「・・・・ただいま」
シンとした居間。
玄関は開いていたけど、・・・誰もいないみたい?
「あら、おかえりなさい。頭は何ともなかったの?」
後ろから声をかけられ茅代はびっくりして飛びのいた。
といってもその動きはスローリーなものだったので、茅代が驚いたことに叔母は気がつかない。
「・・・うん。異常は、ないって」
「そう。学校から電話かかってきて驚いちゃった。それで生理痛は?」
「・・・・あ」
・・・そういえば、治まってる。
「・・・も、いいみたい」
「あら、薬買ってきておいたんだけどいらなかったかしら」
「あ・・・すみま、せん」
ふいにこぼれる敬語に、叔母が苦笑する。
「茅代。今日はとにかく寝たほうがいいわ。夕ご飯は元気が出るもの作っておくから」
「・・・うん」
茅代は、高校1年の春から叔父と叔母と3人で暮らしている。
両親は小学1年になる直前の春には、二人ともいなくなった。
幼稚園のときになにをしたのかしらないが借金で首が回らなくなり、父親がどこかへ逃げていった。
残された母親はがむしゃらにがむしゃらに働いて、自分がしたわけでもない借金を払うために・・・自分で死んだ。
よく分からないうちに養護施設というところに入り、そこから学校に通う日々が続いた。
学校ではなぜか、友達が出来ることはなかった。
今考えると、避けられていたんだと思う。
養護施設にいる自分よりも幼い子供たちだけが、茅代を「おねぇちゃん」と呼んで頼り慕ってくれた。
七夕の日には笹に短冊をつるし、クリスマスにはプレゼント交換、誕生日は合同で年一回、大きなケーキのロウソクを皆で吹き消した。
小さい子から大きい子、無口な子、乱暴な子・・・。
皆それぞれ事情はあったけれど、優しかった母をも失った茅代には穏やかでささやかな幸せだった。
そんな日々がずっと続くと思ってた小学校3年のある日、叔父だという人が現れた。
どこかへ逃げたまま、行方も分からない父親の弟だと。
『いつか叔父さんと一緒に住もう。それまでは、ここに』
そう行って連れて行かれたのは、初めて会う祖母の家。
お店なんて数キロ先に酒屋が一軒、というような田舎で、
茅代はバスに乗って小学校と中学校に通いながら祖母の家事や畑の手伝いをした。
そこで、初めて自分の父親が19歳で家出をしていて一切連絡が取れなかったこと、
茅代の存在を送り主が不明の手紙で知ったことを教えてもらった。
祖母は厳しくて贅沢を許さない厳格な人だったが、愛情を持って茅代を見守ってくれていた、そう思う。
茅代が叔父に引き取られることが決まってから日に日に弱っていき、中3の冬のある日、寝床の中で眠るように亡くなっていた。
母が亡くなって以来初めて、茅代は人前でおんおん泣き崩れた。
弱い父と優しい母だった。
だから、人任せにできなかったんだ。
逃げてしまいたいくらい、真面目で弱かったんだ。
そう思っている。
誰も悪くなんかなかった。みんな、優しかった。
叔父が茅代を引き取るために時間をかけて奥さんである叔母や自分の子供たちを説得してくれたこと。
祖母が反対して茅代を離さないと言ってくれていたらしいこと。
それでも茅代の学校の成績は優秀だからいい高校に行かせてやりたい、という気持ちから泣く泣く茅代を手放す気持ちを固めたこと。
分かっている。
全部、心の中にある。
"今自分がここにあるのは、周りの人々のおかげさま"
そう、祖母が教えてくれた。大好きだったしわくちゃの手を合わせ、仏壇を拝む厳しい横顔。
「恨んじゃいけないよ。恨んだらね、そこから悪い気持ちが入ってくるから」
「・・・うん。うらんでないよ」
「お前はいい子だ。・・・もっとわがままになっていいと思うくらいだよ」
「・・・わがまま?」
「本なら、いくらでも買ってあげると言ってるのに」
「・・・」
言えなかった。
学費は叔父から出ているといえ、生活はけして豊かではなかった。
けれど今考えると、それだけじゃなかった。分かってても、言えなかった。
気がつかなければ、いい。
自分の気持ちに、気がつかなければいい。悲しいことも、怒りも、全部全部。
いつの間にかそうやって生きてきた。
誰に教わったわけでもない、茅代のやり方。
(みんな優しい。優しすぎる。それだけで私は、幸せ)
明日朝、先輩が迎えにきてくれる。
優しい笑顔の、青木先輩。
養護施設の園長先生に似ていたかも。もう、あまり憶えてないんだけど。
明日またあの笑顔を見れる。
それだけでなんだか、うれしかった。