「よかったね、一応異常はないみたいで」
「はい・・・あの。ありがとう、ございます」
「あ、いえいえ。マジで何かあったら、頭はヤバイじゃん?」
「・・・はい。家まで送っていただいてるのも、申し訳ないです」
帰り道、もう徒歩でいいっしょ、15分程度だし?と二人で歩道を歩きながら、青木先輩はずっと笑顔だ。
それは初対面の人でもほっと安心できるような優しい顔なので、
さっきから茅代もつられて微笑んでしまいそうになるのだけど・・・
また微笑んで先輩が固まってしまってはいけない、と思ってこらえている。
「あのさ、俺、そんなに怖いかな?」
だからそう言われるまで、茅代は先輩の気に障っていることをしているなんて思ってもみなかった。
先輩はちょっと困ったような怒ったような顔をして、茅代を見つめている。
「え・・・いえ。先輩は、優しいと思います」
「・・・そ。ならいいんだけど、なんかさっきから表情が固いから。 緊張してる? 男は苦手?」
緊張・・・・・ううん。
男の人が苦手・・・・・とくに、なにも。
表情が固いのは・・・・・笑ったらまた先輩、固まっちゃうのかなって思うから。
茅代は頭の中で答えを出してから「・・・いいえ。笑っちゃ、いけないのかと」とおだやかに返事をした。
「あ、そう・・・。ならいいんだけど、その間は・・・素なの?」
「・・・す、ですか?」
「うん。考えてから答える間が少し長いから、俺を傷つけないように言葉選んだりしてるのかと」
先輩が傷つく・・・・・・意味、不明。
「・・・とくに、そういうことではないと、思います。 わたし、普通の人より返事遅いみたいなので」
「んじゃあ、笑っちゃいけないってどーゆー意味?」
なぜ青木先輩はこんな必死な目をしてるんだろう?
「・・・さっき、笑ったら、先輩が、固まってたので。 なにかよくないことがあったのかと思って・・・」
「・・・・・っあ〜〜〜。 気を使ってもらってた?」
「そ・・・です、ね」
「そうか、それは、悪かった」
目に見えて安心の表情に変わる青木先輩の顔。 こんなにくるくる表情が変わる人、初めて。
「あれは・・・ なんかその、見惚れてた」
「・・・」
みとれる?
「その・・・あんまし、可愛かったから、・・・笑った顔」
「はぁ・・・」
・・・普通だと、思いますよ?
「なんで・・・悪い意味では全然なくて、どっちかっつーと、いい意味で固まってた」
「・・・いい意味、ですか?」
「そう。・・・いい方の意味、分かる?」
「・・・わかりません」
「だね、そういう顔してる」
青木先輩は苦笑した。その笑顔がまた、暖かくて優しくて。
茅代はやっと、微笑むことを許されたので笑い返した。
「あ〜それ!それそれ・・・、うん、笑ったほうが可愛いよ、樋口さん」
・・・可愛い。それ、誉めて、くれてる?
「誉めてる」
そうですか・・・、って、あれぇ・・・
「先輩、あの・・・」
「んっ?」
「私、・・・返事しましたか? 今の、会話・・・」
「っあ〜・・・。 してない。 してないけど、なんかある程度は考えてること分かるっつーか」
・・・そうなんだ。
「納得した?」
「はい」
「でも分かんなかったら聞くから、そんときは答えてね」
「はい」
「んじゃあ、早速聞くけど・・・」
先輩は家の途中、茅代がよく利用するコンビニの前で立ち止まり、茅代と向かいあった。
「樋口さんは、彼氏はいる?」
「・・・かれし・・・は、いません」
「好きな人は?」
「・・・」
「あぁ、あれだよ? 友達じゃないよ、男の人だよ?」
男の人で、好きな人・・・・・
「今、一緒に住んでる叔父のことなら、好きです。子供の頃からお世話になっていますし」
「あ〜、いや、そーじゃなくってね・・・」
見る見るうちに困った顔になる先輩。
頭を抱えて、まいったなー超天然じゃん、って呟いてる・・・
"天然"ってよく沙里ちゃんたちにも言われるけど、それもよく意味が分からなくて・・・
「俺のことは、好き?嫌い?」
好き、嫌い・・・
先輩は本日一番の真剣なまなざしを茅代にむけていて、それがなんだか、嫌いと言ってはいけないような気持ちにさせられた。
子供のとき、叔父からそんなに好きでもないキャラクターのおもちゃをもらって、
けれど"ありがとう、うれしい"、そう言わないとダメそうだったときのことを、思い出す。
「・・・・好き、です」
「・・・・ん〜・・・・、今のは完全に俺が言わせてるな。すまん。そーじゃなくってだな・・・」
がりがりがり・・・頭をかきながら先輩は今度は本日一番の困った顔をしていた。
やっぱり、よく表情が変わる人だな。
「一緒にいて、イヤだったりとかはしない?」
一緒にいて・・・・・あぁ、そういえば。
「いいえ。なんだか、ホッとします」
「マジッ?」
「・・・はい。初めて会った気が、しません」
先輩はみるみるうちにものすごくうれしそうな笑顔になった。
その笑顔がなんだかまた心地よくて、茅代はいつの間にかまた微笑んでいた。