おれのひよこ・12 【予感】





心臓、壊れちゃうかも。
ドキドキしすぎて、息を吸うヒマもない。私と青木先輩のまわりだけ、酸素が薄いよ。

マクドナルドで金山先輩の質問を聞いてから、ううん、千晶ちゃんと話をしてからなんだかずっとそんな感じ。
当たり前みたいに私の家のほうまで回り道してくれている青木先輩。
あぁ結局、金山先輩の質問にも答えられてないまま・・・今度、謝らなきゃ。

けど。ううん、それより。
恋、って。
よく、本では読むけど。
そんなことが、自分に向かって訪れてくるなんて、思いもしなかった。

今の、今までは。

青木先輩が隣にいるだけで頬がほてっちゃって、顔も目も合わせることができない。
朝は普通に話が出来たのに・・・。
先輩も、皆と別れてからはなんとなく黙ったまま。
どうして、なんにもしゃべってくれないのかな・・・さっきのことを怒っているの?

自分でも気がつかないうちに首をぷるぷる振っていた。
ロングのストレートヘアーがさらさらを動きに合わせてなびくのを、不思議そうに覗き込まれた。
その動きを避けて縮こまってしまいそうな自分に、えいっ、と少し気合を入れた。

「あの・・・すみま、せん・・・」
「何が?」
「・・・なんか、固まってしまって・・・その・・・」
「あんなの聞くほうが悪いんだから、謝らなくていいよ?」
「・・・は、い・・・」

普段どおりの笑顔。
・・・怒ってたわけじゃ、ないみたい。でも、なんで朝みたいに話をしてくれないんだろう・・・。
このまま、先輩が話をしてくれなかったらどうしよう。

心配がきゅう、と心臓をしめつける。苦しい。

「ねぇ」
「・・・あっ、はいっっ」

胸に手を置いて、苦しさの原因を考えようとしていたら、急に先輩が話しかけてきてくれた。

「樋口さんが、固まっちゃうの覚悟で聞きたいんだけど・・・いい?」
「・・・・・・・・・はぃ・・・」

固まっちゃうってことは、・・・こいばな、・・・だ。
うわ、どうしよう、どうしよう・・・まだ自分の気持ちも何も、全然わからないのに。

「俺がさ、樋口さんの笑顔に固まっちゃったいいほうの意味・・・もしかして分かってくれた?」

い、み・・・・・・。
意味・・・・。

いいほうの、意味。それは・・・・きっと、そういう、こと、だよね?

先輩は私の答えを待っているような、ただ時間が過ぎるのを待っているような。
空を見上げて、あ、星・・・とひとりごとをつぶやいている。
風が吹いて、くすぐったかったみたいに鼻の下をこすって、それから・・・ふぅっと空を見たまま止まってる。
さらさらと、短い前髪が風になびいていた。

「・・・・・・・・・・・わ。かり、・・・ました」

めいいっぱいの勇気を振り絞って出した答えは、まるで自分の声じゃないみたいに、心臓の音と混ざって震えて聞こえた。
強い風に乗って先輩の耳にも届いて、空に向いていた顔がこっちのほうへ返ってくる。

私よりも30cmほど高いところにある顔。
カバンを小脇に抱えてる。
指定の白いシャツは少しだけ着崩されて、上から2つ目まで空いたボタン。
3年生を示すエンジとベージュ色の縞々の細いネクタイが頼りなく首にかかっている。

そのきゅ、と締められたネクタイみたいに、心がきゅっと締まって苦しい・・・。
どきどきが手足まで伝わってきて、力が入らなくなりそう。

でも、先輩を見てたいな、と思った。
さらさら揺れる前髪に触ってみたい、と思った。

そんなふうにじっと見つめていると、先輩は困ったみたいに目を逸らして、がりがりと頭を掻いた。

「えーと・・・・」
「・・・はい」
「え〜とね・・・。俺が、送り迎えするのって迷惑だったり、する?」
「・・・・」
「その、気持ちを知った上で、ってことなんだけど・・・」

・・・めいわ、く・・・?

先輩はなんだか・・・・苦々しくてほんの少し、ほんの少しだけ、こわばった表情で。
それはいつもの、ニコニコ楽しそうな先輩っぽくなくって。

『俺のことは好き?嫌い?』

あの時とは、違う顔を、してる。
言葉では、同じことを聞かれているようなのに・・・どうしてだろう。そういう風に思えない。

だから・・・、だからじゃないかもしれないけど。
悪い予感がして、・・・・・怖くって、ただかぶりをふった。
言っていることが分かりません、というフリをした。いつものように。昔からのように。

先輩はガッカリしたような、でもどこかホッとしたような・・・・不思議な表情で微笑んだ。

「今日は、ここまででいいかな? もう近いし・・・・じゃあ、また明日」

そう言うとくるり、と方向を変え私に背中を向けて、歩いていってしまった。
私はその背中を、いつまでもいつまでも見つめていたけれど。
先輩はそれには気がつかずに、振り向いてくれることはなかった。
さわさわと、二人がさっきまで話していたことを掃除するように、風が二人の間を流れていった。

・・・・・先輩。
迷惑、じゃ、・・・ありません、・・・。

胸がまたきゅっと苦しくなって、茅代は先輩の後姿が消えた角から視点をずらして、帰り道を急いだ。
どきどきと鳴る鼓動や、本当のことを言えなかった苦しさが、歩くスピードをいやがおうにも上げていることには気付かずに。