おれのひよこ・27 【真っ白】






・・・side 茅代


いつもの帰り道。
先輩がいるだけで、全然違う。
ちょっと前を歩く大きな背中を眺めているだけで、とっても気持ちが落ち着いていく。

(教室を出るときは、ちょっと大変だったけど・・・)

先輩に近付いていく私に対して、沙里ちゃんは予想していた以上に激しく突き当たってきた。

「だーめーっっ!!!」

だめと、言われても・・・。
けど沙里ちゃんは立ちふさがっちゃって、私がいくら何を言っても聞き入れてはくれない。

「やだやだ!ひよちゃんが泣くの、もう見たくないもんっ!!」

そう言って首をぶんぶん左右に振るだけ。
まるでおもちゃの前で駄々をこねている子供そのもの・・・。
これはもう、どう言って納得してもらえばいいのか全然分からない。というより・・・納得してくれなさそう。

すき間から、そっと、先輩を見た。
先輩も驚きを通り越して呆れ顔で、私に肩をすくめてみせる。

(どーするよ、これ)

そう言ってる、みたい。
私も(どうしましょう?)と問いかけてみる。すると青木先輩は、きゅっと微笑んでくれた。
優しい笑顔。

・・・・ドキドキ、した。

まるで二人だけの小さな、秘密を持ったみたい。
そしてそれは同時に、今朝怒られたことも許されたように思えて。

・・・・・・よかった。

心から安心して、膝がかくり、と落ちる。
身体のバランスが崩れてそのまま机に激突しそうになる。

・・・・・・あ、危ないっ?

「っとっ!」

けど、危なくなる寸前に誰かの腕が左脇の下に入ってきて背中にまわって、ぐっと身体が持ち上げられた。

「っあーっ!接触は禁止ですっ!!」
「万が一そうだったとしても今のは助けなきゃだめだろ?」

支えてくれたのは、頑丈そうな沙里ちゃんのガードをくぐり抜けた先輩の腕だった。
その力強い腕からゆるゆると私に伝わってくる暖かさが、本当に嬉しくて。
そして先輩がもう怒っていない、そのことが本当に嬉しくて、ホッとして・・・あ、足に、力が入らない。どうしよう。

先輩は一瞬力を抜こうとして、私が完全に脱力してしまっているのを見ると、もう一度腕に力を入れなおしてくれる。
これ以上、こんなに頼ってちゃいけない・・・ちゃんと立たなきゃって、そう思うのに。

「遠慮しなくていいよ。気が済むまでつかまってればいいから」

・・・・・・はい。

けして強い口調じゃないんだけど、私が遠慮して離れようとするのを引き止めるためなのか、有無を言わせないような言い方。
さすがの沙里ちゃんも何も言わなくなってしまった。

「つか、マジで話をさせて。頼む」
「だーめっ・・・」
「沙里、いい加減にしなさいよ」

そんな中で、落ち着いた千晶ちゃんの声がすーっと、風のように私と沙里ちゃんの間に入ってくる。

「ジャマしないの」
「じゃ、じゃま???!!!」
「沙里ががんばってもどうしようもないことでしょう?これは、ひよちゃんが自分で決めることだよ」
「・・・だってぇ・・・」

じと〜、と千晶ちゃんを見つめる沙里ちゃん。
それを、めっ、と顔だけで叱った。まるでお母さんと子供みたい。

「青木先輩、すみませんでした」
「あ、いや、予想してたし・・・元は俺が悪いんだから、こっちこそ、ごめん」
「ごめんじゃすまないですっ!」
「さーりっ、あんたは黙ってなさい。・・・ひよちゃん、よろしくお願いします」
「・・・」

たぶん、青木先輩と私と、同時に同じことを思ったと思う。

・・・・・『お願いします』って、なにを?



・・・side 辰則


樋口さんの家までの帰り道。
彼女が、ちょこちょこと後ろからついてくる。
俺は関心がないようなふりをしながら実はつかず離れずの距離を保って、前を歩いてる。

自分が迎えに行っておきながらなぜか並んで歩くことができなくて、さっきから、ずっとこの状態。

彼女のことを見ているだけでふつふつと湧き上がってくる感情が、予想以上に・・・甘酸っぱい感じで。
それが気恥ずかしいというか、なんというか・・・こう、落ち着いていられない感じで。
これならむしろ最初の頃のほうがうまく話せたのにと、先に立つはずもない見当違いの後悔をした。

後悔ついでに立ち止まると、同じように彼女も立ち止まったのが分かった。
振り向くと、カバンを両手で持って俺を見上げる彼女がいた。
髪がちょっとだけ乱れてる。俺のスピードに合わせて歩いていたから焦ったのかもしれない。

・・・その髪を、直したくなる自分がそこにはいた。
だから、きっと、やっぱり。

「好き、なのかも・・・」
「・・・・・・え?」

きょとん、とした彼女。
よく聞こえていなかったみたいだ。

「いやだから・・・好き、なのかもなー、って」
「・・・なにがですか?」

そう俺に聞きながら、左側にそろそろと傾く頭。

ドクドクと、鳴りっぱなしの俺の心臓。
平気そうなふりして、なんでもないふりして、実は手には汗だらだら。

「好きなんだ、と思う。・・・樋口さんのこと」

言った瞬間、・・・彼女が、固まった。

「なんかよく分かんねぇけど、すげ、気になる。何もできねぇくせに守りたくなる」
「・・・・」

これまで、いろんな彼女の表情を見てきたけれど。

真っ赤になって胸を手のひらで押さえて、潤んだ瞳で見上げられる。
初めて見せてくれたその顔に、勇気をもらえた気がした。

「・・・ほんだ、ちよこ、さん。俺の彼女に、なってくれる?」

言ったとたん、彼女が驚きで目を見開いて、・・・・そのまま、閉じなくなってしまった。
そこから彼女が再起動するまで、大体5分くらいかかっただろうか。

・・・ドライアイになるぞ。おい。



・・・side 茅代


「・・・・・・・・・・・な」
「な?」

・・・・・・・なんで、名前、知ってるんですか?

「保健室のセンセが、教えてくれた」

あぁ・・・そうか。先生なら、知っていてもおかしくはないし。

(・・・って)

「なんで・・・分かったんですか?」
「なにが?」
「・・・考えてること、なんで、分かるんですか?」

そう。
会ったときから先輩はそうだった。
何も言わないのに、考えてるだけなのに、返事してくれる。

先輩は「ん〜・・・」と考えるように首をひねった。

少しの、沈黙が流れる。
しばらくしてやっと先輩が口を開いた。

「考えたけどやっぱ、わかんねぇわ」
「・・・」

・・・・わかんない、んですか?

ものすごく、アッサリとした返答に、答えを待っていた私は力が抜けた。

「俺も何でこんなに考えてること分かるのか、不思議」
「・・・そ、ですか」
「で。あの・・・返事聞きたい」

・・・・・へんじ?
ちょっとだけ首をかしげたけれど、すぐに先輩の言っていることに思い当たってまた、ぼっ!と頬に火がついた。

・・・・・そうだった。

名前を呼ばれたことでますます動揺しちゃって、すっとんじゃったけど・・・
『好きだと思う』って。言われたんだ・・・。

えと、えとえと・・・・
でも先輩には彼女さんがいて、でもわたしが、す、き・・・・?
・・・・え、どうゆうこと?全然、わかんない・・・・。

脳みその中が混乱して、もう、ぐちゃぐちゃ。

「あえて、も一回聞いてい?」
「・・・」

返事なんてするヒマがない。
先輩の言ってることが全然、理解できない。

なのに先輩は追い討ちをかけるように、さらにまたすごいことを、言った。

「俺のことは好き?嫌い?」

・・・・・・・・!!!

頭のてっぺんから、どぉん!!と花火が打ち上げられたみたいになって。

「樋口さん・・・?」

も、だめ。

周囲の景色がくるんと裏返っていってる・・・

・・・・あ、わたしが、ひっくりかえっていってるのかな・・・?

「わわーっ!!樋口さんっ???!!」

―――あたまのなかが、一瞬だけ、真っ白になった・・・・。