おれのひよこ・24 【涙】






・・・side 辰則


別に話してる内容が聞こえたわけじゃない。
けれど奈保の友達二人が樋口さんを人気のない場所に呼び出して何を話すか、なんて大体分かるだろ?

さっきまでは分からなかったけれど、少なくても俺の中ではっきりしてることがひとつあった。
俺と奈保のことに、彼女を、巻き込みたくない。

「お前ら何やってんだよ?樋口さんには関係ねーだろ。」
「・・・あ、青木!」
「何勝手なことしてんだよ」

責めんのは俺だけでいいじゃねぇか。
彼女にはまったく関係がない。

俺の中の"正論"が気迫として伝わったのかなんなのか、
いやたぶん、元々そこまでヒドいことを言おうとは思ってなかったんだろう。
川上の、樋口さんに対して見せていた強い態度が少し緩んで、怯えたようにも見える表情に変わる。

「あんたがハッキリしないからこの子に聞いてたんじゃない。このままじゃ奈保がカワイソウすぎじゃん」
「そうよ、大体青木が悪いんじゃん!」

それでも返ってくる言葉は威勢が良くて、想像通りのものだった。

「そうだよ。俺が、悪いの。だから彼女にどうこうするのはもうやめてやってくれよ。頼む」

樋口さんの、小さな身体がよりいっそう小さく見える。
さっきからこちらに背中を向けたまま、固まっている。

そんな姿にさせていることが申し訳なくって、それでいて守りたいような・・・不思議な気持ちになる。

「・・・わかった。そのかわり、奈保のこと、これ以上泣かせないで」
「・・・うん。樋口さん、も、行っていいよ」

声をかけて、ようやくゆっくりとした動作で振り向いてきた彼女。
珍しく何を考えているのか分からない、無表情に近い顔をしている。

「ごめんな、巻き込んで。もう大丈夫だから教室行きなよ」

・・・急に知らない上級生に迫られて、怖かったんだろうな。
俺はそう思った。その頭を撫でて、大丈夫だよ、と声をかけてあげたい衝動を堪えた。

じっと見つめていると、そっと彼女の頭が傾いて、さらり、と髪の毛が片側になびいた。

「・・・せん、ぱい。」
「ん?」
「もう、怒ってない、ですか・・・?」

俺の顔を感情を探るように見つめる瞳に、ドキリ、とさせられてしまう。

「あ、・・・あぁ。怒ってないよ?」

そう言うと、彼女はホッとした表情を浮かべた。

「・・・・よかった」

にこり、と微笑む。
それからちょっと考えるようにして、先ほどまで自分を責めていた上級生二人のほうへ、つつつっ、と視線を戻した。

「・・・・・・あの。」
「・・・な、なに?」

声をかけられたほうは、樋口さんのあまりのスローテンポぶりに調子を崩されている。

「彼女、さんに・・・すみませんって、伝えて、ください」
「・・・・は?」
「・・・わたし、知らなかったから。先輩に、彼女さんがいること。だから、傷つけてしまって・・・すみませんでした」

・・・ゆっくり。ゆっくりと、頭が下がった。

一般人のペースからしたらかなり、遅すぎる動作。
相手は完全に面食らってキョトンとしていて、ちゃんと彼女の言葉を聞き取っているかすら怪しい。

それでも俺には分かってしまった。彼女の気持ちが。
だから、ものすごく、心が痛くなってきた。

「樋口さん、いいから。おいで?」

俺は彼女の腕をつかんで、その場から引きずるように連れ出した。



・・・side 茅代


ずるずると、先輩が私の腕を引いて校舎のほうへ連れて行ってくれる。

・・・・・手が、あったかいなぁ。

ずいぶんと力任せに引っ張られているはずなのに、ぼんやりそんなことを感じてた。
目の前に見える大きな背中が、頼もしかった。

腕を離されて、それまでほとんどつま先でしか歩いてなかった両足が、
とん、と急に地面にしっかりとついたので辺りを見回すと、そこは1年生の下駄箱の前。
大きい身体をかがめ覗き込むようにして、先輩が私の顔を見ている。

「ごめんな樋口さん、しんどい思いさせて。怖かったろ?」

・・・・怖くは、なかった。何が起こってるのかが分からなかっただけで。

「・・・・・いえ、へいき、です」

なのでそう言うと先輩は一瞬だけ怪訝な顔をしたものの、何かを思い出したように、ふっ、と微笑んだ。

「さっき、玄関でなに考えてたの?」
「・・・え?」
「校門のとこで、立ち止まって深呼吸してたろ?なに考えてたの?」

・・・・・あ。
さっき、渡瀬くんのこと考えてたの、見られてたんだ・・・。

「超、目立ってたよ」

くすくすと笑う先輩。
その優しい目線は懐かしく感じられるくらい、久しぶりで。
うれしくって、さっきまで少し大変だったことも忘れて、口元が勝手に笑みを浮かべた。

「・・・えと。ちょっと、がんばんなきゃ、って」
「なにを?」
「・・・・・・・んと。いろ、いろ?」

渡瀬くんのことは、どう説明しても長くなりそうだったし、
渡瀬くんのことを説明してしまうと、自動的に自分の気持ちも説明しなきゃいけなくなる。
だから茅代はまた分からない、というようなとぼけたフリをした。

すると、先輩は今までの笑顔からいっぺん、少しムッとした顔をした。

・・・・え、どうしたの?

「・・・あのさ」
「・・・?」
「ごまかしてるつもりかもしんないけど、分かるから」

・・・・え。

「俺に言いたくないことがあるのは構わないけど、天然のふりしてごまかすのはやめてくんない?」

ちくん。
ちくんって、心に鋭い深いトゲが刺さった。

先輩は、怒ってる。
今度こそ本当に、さっきよりも、怒ってる。

「・・・・あ・・・」
「それ、なんかムカつくんだわ。言いたくないならそう素直に言ってくれねぇかな?」

ごめん、なさい。
そう言いたいのに声が出てこなくなった。

怖くて。
先輩が怒っていることが、そして先輩に嫌われることをちょっと想像しただけで怯えて。

「・・・・あ、のっ・・・・」

それでも、言わなくちゃ。
一生懸命声を出そう、声を出そう、とノドに手をやってしぼりだす。

胸が、心が、苦しい。
見捨てないで。こんな私を、見捨てないで。

なぜか、お父さんとお母さんのことが脳裏に浮かんだ。
怖い顔をしたままの先輩に、それが重なる。

・・・・・・先輩も、行っちゃうの?どこかへ、いっちゃうの・・・・・?

「ごめん・・・」

あれ。わたし、こんなに低い声だっけ・・・・?

一瞬自分がしゃべったのかと勘違いするほどぴったりしたタイミングで、先輩に謝られた。
けれど、なぜ謝るの?先輩は何も悪くないのに。

先輩が、怖い顔のまま大きなため息をひとつつく。
それからまた私の腕をとって、今度はゆっくり歩き出す。

「保健室、行こ」

・・・保健室?

なんでだろうと思いながらも素直に一緒に歩き出して、軽く風が頬に当たる。
途端、ひやりとした感触。なんでだろう、とそっと触れてみる。

・・・・・あ。
そこは、雨が降ったあとのように冷たく濡れている。
私はまた、気がつかない間に、泣いていたみたいだった・・・・・。