・・・side 茅代
ふつう、に。
ふつう。普通に、お話・・・・。
校門の前で足を止め息をつき、もう一度大きく深呼吸をする。
渡瀬くんとのデートのあと、気持ちや涙は落ち着いた状態で家に帰れて、それはそれでとてもよかった。
けれどよく考えたら、私を取り巻く状況、はなんの変化もないままで。
渡瀬くんはあきらめない、と言っていたし。
それでも、私は・・・先輩が好きで、いつかまた楽しくお話ができたらいいと思っているし。
気持ちに答えられない状態なのに、今まで通り普通に接して、と言われても正直とまどうばかりで・・・。
けど、渡瀬くんがそれを望んでいるなら、そうしないと。
3度目の深呼吸を終えて目を開ける。
見えるのはいつもと変わらない、朝の登校風景・・・のはず。
けれど茅代の目の前には見知らぬ女生徒が二人立っていて。
首元には、3年生だと分かるエンジとベージュ色の縞々のリボン。
「ちょっと、いい?・・・ヒグチさん」
二人のどこか強張った強い視線を受け止めることができず、
茅代は目をぱちくりさせながらも促されるままに人通りの少ない体育館と校舎の間の裏庭のようなところに連れて行かれた。
・・・ side 辰則
体調は万全、しかし気の重い朝だった。
けれどいつまでも答えを先延ばしにはできないだろうし、延ばしたところで答えが変わりそうもなかった。
俺は、もう奈保と付き合うことはできそうもない。
理由は相変わらずはっきりとは出てこない。
しいていうなら、・・・好きじゃなくなった。
けれどそんなに直球すぎてワガママに思える理由を、自分自身ですら認めたくないだけ、なのかもしれない。
もう、何を言われても非難されても受け止めよう。
そう決心して家を出る。
10何年物の団地の玄関の重たいドアを勢いよく、ガゴッ、と開けた。
どこかまだ冷たく感じる朝の空気。
いつもの道も、決心してしまえばどこか清々しくてまるで初めて通る道を歩いているような、そんな気さえする。
あっけないほど、これから起こるであろう様々なことがたいしたことには感じられなくなってきた。
我ながら・・・単純にできてる。
(それにしても、昨日は驚いたしムカついたよな)
気が楽になった俺は、昨日の本屋でのことを思い出す。
予想以上に私服姿が可愛かった樋口さんと、横にいたムカつく男。
けどよく考えてみれば、あの下級生が俺にいい感情を持ってるはずはないよな。
付き合ってないとはいえ何日間かは一緒に登下校してたんだし。
俺だって一緒にいるとこ見てちょっとムカッときたくらいだし・・・。
って、ん?
ちょっと、待て。
俺だって、って。
俺、・・・あんとき妬いてたのか?
知らず知らず頭に手がいき、がりがりとかきむしる。
辰則が急に立ち止まったため、通勤中であろうサラリーマンの自転車がチリンチリンと迷惑そうな音を立てて脇を通り過ぎる。
いやいや、待て待て。
自分のことを好きだとか言われて(直接じゃないけど)調子に乗っちゃっただけだろ。
俺は樋口さんには惚れてない、だろ?
―――彼女のやんわりとした天使の笑顔と、一瞬だけ見せてくれた芯の強そうな眼差しが脳裏をよぎる。
自分でも驚くぐらいはっきり脳内にその姿が再生されたのとほぼ同時に、校門で佇む後姿を見つける。
自然なまま下ろされたロングヘアーに、小さすぎる背中。
(あ・・・)
違えようがないその姿は、なぜか校門のところで深く深く深呼吸をしている。
目をつぶって、胸に手を当てて一生懸命に。
横を通り過ぎていく生徒たちが怪訝な眼差しを送るのにも気がついていない。
一瞬何もかもを忘れ、ふっ、と口元が緩んだ。
(ったく、何やってんだか)
彼女はどうやら、夢中になると周りが見えなくなるらしい。
・・・やっぱ、ちょっと天然だよな。
目の前に人が立っても全然気がついてなくて、立ちふさがった二人も少しだけ困っている。
そしてようやく目を開けてその二人の女子に気がついた彼女は、何事か声をかけられて素直にちょこちょこと二人の後を追っていく。
その二人の女子は、・・・奈保の親友といってはばからない、川上と東。
俺はまた、考えることなく直感のまま3人の後を小走りで追いかけた。
・・・side 茅代
「ねぇ、どういうことか分かるよね?」
「・・・・・」
・・・・なにがでしょう?
初めて会う上級生の女の人。
名前を名乗られないまま、いきなりそう言われても・・・。
どうやらまた首をかしげていたらしく、茅代が何も言わないのに上級生の女の人が話し出す。
「だから、奈保と。青木のことだってば。付き合ってんの分かってたんでしょって言ってるの」
「・・・・あおき、せんぱい」
目の前の上級生は、栗色の髪をどうやっているのかキレイにくるくる巻いて肩に流している。
その髪をばさっと大きく左右に振り流した。整髪料の香りがぱぁっ、と漂ってくる。
「なにそのすっとぼけた返事。ムカつくんだけど」
「・・・・・」
ぎりっ、と音がするようなほど怖い目線をこちらに向けられて、茅代は体がすくんだ。
「付き合ってるの分かってて青木と一緒に学校来てたんでしょ?どーゆー神経してんの、ってこっちは思うわけ」
「・・・・あ、の」
「奈保はねぇ、毎日泣いてたんだよ?」
どきん、とした。
・・・先輩の彼女は毎日、泣いてた・・・。
そうか、この人たちは先輩の彼女さんの友達、なんだ・・・。
「泣いて泣いて、すっごい落ち込んでさぁ。その間もあんたは能天気に青木といてさ。ふざけてると思わない?」
「・・・・・・は」
・・・・・はい、その通りです。
そう言おうと口が動いてた。
そんな、つらい思いをさせていたこと、想像はしていたけど・・・申し訳なさで心の中がいっぱいになる。
「お前ら何やってんの?」
けど、その思考も言葉も、男の人の声によって遮られた。
「樋口さんには、関係ねーだろ。何勝手なことしてんだよ」
その声は、ずっとずっと聞きたいと思っていた人の声だったけれど、それには思いがけないほどの怒気が混じっていて。
茅代は振り向いたらいいのか、どう話していけばいいのか、全てまったく分からなくなってしまった。