おれのひよこ・22 【はじめてのデート】






悩みすぎて、足がすくんだみたいに動かなくなっちゃって教室に戻れないでいたら、
怪訝な顔をした千晶ちゃんが迎えに来てくれた。

「渡瀬が迎えに行ってっていうから来たんだけど・・・。大丈夫?」
「・・・・・・・」

あんまり、大丈夫じゃない、かも・・・?

「どしたの?渡瀬に何か言われたの?」
「・・・・・・・うん」

ようやくそれだけ返事をしたところに、始業5分前のチャイムが鳴り響いて

「とりあえず、教室戻ろっか」

千晶ちゃんはそう言って、私の手を引いて教室に連れて行ってくれた。
教室に戻ると千晶ちゃんはすぐに私の手から紙束を奪い取って「これ次の英語の課題〜」とみんなに配り始めた。

「・・・あ」
「私やっておくから、机に戻ってて」

ニコッと微笑む千晶ちゃんに、ありがとう、とお礼を言って自分の机に戻る。
すると、何人かで集まってしゃべってた渡瀬くんがすうっとその輪から抜けて、私のところに来た。

・・・・・えと、えと、返事・・・しなきゃ。

どうにか断らなくては、と脳を巡らせている間に渡瀬くんはニッコリ笑って

「ひよちゃん、日曜ヒマ?」
「・・・・・え。・・・あ、うん・・・?」

・・・・・・日曜日は。たいがい、時間は空いてるけど・・・?

「どっか行こ。ケータイ教えて」
「・・・・・」

・・・・・え。それって、デート、ですか?

その質問が脳裏に浮かんだころには、すでに渡瀬くんが私の携帯を器用に使って

「俺の番号とメルアド入れといたから。こっちからまた連絡するね」

そう言って2つ前の自分の机に戻っていった後だった。
次の授業の先生が来て、着席の合図の後も座れなくなってた私を、千晶ちゃんが慌てて無理やり椅子に押し込んでくれた。


・・・


「あ、そのワンピかわゆぃ〜♪似合う〜!これにしなよ!」

放課後になって、ようやく千晶ちゃんと沙里ちゃんに渡瀬くんのことを話すと、二人は

「渡瀬、なんか力任せ〜」
「意外に強引だったのね」

なぜか、感心してる。
そして「デートなら可愛い服着ていっちゃえ!」と服を選んでもらう、ことに。

・・・・・・・なんで?

そんな私の疑問にはかまわず二人は学校帰りで制服のまま、家へ。
前にも何度か家に遊びに来てもらったことがあるから叔母さんも顔を覚えていて
「あら、いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。

2階の、私にとってはいとこにあたる叔父さん叔母さんの息子さんが昔使っていた6畳の洋室。
女の子向けに、と用意されたピンクのドッド柄のシーツのかかったベッドには私の服がありったけ、すべて並べられていた。
といってもあまり数はないから、沙里ちゃんは「楽しくない!」ってすぐにがっかりしちゃった。

「・・・・えっと、あの、デート、行きたいって思ってないんだけど・・・・」
「いーじゃん?遊びに行くくらい。そーゆー経験も必要♪」

・・・・・そうなの、かな?
渡瀬くんにたいして、好きって気持ちが返せないのに、デートをしてもいいのかな・・・。

考えていることがそのままでたようで、沙里ちゃんが私の顔を覗き込むようにしてにっこりと笑った。

「あんまり難しく考えないで〜? あたしたちと遊ぶくらいの気持ちで行ったらいいんだよー」
「・・・・」

本当にそれでいいのかな?
けど、ノリノリの沙里ちゃんに対して何にも言うことができない・・・。

「どしてもシンドかったら救出しに行くから。電話してきて?」

千晶ちゃんがそう言ってくれて、それでようやく、落ち着いたんだけど。


・・・


「ごめん、待たせてた?」
「・・・ううん」

・・・やっぱり来ちゃいけなかった気がする。

天気のいい日曜日の午後、駅の改札を出たところで待ち合わせ。
時間通りにやってきた渡瀬くんはすごくにこにこしていて。

「よかったぁ〜〜〜、来てくれないと思ってたぁ」

そう言ってうれしそうにしてるから、なんだか、すっごく、申し訳なくて。

「どこ行きたい?」
「・・・えと、・・・どこ、でも」
「ん〜、じゃあその辺ブラブラしよっか、とりあえず」
「ぶらぶら・・・」

ブラブラ、って沙里ちゃんたちともしたことがあるけどあんまり・・・得意じゃなくて困る。
欲しいものがないときにお店を見てまわるって、ちょっとだけ、つらい。

それでも、自然と人の流れに流されるまま歩いて、自然に案内されたコーヒーショップで休憩して。
その間ずっと渡瀬くんのほうがしゃべっていて、私はただそれに対してうなずくだけだった。

(これが、デート・・・?)

穏やかな日差しがガラス越しに降り注いできて、街路樹のグリーンが淡い空に透き通るように伸びている。
目の前のテーブルに置かれた冷たい飲み物は、冷たくて甘くて美味しい。
渡瀬くんが適当に注文してお金も払ってくれた(払おうとしたけど断られちゃった・・・)その飲み物は、
コーヒーが苦手な茅代でもすんなりと飲めてしまうほど甘くて、けど最後にちょっとだけほろ苦い。
茅代はグラスを目の高さにまで持ち上げて、カフェオレ色をした、けどカフェオレではないようなその液体を眺めていた。

・・・これ、なんて名前なのかな・・・?

「ひよちゃん、疲れた?」
「・・・・・・あ、ううん」

あ。いけないいけない、また、ぼんやりしちゃってた・・・。
渡瀬くんはじーっとこっちを見つめてきて、それからちょっと笑った。

「・・・・なぁに?」
「いや、なんでも。そうだ、飲み終わったら本屋行かない?」
「・・・あ。うんっ」

本屋さんなら。すごくうれしい。

駅の近くの品揃えの豊富な本屋さんは、茅代がこの町に来て一番最初に覚えたところ。
それまでは学校の図書館とこじんまりした小さな書店しか知らなかった茅代にとって、どんなところよりもすばらしく思えるところだ。

「本屋、好き?」
「うん」
「そっか〜。あのさ悪いんだけど、参考書選ぶの付き合ってくれる?」
「いいよ」

心なしかうきうきしているのが、渡瀬くんにも伝わったみたい。
なんとなく二人でにっこりとしあって、参考書のあるフロアへ。

「・・・なんの参考書?」

ズラリ、と並んだ本を目の前にして茅代はそっと渡瀬くんに話しかけた。
なぜだろう。本屋さんや図書館って、そうしなくてもよさそうなときでも、つい小声になってしまう。

「英語。文法がダメなんだよね、俺」
「・・・渡瀬くん、頭いいのに?」
「そりゃひよちゃんでしょ〜。テストの順位たいがい10位以内じゃん?勝てたことないし」
「・・・そんなこと」

ないよ?と言いかけている途中に、横を大きな男の人が通り過ぎていった。
持っていたカバンにその人の腕が当たって、あっごめんなさい、と頭の中で謝りながら顔を見た。

・・・・・・・せんぱい、だった。

黄色いTシャツにだぶだぶのジーンズ。
キャップを目深にかぶっていて、どことなく気だるそうな様子で棚に手を伸ばし、
"受験対策"と赤字で書かれた本を手にとって開いて、読みふけっている。

(うそ・・・)

ドキドキと、茅代の心拍数がまた上がっていく。
会いたかった、でも、会っちゃいけなかった。
そんなうらはらな気持ちが心の中を駆け巡って、上手く呼吸ができなくなっていく。

渡瀬くんも茅代の視線の先を見つけ、固まっている。

「・・・マジかよもー・・・」

ぼそっと呟く声。少し怒ったようなその声を聞いても、目を逸らせなかった。
自分でも異常と分かるくらいじっと先輩を見つめていて、それに先輩が気がついてこっちを見る。
ドクン、と心臓が飛びはねた。

「・・・あ」

かなり驚いた表情。

「こ、んにちわ・・・」
「うん・・・買い物?」
「・・・はい・・・」

あぁ、また・・・・・。
沈黙になっちゃうのは、分かってることなのに。先輩が困るのも、分かってたことなのに。
どうして目を逸らせないんだろう。

「・・・ひよちゃん、行こ」

憮然とした調子で渡瀬くんが私の腕を取り、私は半分引きずられながら本屋さんを後にした。

「・・・しつれい、します」

最後の言葉は、たぶん先輩の耳には届かなかったかも・・・。
それを思うとまた、胸がぎゅ、と痛んだ。

「・・・・」

好き、って・・・苦しい。
せっかく会えたのに、お話をすることも、難しくなるなんて。

・・・・・・せんぱいのこえ、もっと聞きたかった、な・・・・・・。

優しい笑顔も、また見ることができなかった。
なんでだろう。もう、だめだってわかってるのに、見たいって気持ち、止まらない。

・・・頬に、熱いものが流れてる。
私はいつの間にかまた、ぽろぽろ涙をこぼしていた。

「・・・っく、ひぃ・・・っく・・・」

涙の筋がいくつも流れて、髪がぺったりと顔に張り付いて、嗚咽も止まらないまんまで。
きっと今の私は、まるで大人にこてんぱんに叱られた小さな子供みたいに見えるだろう。

「・・・ひよちゃん?」

渡瀬くんが話しかけてきてくれるまで、つかまれたままの腕のことも忘れて私は泣きじゃくっていた。

こんな気持ち。知らなければよかった。
知らなかったら、ずっと、最初に会ったときのままでいられたのに。
楽しくお話して、先輩が困った顔をするのも見ずにいられて、それで・・・それだけで、よかったのに。


・・・


「じゃ、ここで」
「・・・うん。あの、渡瀬くん」
「ん?」

渡瀬くんの弱い優しい微笑みに、申し訳なさだけが浮かんでくる。

「ごめん、ね」

結局泣いたままの私を、渡瀬くんは家まで送ってくれた。何も言わずに。

「もーいいって。どっかで分かってたんだ。適わないかなって」
「・・・」
「まさか街中で大泣きされるとは思わなかったけど」

弱かった微笑が、半分苦笑いに変わる。
私は少し恥ずかしくなって俯いた。
いまだ目に残っている涙のせいか、コンクリートのグレーと、履いている白い靴がなぜか鮮明に映る。

「・・・あの人のなにがそんなにいいのか、俺には分からないけどさ、しょーじき」
「・・・」

顔を上げると、苦笑いのままの渡瀬くんが「こんなこというのは悔しいけど」と肩をすくめながら言った。

「泣くほど好きだったら無理に忘れなくたっていいじゃん?」
「え・・・」

・・・・・むりに、わすれなくても、いい?

「いつか、叶うかもしんないじゃん。
 そんだけ強く想ってんならどうにかなるかもよ?ま、どうにかならないほうが俺はいいんだけど」

・・・・・どうにか、なる、かな?
また、前みたいにお話したりできるように、なるかな?
ずっと、想い続けていれば。

ふわり、と私の頭に渡瀬くんの手のひらが乗っかってきた。
よしよしとなだめるように動く手の感触は、笑顔同様にとっても優しかった。

「俺だって半年待ってどうにか今日デートしてもらえたんだし。今日は楽しかった。ひよちゃん独り占めできたし」
「・・・・・うん」
「元気だしなよ。んで、また明日から普通に話そ?俺もまだあきらめる気はないから」
「・・・・え、でも」
「だって付き合ってるわけじゃないんだし?まだチャンスは残ってるでしょ〜?」

渡瀬くんはそう言うと、にっ、と微笑んだ。
きれいな形の眉が一層弓なりにきゅ、っとなる。
頭のすみっこで、『イケメンさんだなぁ』って感心してしまうほどのきれいな笑み。
つられてこちらも微笑が浮かぶ。
私が笑うのを見て渡瀬くんはようやくほっとした表情を浮かべた。

「やっと笑った。よかったー」
「・・・うん。ありがとう」
「いえいえ、んじゃ、またねー」
「・・・・あ、うん・・・。ばい、ばい・・・!」

去っていく渡瀬くんの背中に向かって、できるだけ大きな声を出すと、
前を向いたまま右手をくいくい、ってバイバイの形に振ってくれた。