おれのひよこ・14 【携帯】





「おかえり、茅代。待ってたよ」
「・・・叔父さん、ただいま」
「こっちこっち! いいもの買ってきたんだ」

いかにも、人の良い風貌の叔父さんは来年で還暦になる。
定年で会社を辞めた後は、ここから車で30分ほど行ったところのショッピングセンターの店内整備員のアルバイトをしている。
ショッピングカートの整備や、切れた電球を交換したりと一日中店内を歩き回っているらしい。
それが茅代の学費のためなのか、叔父さんが言う「定年後の趣味みたいなもの」なのかは、分からない。
ただ、年齢を考えたらキツイであろう立ち仕事を毎日楽しそうにこなしているのだから、
元々働くことが好きなのかもしれない。

茅代は手を洗って夕ご飯の支度を手伝おうとしたけれど、

「とりあえず話を聞いてあげて。さっきから茅代はまだかまだかってうるさかったんだから」

叔母に、くすくすと笑いながら叔父のいるリビングに押し返されてしまった。
叔父はA4くらいの大きさの紙袋から箱を取り出して、にこにこを押さえきれない、と言った表情で茅代に差し出した。

「携帯だよ、携帯!」
「・・・あ」
「前から買ってやるって言ってたろ。ちょうどポイントが溜まってたからいい機会だと思って。
 今どきは持ってなきゃなぁ?? 友達はほとんど持ってるんだろう?」
「・・・うん。ありがとう。叔父さん」
「若い女の子が喜ぶ形なんて分からなかったから、店員さんにいろいろ聞いたんだ!・・・どうだ?気に入ったか?」

ピンク色で表面がぷくぷくしてる、女の子らしい携帯。

「・・・かわいい」
「そうか!よかったよかった!」

ホッと安心、といったように胸をなでおろす。
「うちは男しかいなかったから、女の子の気持ちは分からんからなぁ」が口癖の、とても優しい叔父さん。
長年会えず面倒を見たくても見れなかった姪っ子に、とても甘い。
普段なら遠慮するところだけど・・・前から買ってあげるよと言ってくれていたものだし、これは素直に喜ぼう。
そのほうがいいよね。

「叔父さん、ありがとう」

明日、沙里ちゃんたちにやり方教えてもらおうかな。

その日の夕ご飯は茅代の新しい携帯の話でもちきりで、いつもより賑やかな食卓だった。
祖母と静かな食卓を囲むことに慣れていた茅代にとって、この時間はやや気まずいときも多かったのだけれど
今日は叔父さんが率先して話をしてくれたので、楽しく過ごすことができた。

夜、部屋で一応説明書をめくり、"電話帳への登録"というページまできたときに、はたと気がついた。

先輩にも、知らせたほうがいいのかな・・・?
この間家の番号を教えたとき困った顔してたから、きっと、家の番号より携帯のほうがよかったんだと思うんだけど。
(それもあとから沙里ちゃんたちに聞いて分かったんだけど)
それにあのとき・・・先輩の連絡先を教えてもらう前に先輩帰っちゃって、今度聞こうって思っててそのままだった。

けどさっきの話の後では聞きにくいし言いにくい。
あぁどーしよう。
明日、朝。登校するときに言えばいいと思うけど・・・。

茅代は説明書を閉じて、携帯を手に取った。
ピンク色の、長方形のプラスチック。傷一つない画面を指先でそっと撫でた。

先輩にまた、会えるのかな・・・
・・・なんだかもう会えないような気がしたのは、気のせいかな・・・

(そんなこと、ないよね。また、会えるよね?)

茅代は勉強机に座り、手のひらの中の携帯にお祈りをするみたいに顔にくっつけた。
先輩にもう会えないなんて、いやだ。
それがどうしてこんなに、きゅ、って苦しいんだろう。
さっきまで開いていた分厚い取扱説明書が目の端に映ったけれど、もちろんそこに答えが書いてあるはずもなかった。


・・・・・


次の日、先輩に携帯のこと言おうって思ってたんだけど、何も言えなかった。

言わなきゃいけない、って思ってることを言えないでいるのってすごく窮屈で心苦しくて、
それに輪をかけるように先輩も何もしゃべらなくって・・・校門が見えた瞬間、ダッシュで逃げ出しちゃった・・・。
おかげで極度の緊張からは解放されたけれど・・・先輩、きっと気を悪くしたに違いない。
それに、帰り一緒に帰るのかどうかとか、待ち合わせの話もしなかったし。
・・・わたしってば、ばか。

「昼休みに会いに行こーよー!」

休み時間中に、携帯の使い方を沙里ちゃんたちにいろいろ教えてもらった。
メールアドレスを自分で作って登録しなおさなきゃいけない、と叔父から言われていたけれど
なんのことだかさっぱりだったので、それもしてもらった。

もちろん先輩にはイチバンに教えたんだよね?と聞かれて、ううん・・・と言ったらものすごく怒られた。
普通は、イチバン先に教えるものなのに!!って。

・・・そうなの?

「・・・昼休みに?・・・め、迷惑じゃないかな?」
「なんでー??昼休みなんだから別にいいじゃん? 私もカネやんに会いたいし♪」
「・・・かねやん?」
「金山先輩のことよ、ひよちゃん」

昨日からその話ばっかりなの、とややゲンナリ顔の千晶ちゃん。
あぁ、そうなんだぁ。
もうすっかり仲良しになったみたい・・・沙里ちゃんって、なんだかスゴイ。

「さ!ひよちゃん、この紙にケー番とメアドを書いて〜」

そして行動力もスゴイ。
自分の手帳の後ろのメモ用紙をピリリ、とミシン目に沿って丁寧に切りとって、そこに私に携帯の番号とメアドを書かせた。

「これを、青木先輩に渡せばいいのっ♪ 昼休み、一緒に行こうねっ。千晶はどーする?」
「私は、ちょっと気まずいからやめておくわ」
「あ、そーだった。ね、山岡サン・・・ってそんなマズい感じたったの?」
「別にマズいってわけじゃないんだけど・・・・・急だったから、ただ驚いちゃって」
「ふぅん。千晶も付き合っちゃえばいいのに〜。 そしたら3対3でどっか行けるじゃない?」
「そんな簡単に言わないでよ」

千晶ちゃんはやや困ったような表情を浮かべ、沙里ちゃんは意に介さず、といった調子でご機嫌で自分の席へ戻っていった。
こっそり「大丈夫?」と千晶ちゃんが聞いてきてくれる。

・・・緊張はしてる。
3年生の教室に行くなんて、部活も入っていない私にはちょっと勇気のいることだった。
けど、約束は守りたいし。

「だいじょうぶ」
「ならいいけど。沙里テンション上がりまくってるし、気をつけてね」

・・・確かに。
振り回されないようにしなくちゃ。できるかなぁ、ちょっと自信ないかも・・・。