないとダメだろ」
「はい、そうなんスけど・・・ちょっと、何か皆ヘコんじゃってて」
「みんなじゃないだろ」
「え?」

突っ込まれてただキョトンとしてる顔には悪気はないようだけど、部長なのにそんな他人事みたいな言い方はダメだろ。
これは・・・亜矢ちゃんが心配するのも無理ないか。

代々、部長と副部長を選ぶのは引退する3年の指名制と決まってたんだけど、
今年の2年はコレっていう人材がいなくて、協議した結果部員全員の無記名投票で決めることになった。
その投票で選ばれたのが谷村だったんだけど、ハッキリ言って頼りない。

山形の言うとおり、全体を見る目は持ってると思う。
決めるときもまぁ周囲に気遣いの出来るヤツだしいいか、ってことでまとまったんだけれど・・・
でも、どうも流されやすいんだよなぁ。
どちらかというとそういう性質を利用され部長に押し上げられた感も否めないような、気の弱い男なんだ。

「お前はどう思ったんだ?」
「いや、それはまぁ、悔しかったっすけど・・・」
「気合注入すんのもお前の役目だぞ。そのお前が仕方ないって言ってたら他の奴らだってそう思っちまうだろ」
「はい」
「しっかりしろよ」
「はい」

返事はいいんだけどな・・・。
どう見たって俺が"先輩"だからいい返事をしてるだけで、分かってるとはとても言い難い。
正に『のれんに腕押し』。昔の人は上手く言ったもんだよなぁ・・・。

「先輩?どしたんすか頭抱えて」

(うわー、なんかすげぇ心配になってきたんだけど・・・・・)