まっすぐこっちを見つめる瞳に「俺と付き合って」そう言おうとした瞬間、奈保の怒ったような顔が浮かんだ。
好きかキライか、YESかNOか。
それを選んでもらうだけでよかったはず。
目の前にいた樋口さんは、YESと言ってくれそうな気がした。
言わせるような質問だったし。
そこでもう一度キチンと告白すれば、きっと1週間だけじゃなくて毎日送り迎えできたに違いない。
たぶん。だけど。
樋口さんは言わなかった。
わかりません、というように首を傾けて曖昧に微笑んだ。
型にはまったような、その動作。
マックにいたときとは違う、何万回も練習されたみたいな張り付いた微笑み。
・・・なんだよそれ。
イラっときた。
けど俺は、その苛立ちの前に一瞬、ホッとしてたことにも気付いてた。
これでコクらなくて済む、って。
なんでか、奈保のことばっかり頭に浮かぶんだ。
忘れたいと思ってるのに。
奈保が初めての彼女だったわけじゃない。エッチだって経験がなかったわけじゃない。
そりゃ、得意ってわけじゃないけど・・・純情でもなかった。
―――なんだよこの、もやもやした気持ち。
家に帰って夕飯を食べ風呂に入るまでの間、乱暴にベッドに腰掛けて寝転ぶ。
ベッドが、大きい俺を支えかねるとでもいうようにギシギシッと大きい音を立てて軋んだ。
・・・・・
「・・・はよう」
「おはよう、ございます」
2日目。次の日の朝。
最初会ったときに戻ったみたいに、ぎこちない挨拶。
会話もなく、ただひたすら二人で歩く。
樋口さんは口を貝のように一文字に閉じたままどこか緊張しているみたいだし、
俺はといえば昨日のもやもやを残したままでどことなくいつものノリになれない。
じわじわと押し迫ってくるような沈黙に押しつぶされそうになって
そろそろ何か話さなきゃ、と樋口さんのほうを向いて「あの、さ・・・」と言いかけた瞬間。
「あ、もう、ここで・・・ありがとうございましたっ」
ぺこん、とお辞儀をして樋口さんは走り去ってしまった。
頭をぶつけた校門を通り抜け、ちょこまかと小さい歩幅で消えていく。
なんか・・・・逃げられたっぽくないか?
「はよ〜っ」
「・・・はよ・・・」
後ろから金山に声をかけられる。今日は珍しくチャリ通じゃないらしい。
「フラれたか?」
「・・・わかんねぇ」
「な〜んか、魂ここにありませ〜ん!って顔だなー、しっかりしろよ〜」と言って
俺をとっとと追い抜いて玄関に向かうのを見て、仕方なく、俺はまた歩き出していた。
・・・フラれたのかなー・・・。
昨日断りたかったけど、断れなかったってやつか?
でもそんな感じじゃなかったような気がすんだけどな・・・。
むしろ逆っぽかったからこっちがビビっちまって・・・。
でもよく考えたらそんな上手い話もないか・・・ただのうぬぼれか。
(あー・・・、一気に使いすぎたせいで脳みそがかゆい感じ?慣れてないんだよなー、いろいろ考え込むの)
俺は頭をがりがり掻きながら、教室へ向かっていた。
何事もなく午前中が終わり、昼休み。
ここには学食はなくて、たいがい弁当持ちか購買部で買ったりこっそり抜け出してコンビニで調達するかのどれか。
俺は母親が弁当を作るのが好きというだけで、ずっと弁当を持たされてる。
マズイってわけじゃないけれど、高校生の男子のものとは思えないような
かわいらしい花型の野菜やらハート型の卵焼き・・・のオンパレードはかなりビミョー。
虐待弁当とまではいかないけどこっ恥ずかしい。
でも母親は嬉々として作ってるし、小遣いが減らないのはありがたいから、あんまり文句は言わないことにしてる。
今日もそんなかわいらしい弁当を食い終わって金山たちとダベっていると
急に3人の女子が目の前にずらっと並んで立ちふさがった。
左から、上島、川上、東・・・・・奈保が普段仲良くしてる女子メンバー。
「・・・なんだお前ら??」
いくら女子とはいえ目の前に3人並ばれるとそれなりに迫力がある。
一番気の強い川上がつりあがった目をして、尖らせた口のままで話し始める。
「青木ぃ、奈保のことどー思ってんの?」
「・・・は?」
「どーいうつもりなの?奈保、泣いてんだけど?」
金山は「あっちゃ〜」と一人ごちてどこかへ逃げていく。薄情モノめ・・・。
「・・・泣いてんの?奈保が?」
「そーだよっ。元はといえばアンタがダメだったからこんなことになったのに謝りもしないでソッコー次の女って、ありえなくない?」
「そーそー。薄情すぎ」
「もう、別れるみたいなこと言われたから、んじゃあ忘れるしかねぇかって思って・・・」
てゆーか・・・なんでこいつらに責められなくちゃなんねぇの?俺は。
当人はどこにいるんだ、と教室内を見渡すと女子軍団の少し後ろに立ってて、
もう1人の女子に励まされるような格好で、俺の答えを待ってます、みたいな神妙な顔。
「そんなこと奈保は言ってないっていってるけど?」
「意味わかんねぇ・・・・つかお前らに話したくねぇよ。本人と話すよ、んなこと」
「何それ?」
「今さらって感じじゃない?」
「そんな資格あると思ってんのがまずオカシイんだって」
「はぁっ?!」
なんでそこまで言われなくちゃいけねぇの??
つかマジでお前らに関係ねぇだろ??
でも3人の女子は揃って腕組みをして、明らかに辰則が悪いと言わんばかりの態度。
俺が逆ギレした、と口々に反撃してくる。
マジ信じらんない!バカじゃないの!・・・等々。
昼休み時間の騒々しさの中でも際立つキンキンした声に、他のクラスメイト達もなんだなんだ?と注目しだす。
「これは俺と奈保の問題だろ?口挟んできてんじゃねぇよ!! おい・・・俺は、お前と話したいんだけど」
「・・・」
俺は奈保に話しかけた。けど奈保は俺と目を合わせようとしない。質問にも答えない。
「お前、俺のことどー思ってんの?」
「そんなの・・・」
やっと身じろぎして、きゅっと顔を上げたものの聞こえるか聞こえないかの小さい声で答えてくる。
普段はハキハキしている奈保の、弱々しい態度に俺の苛立ちはいっそう強くなった。
「だーかーらー、奈保とは話する資格なんてないって!!」
「うるせぇぇっ!!! 手前らすっこんでろっっ!!!」
女子どもが俺の一喝で軽く引いて静かになったスキに、奈保の答えが聞こえた。
「そんなの、こんなとこで言えないよ・・・」
「・・・じゃあこんなとこで責められてる俺って一体何なんだよ??ふっざけんなっっ」
クラスメイトの全員の前で口々に責められるは、当人は出てこないわ・・・プライドはズタズタだ。
あ〜〜〜〜!!・・・すっげーイライラするっ!!!
俺は近くにあるイスをおもいっきり蹴り飛ばした。
スカーン!!とパイプが思いがけないほど軽い音を立てて床を滑り、入り口近くにまですっ飛んでいく。
「ひゃあっ!!」
悲鳴がしたほうを何気なく見やると、・・・・その入り口には、新垣さんと樋口さんが呆然とつっ立っていた。