待ち合わせてたとこに8時ジャストに着いたら、ちょうど彼女が玄関から出てくるところだった。
「いってきます」
「あ、茅代。お弁当代持ってるの?」
「うん・・・」
「ならいいわ、いってらっしゃい」
少しだけ開いてる戸のすき間から聞こえてくる会話。
お〜間に合った、よかったぁ。初日から遅刻じゃサマにならないし。
「おはよう、ございます」
にこ、って微笑む樋口茅代はやっぱり和み系のかわいい感じで、失恋したての心にじんわりと染みる。
あ〜、癒されるわ〜。
「おはよ〜。今日もいい天気っぽいね」
「・・・そうですね」
「昨日はよく眠れた?」
「・・・はい、とっても」
「なんか顔色いいもんね。昨日保健室で寝てたときは真っ青だったもん」
5秒ほどしてから、そーかぁ、って感じで自分の頬を撫でてる。反応遅っ。
マジでのんびりしてるよなぁ。
―――で、ここでちょっと会話が途切れた。軽い沈黙。
やべぇ、なんか話さなきゃ、って思って樋口茅代を見たけど、当の本人はな〜んの気負いもないらしくて、
ぽ〜っとコンクリの割れ目から生えてるお花を眺めながら歩いてる。
・・・・・頭ん中、ちょうちょ飛んでそう。
「花、好きなの?」
「・・・えっ」
「花。 玄関にもたくさん鉢植えがあったし」
「・・・あぁ、私も好きなんですけど叔母が、好きなんです。」
「叔母さんと住んでるの? あ、そういえば昨日叔父さんと住んでるって・・・親は?」
「・・・えぇっと。 両親は私が子供のときに・・・」
「あ、・・・ごめん」
・・・・あちゃぁ・・・・悪いこと聞いちまったなぁ。
つかそこでごめんって謝ってるのもなぁ、ヘンだよなぁ・・・失礼すぎだろ〜・・・。俺最悪じゃん。
「・・・いえ。・・・先輩、あの。気にしないで、ください。・・・もう、私には普通のことなので」
少し困ったように、うつむく加減。不謹慎だとは思いつつ(それもちょっとカワイイな〜)と思って、見てた。
それから5mくらい歩いたところで、息継ぎをするのが聞こえて、次のセリフ。
「・・・・・・・なにも、悪いこととか、ないんです」
「・・・うん」
もんのすっごい会話の間を外しまくってるから、
何も考えずに聞いてたらなんかズレたこと言ってるようにしか聞こえなかったかもしんない。
けど、きっとこれは彼女なりに励ましてくれてるんだろうと思った。
だってなんか、顔が必死なんだもんよ、ちょっとだけ。・・・けっこう、昨日からこうやって気を使ってもらってる気がするなぁ。
「ありがと。 樋口さんってさ、休みの日は何してるの?」
「・・・う〜ん、図書館行ったり、してます」
「へぇ〜、本読むの好きなんだ?」
「はい。・・・先輩はお好きですか?」
「あ〜、残念ながら俺はあんまり。 あ、ガキのころシャーロックホームズはすごい好きだった」
「・・・私も、好きでした」
「マジで? 面白いよな〜。ホームズになりてぇと思ってたもん」
「・・・ワトソンじゃなくて?」
きょとんとした顔。なんか、リスが物音に気がついてはっ、て顔上げたときみたいな感じ。
やっぱ小動物系だよな、この子って。
「っあ〜、普通はワトソンになりたいの?」
「・・・いえ、そういうわけじゃないんですけど」
「樋口さんはワトソンに憧れてたの?」
「・・・う〜ん、隣で、ホームズを見ていたいなぁ、って思ってて」
「あ、なるほどね。 あ〜懐かしいな〜。兄貴がよく貸してくれてたんだ〜。また読んでみるかなぁ」
「お兄さんがいるんですか?」
「うん。あんまし似てないけど」
そーなんだよ。
兄貴と俺とはまったく性格も見た目も違う。
兄貴はお袋似、俺は親父似。
んで、兄貴はとにかく昔から学校の成績がすっげぇよかった。
それはこのまま地元の中学校や高校に進学するのは勿体ない、と担任に言われて家族で引っ越しするほどで。
兄貴は今でも、家族中の期待の星なんだ。
俺もそれに引っ張られるように勉強させられて、高校も何とか兄貴と同じところ受かったけど、
目的はここのラグビー部に入ることだった。
「・・・そういえば、ここのラグビー部、けっこう強いって・・・」
「あ、知ってた? 実は本当はもっとラグビー強いところ行きたかったんだけど。 親が勉強もしろってうるさくってさ〜」
「大変、ですね?」
「そう!毎日部活して、ちゃんと勉強もしろっていうんだぜ? んなの部活だけでクッタクタだってのにさぁ」
「・・・ふふっ」
「ここのラグビー部、3年になったら辞めなきゃいけないルールがあって、今はすっげぇつまんない」
「・・・もう、しないんですか?」
「う〜〜〜ん、とりあえず大学受かってからかな? 大学はある程度のところだったら好きにしていいって言われたし」
「・・・そうなんだ。よかった、ですね」
にこ、ってまた樋口茅代が笑った。
またたくまに、ぱぁぁって広がる優しい空気感。
「・・・あ〜、今のでもう確実に大学受かるかもって気分・・・」
「・・・え?」
「いや、なんでもない。あ、そろそろ着くね〜」
「・・・はい、そうですね。ありがとうございました」
本日一番のいいスマイルを見れたところで、無常にもそこは校門前。
なんとなく、体を固くして注意しながら校門をくぐっているのが可愛くて、にんまりしてしまった。
いやいや、もう俺ぶつからないから大丈夫だって。 な〜んか、ほっとけないほどの天然だな、これは。
「帰り、どうしよっか? 俺、課外授業あるんだけど・・・樋口さんは?」
「・・・あ、私も今日は放課後に授業があるので・・・、じゃあ、終わったら、図書館にいます」
「おっけ〜! んじゃ、帰りにまたね」
「はい」
とことことこ、と1年の下駄箱のほうへ歩いていくブレザーの背中を眺めて幸せにひたっていたら
突然横から「おはよ」と声をかけられた。
「どぇっ!・・・お、はよ・・・」
「どぇって何よ、シツレーね」
「だってお前から・・・」
奈保のほうから挨拶してくるなんて、予想してねぇから。
そう言おうとするより先に質問が来た。
「あの子、新しい彼女?」
「・・・いや、違う」
「そっか。なんか、ゆるゆるの顔してるからそうなのかと思って」
からかうような探るような、笑みを含んだ瞳。
ちぇ、なんだよ一体。 ほっとけよ、もう。
「・・・・・これから、だよ」
「え?」
「これから、なってもらうの」
じゃ、な。
なんか、俺はもうそこにいたくなくて奈保と話したくなくて、捨て台詞のようにそれだけ言うと"モトカノ"から離れた。
(なんだよもー・・・。忘れようともがいてるときに話しかけてくんなよ。)
玄関で上履きを引っ張り出して、だらだら履き替えながらひとりごちる。
奈保が俺の後ろを通り過ぎて、途中にきゅ、と踵を返すように俺の行く方向に立ちふさがった。
器用にマスカラで上げられた睫が切れ長の瞳を縁取って、目じりがややつり上がってる。
射抜かれそうなほど強い視線。・・・なに、怒ってんだ?
「・・・なに?」
「・・・なんでも、ない・・・」
ばかっ。
そう言い捨ててぱたぱたぱた、と立ち去るミニのプリーツスカートから伸びるきれいな太ももとひざの裏が白くて眩しくて。
ぶっちゃけ、俺をそそって仕方なかった。
・・・バカ、だって。そんなこと自分でもよっく、分かってるよっ。
つか、なに怒ってんだよ・・・あいつ。