「たつのり〜!!起きなさ〜い!!」
「・・・・ん〜、いま起き、る・・・・。っ、痛ぅ・・・」
母親がガチャリとドアを開けて、頭を抑えてる俺の顔を覗きこむ。
「あら、あんた顔が熱っぽくない?熱計ってから行ったら?」
「・・・いらね」
今朝起きたら、マジで頭が痛くなってた。
せわしなく朝食や弁当を用意する母親の背中と、ぼそぼそとパンを流し込んでいる父親の横顔。
いつもの光景も頭痛のせいかどこか視界が狭く感じられて、妙にイライラする。
それでも昨日の今日で休むのはさすがに格好が悪いし、トーストと頭痛薬をムリヤリ胃に押し込んで家を飛び出した。
狙ったわけじゃなくていつもの時間、HRが始まるギリの時刻に滑り込んで、気まずい空気は避けられたみたいだ。
周囲は何か言いたそうな視線でこっちを見てる奴と、ともう昨日のことを忘れている奴と、半々。
完全に覚えているだろう奈保の周辺だけがどこかピリリとしているような気がした。・・・無視したけど。
(・・・・あったま、いてー・・・・。)
前頭部?にジクジクと、針が刺すような痛みが走っている。
指先でこめかみと治まらない痛みを押さえ込もうとしていたら、
懐かしの古畑任三郎もどきだと担任が俺をからかい、周囲からは苦笑いが漏れた。
「ま、あんまりシンドかったらまた保健室行っとけよ」
呑気な担任の一言で、保健室の先生が上手く立ち回ってくれたことはよく分かったけど、
あの先生にはあまりもう頼りたくない。何を言われるか分かったもんじゃないし・・・。
・・・・
「おいっ!コクられてたぞ〜っ!」
「・・・何が」
昼休みも終わりに近い頃、顔を机に突っ伏していつまでも治らない頭痛に耐えてた俺に金山が興奮したように話しかけてきた。
「ひよちゃんだよ!コクられてたぞ。ありゃ1年だな〜、速攻だな〜。」
「・・・・・だから?」
机に突っ伏していた頭だけをどうにか持ち上げると、呆れたような顔をした金山のニキビ面が目前に。
・・・余計、頭痛がひどくなりそうだ。
「だからって・・・お前いいの?」
お前いいの?って言われても・・・。
金山はギョロっと目を見開いて、こっちの本心を読み取ろう読み取ろうとするような視線を向けてくる。
俺はそれをごまかすように質問返しをした。
「・・・大体、どこで見たんだよ」
「階段降りたとこ。んなとこでコクんな〜!って感じだけど。
相手がひよちゃんだったから超驚いた〜。でもま、あの子って何気にモテそうだしなぁ」
「・・・・・」
「あたりまえっちゃ当たり前だよなぁ。つかマジでお前さー・・・」
妙に興奮してる金山にそれ以上返事はしなかったけど。
そうだろうな、と思う。
樋口さんは何気にモテるだろうって俺も思う。
雰囲気美人というか、あのおっとりさ加減とスマイルにオチちゃう奴はいるだろう。
あぁいうタイプに弱い男って意外と多いんだ。
けどなー・・・。
反応は確かに天然っぽいけど。中身はきっとそうじゃない。
俺は、昨日の彼女を思い返す。
しっかりと俺を見て話す彼女は年齢よりもやや大人びて見えた。
哀しい出来事には慣れている、そういう感じがした。
けど、コクった相手はそこまで分かってんのかな・・・。
「おーい、授業始めるぞー」
ダラけた空気の中登場した教師はその空気よりもさらにだらしない服装を教壇に登ってから整えている。
ずり下がったズボンをぐいぐい、と元・ウエストだったであろう位置に引き上げているのは、何だか少し滑稽だ。
(・・・つーか、俺は何を心配してるんだろ・・・。)
カバンから教科書を机に出すと、見慣れないノートが机の上にあるのに気がついた。
なんだ、これ?
何気なくパラパラ・・・と中を見ると間からメモ用紙がハラリと落ちてきた。
「・・・っと」
すんでのところでキャッチして戻そうとして、何気にメモの内容を読むと。
「夜、電話するから出て ナホ」
読んだ瞬間ドキッとして顔を上げたのと、ショートボブの頭がくるりと前に戻るのが同時だった。
そしてそのノートには、俺が昨日受けなかった分の授業の内容。
それが見覚えのある文字で几帳面に書き綴られてあった。
・・・・。
俺は机の下の方で携帯を開いて、メールを打った。
「電話じゃなくて直接話そう 家の近くまで行く」
「わかった」
奈保から、すぐにレスが返って来る。
いつまでたっても治まらない頭痛プラスやる気のない英語教師のダミ声。
今起こっていることがどうでもよくなってくる。
奈保に会って何を話せばいいのかは未だによく分からなかったけれど、聞きたいことは、たくさんあった。
・・・
「・・・っす〜」
「体、平気なの?」
「ん〜・・・、まぁまぁ?」
本当は絶不調。
頭痛に寒気までしてきやがった。完全に風邪だ。
奈保の家の近くのバス停のベンチで待ち合わせるのは、付き合うちょっと前から二人の中で定番だった。
だから『近くまで行く』と約束をすれば、俺がここにいるっていうのが当たり前みたいになってた。
でも会わなくなって以来、ここに来るのは本当に久しぶりでどこかこそばゆい感じがする。
淡いブルーのカットソーを着た奈保も同じ思いなのか・・・どうかは分からないけど、
どこかぎこちない表情と空気のまま、俺の隣に座った。
バス停のベンチといっても表通りから少し引っ込んだ場所に設置してあって近くに人はほとんど来ない。
さらに歩道との間には街路樹が植え込んであって、話をするにはちょうどいい場所だった。
夕方というよりももう夜に近いくらい周囲は暗くて、どんどん街灯だけが頼りになっていく感じ。
そんな中でしばらくは二人とも、黙り込んだままだった。
けれどそのうち、奈保のほうからポツリ、と言葉が漏れてきた。
「あの、子・・・さ」
「・・・ん?」
風邪のせいで朦朧としている意識をどうにか起こす。
「付き合って、るの?あの、1年の子」
「いや。付き合ってない」
「・・・そ。」
ふぅ、とかすかなため息が聞こえた。
「フラれたって、思った」
「・・・は?」
「あの子とタツが一緒にいるのみて、すっごい、ショックだった」
「んなのこっちのセリフだ」
「なんで?」
「おっまえなんでって・・・、お前がそんな彼氏いらねー、って言うから。・・・フラれてショックだったのは俺だよ」
「そんなの、そんなの・・・勢い、っていうか。本気にしてるなんて思わなかった」
「・・・本気じゃなかったのか?」
少しだけ顔を赤くした奈保が、俯いたままかすかに頷いた。
「・・・マジで?なんで、じゃああんなこと言ったんだよ。俺本気にして、もうダメなんだってばっかり思って・・・」
「だから、勢いだってば」
「勢い勢いってさっきから何なんだよ。そりゃ俺だって悪かったけどさ、すぐ訂正してくれりゃこっちだって・・・」
―――樋口さんを傷つけずに済んだかもしれないのに。
そう続けて言いそうになって、キクリと良心がひくついた。
・・・それを奈保に言うのはあまりに勝手すぎる。そんな気がしたからだ。
いきなり黙り込んだ俺に対して、奈保は顔色を伺うようなそんな視線を向けたあと、また俯いた。
サラサラのボブヘアーで隠れた横顔。
目の前を、轟音を轟かせ環境にも体にも良くなさそうな排気ガスを撒き散らしながらバスが通り過ぎていく。
「・・・・めて、だったの」
それにかき消されるように奈保が呟いた。
「なに?よく、聞こえなかったんだけど・・・」
「・・・・・」
問いただそうとすると、つい、と向こう側へ顔をそむける。
それでもそのまま、さっきよりも少しは大きい声で話し出す。
「・・・はじめて、だったんだよ・・・・」
「・・・・・へ?」
「だからっ、はじめて、だったんだって、ば・・・・」
「なにが?」
「それくらい解ってよバカッ!!」
・・・・はじめて?
意味がつかめなくて怪訝な顔をしている俺を奈保はキッと睨みつけるように見て、また顔を背けた。
けれどその耳元から首筋にかけてが、思い切りピンクに染まっている。
(・・・え?)
・・・はじめて、って。