俺は、それからも彼女から返信があるかもしれないと思ってトイレの中でそのまま待っていた。
別に研究室に戻ったっていいんだけど、なんとなく一人で彼女とやり取りしたかったんだ。
・・・それにしても。
仲山鞠は、見た目も中身もマジで可愛い。よく今まで誰にも穢されずに来たもんだ。
あ、穢されずに、といえば・・・。
もしこのままどんどんうまくいって、付き合うことになったら彼女の"初めての相手"は俺になるんだよな。
キスも、身体に触れるのも何もかも・・・。
そう思いついた途端、それまでナリを潜めていた欲望がぐいっと頭をもたげてくる。
(・・・あ〜〜〜。ヤりてぇ。)
前の彼女にフラれてから4ヶ月、まったく女っ気がない。
大学に入ってからは間を空けることなくそういう機会を見つけてたから、4ヶ月も空くなんてかなりの新記録だ。
ヒカルの部屋の押入れからアダルトビデオを見つけ、こっそり拝借して処理したのがつい先月。
けどそれ以来は学校だバイトだと時間に忙殺されて何もしていなかった。
(俺、そういや処女の子って、いたしたことねぇなぁ・・・反応とかどんなんだろ)
彼女の柔らかそうな唇を思い出した。
それから、色白の首筋。
胸・・・はどれくらいの大きさなんだろう。
もわもわと、脳裏に残る服を着た彼女の姿を思い浮かべる。
最初に出会った頃、レンタルショップの指定のシャツはダボっとしていてそのへんがよく分からなかった。
けど裾を出してはいけないことになっているので、ベルトで締められたウエストはそれなりにキュッと締まっているように見えた。
そこからつづくヒップ、腿や足のラインはすこし細めでそれが余計彼女を小柄に見せていた。
デートのとき、スカートはいてこないかな?足首見てーな、と期待したけどジーンズのままで少しガッカリしたっけ。
けど、トップスのピンクのボーダーのキャミソールに短めの白いカーディガンが、可憐な雰囲気の彼女にはよく似合っていた。
(うん、あの服は悪くなかったよなぁ。身体のラインもまぁまぁ分かったし)
俺は脳みその中でその服を脱がせていくことにした。
一枚づつ脱がせていって、ブラジャーも外した。・・・色白だから乳首はきっと淡い色をしているだろう。
そしてたぶん、すげぇ恥ずかしそうにしているんだろうなぁ。
それをなだめながら下も脱がせて――・・・。
妄想の中の彼女を裸にして、あれやこれやして、言うはずもないようなエロいセリフを言わせて・・・そんなことをしていれば当然の結果として、下半身は正常に反応していくわけで。
(やべ・・・勃ってきた)
まさかこんなところでするわけにはいかないが、それでもこのままいるには辛すぎる。
やや真剣に悩んでいると、突然手の中の携帯がバイブと共に鳴った。
「おわっ!」
妄想と現実問題の狭間ですっかり携帯の存在を忘れていた俺は振動に驚いて思わず飛び上がり、携帯は手から滑り落ちていった。
カン、カラカラ・・・ポシャン・・・。
便器の中に転げ落ちていく、黒い長方形の物体。
「あーーーーーーーーっ!!」
すぐに手を突っ込んで拾ったがずぶぬれで電池も落ちているようで、もはやメールを見ることは叶わないようだった。
(うわ〜・・・俺、やっぱ今年ついてねぇ〜!!!)
ジリ貧状態の今の俺に、新しい携帯を買う余裕は残っていない。
なんとかしなきゃ彼女と連絡も取れない。
とりあえず、トイレを出てどだどだと階段を駆け上がりヒカルのいた部屋に戻って
「やべぇ、携帯壊したぁ!!」
と叫んだ。
ヒカルは突然騒ぎながら入ってきた俺に驚いていたが、すぐ、木下ってやつのところに行けばいいと言ってくれた。
なんでも自力で携帯を直したことがあるらしい。
廊下の奥、突き当りから3番目の実験室Uのドアを開け「木下さん!!」と呼ぶと
「お前か、さっからバタバタとうるさいの。なんか用か?」
奥から巨体の男が出てきて、迷惑そうに目を瞬かせて言った。
手にはトレードマークの丸いドーナツ。
ついでにピザとコーラも似合いそうな憎めない体型。
「すんません!携帯トイレに落としちゃってっ、・・・これ、治りますかね??」
「えぇ〜、どら見せてみろよ」
「はい、これ」
木下は俺から受け取った携帯をパカ、と開きながら聞いてきた。
「これ、水浸かってから電源入れたか?」
「いえ、入れてないです!さっき浸かったところで」
「げ、お前これ拭いてないんじゃないの?ちょっと湿ってるし!」
「あっいや、大丈夫です!しょんべんとかしてないし」
「そーゆー問題かよ!拭けよ一回!・・・まぁ、電源入れてなきゃ何とかなると思うよ。乾かせばさ」
そう言って木下は携帯とテイッシュの箱を渡してきた。
自分も、テイッシュで手を拭いている。
「マジっすか?!助かります!乾かすってどうやるんですか?」
機械科のヤツならともかく、こっちの生物化学科のやつらでこの手に詳しい人はちょっと貴重だ。
キャラクター的には怪しさ満点だけど、今はコイツに頼るほか道はない。
「ん、分解して、基盤とか取り出して一枚一枚干すの」
簡単そうに言うが、基盤ったってそんなデカイもんでもないだろうに・・・細けー作業だなぁ。
「そんなことできるんすか?」
半ば疑わしげな俺のセリフに、ははは、と笑って木下は言った。
「やってやろうか?今ちょうど休憩してたとこだったし」
「あ、はい!お願いします!」
(うおー!木下超いいヤツ!助かったっ)
「ドーナツ食うか?」
「いや、それはいいっす・・・」
・・・前言撤回。ちょっとだけ、いいヤツ。
しばらくして俺の携帯がバラバラに分解され、実験室の机に一つ一つ並べられた。
「これでよし、と」
「いつごろ乾くもんなんですか?」
「う〜ん、2日はみたほうがいいな」
「そんなに?!」
「完全に乾かさないとダメなんだよ」
2日?!
今せっかく彼女との間がいい感じに詰まりそうなのに、そんな期間空いちゃったら・・・
「あの、データとかって残るんすか?」
「俺のは残ってたけど、保障は出来ないなぁ」
「えー?!保障なし?マジかよもぅ・・・」
座っている椅子にガックリなだれ込んだら、まぁまぁ、となだめられた。
こいつ、この辺では要注意人物扱いされてるって聞いてたけど、別に普通にいい奴だな・・・。
「でも確率は0じゃないんだし、気長に待てよ」
「はぁ・・・」
「それに、誰かとすぐ連絡取りたいなら、フリーのメルアドでも充分だろ?」
「え?」
「学校にいる間はPC使い放題ネットつなぎ放題なんだから、しょっちゅうチェックできるぞ」
「・・・あ、そうか」
そう言われればそうだ。
何で今まで思いつかなかったんだろう・・・俺、テンパリすぎ。
「で、お前ドーナツ食うか?」
「いや、いらないっすよ・・・さっきも言ったじゃないすか・・・」
「これでよしと」
木下さんにやたらドーナツばかり勧められるので断りきれず、仕方なくもらってきたフレンチクルーラーを頬張りながらすぐに自分の机に戻り、PCを立ち上げネットに繋げた。
そしてヤフーのメルアドを一つ作るとそれをメモに書き、明日彼女に渡そう、とサイフに入れた。
(多分さっき見れなかったメール、彼女からだろうな。もう一度こっちに送りなおしてもらおうかな・・・)
一応、俺なりに考えた遠まわしの告白メールだったので(さんざんアプローチはしているが)、かなり返信内容が気になる。
分解した携帯はそのまま木下さんが2日後に組み立て直してくれると約束してくれたので、それは運さえ良けりゃ何とかなると思うんだけど。
(明日、バイト早めにいって会いに行こうかな)
俺はIEのブラウザを閉じ、教授がまだか、と言ってたというレポートを書き始めた。