NOVEL TOP

鞠 7

社員通用口のドアを開け、階段を降りると伊藤くんは座って缶コーヒーを飲みながら煙草を吸っていた。
こちらの存在を確認すると、口元から火のついた煙草を下ろして

「何飲みたい?」

嬉しそうにニカッ、と笑う。
ぱっと明るい、顔全部で笑ってるみたいな笑顔。ちょっとだけ幼く見えるけど、何だか可愛い感じもする。

「あ、今日はいいよ。自分で買うから」

鞠はそう言って自動販売機のところに行きCCレモンを買った。
仕事の後は、なぜか炭酸系や酸っぱいものが飲みたくなる。

伊藤くんの隣に座り、ジュースを飲みながら聞いてみた。

「どうして携帯落としちゃったの?」
「え?あ、いやまぁ・・・不注意だよ」
「ふ〜ん」

言い難そうにしている彼に、不思議に思いながらもそれ以上は聞かなかった。

「それよかさ、その携帯直してくれる人がなんかすっげー変わっててさ、木下さんって言うんだけど」
「うん」
「ドーナツばっか食ってんの」
「ばっかって、ドーナツしか食べてないの?」
「そ、ミスドでバイトしてんだって。そんで廃棄処分になったドーナツ、袋にいっぱい詰め込んでもらってきて一日中食ってる」
「うわ、すごい・・・飽きないのかな?」

何だか聞いてるだけで胸やけがしそうなんだけど・・・
胸元を手で押さえたら、「胸焼けしそうって思ったっしょ?俺も聞いたとき思った」と伊藤くんがカラカラ笑った。

「でも飽きないみたいなんだよな。本人が言うには金がないかららしいんだけど、いくら金なくてもあればっかしは食ってられないだろ〜」
「うん・・・気持ち悪くなりそうだし、体に悪そうだね」
「だろ?でもずーっと食ってんの。で、昨日夜携帯分解してる間一緒にいたんだけど、ずっと俺にドーナツ勧めてくんの」
「ずっと?」
「そう、もうそれがしつっっこくてしつっこくて! 会話に関係なくちょいちょい『ドーナツ食うか?』『ところで、ドーナツいる?』そればっか!
 夜中の1時だぜ?そんな甘ったるいモンいらねーっつの」
「うーん、確かに・・・いらないかも」
「もう最後のほうは断るのもシンドくて、もらっちゃったよ、ドーナツ」
「あははっ!」

伊藤くんが"ドーナツばっかり食べてる木下さん"をまねて、思いっきり頬を膨らまし低い声を出して『ドーナツいる?』を連発するのがものすごくおかしくて笑い続けてお腹が痛くなるほどだった。




「ねぇ、昨日さ、どんなメールを返してくれたの?」

伊藤くんが、ふいに聞いてきた。

「え?う〜ん・・・そんな、たいしたこと書いてないよ」
「あ、そう。でもなんか気になっちゃってさ。ね、どんな内容だった?」

顔を覗きこむように聞かれる。
それが一瞬だけ、すがるような視線に見えたのは気のせいだろうか。

「え〜・・・言わない」
「なんで?たいしたことないんでしょ?」
「言わないよ〜」
「なんでよ〜」

わざとマネをして返してくるから、思わず吹き出してしまう。

「たいしたことないけど、ここで言うのは恥ずかしい」
「んじゃ、たいしたことあるじゃん!」
「そんなことないもん、伊藤くんにとってはきっとなんてことないもん」
「そんなことある!仲山さんにとってたいしたことある内容なら聞きたいね、俺は。今すぐ!」
「えぇ・・・」
「ささ、遠慮せず、どうぞどうぞ」

えぇ、どうしよう・・・。
メールだから言えたのに、本人目の前にしたら恥ずかしくて言えないよ。

「・・・んじゃぁ、さ」
「はいはい?」
「後で、さっき教えてもらったアドレスに送るよ」

それが精一杯の譲歩策だったんだけど。伊藤くんは大げさに体をのけぞらせた。

「えーーー?!俺もう、今聞きたいんですけど!気になって仕方ないわ〜」
「でも・・・恥ずかしいから、言うのはイヤだよ」

うぅ・・・。
どうしても諦めきれないみたいな伊藤くん。困ったな・・・。

「それじゃさ、送信メール見せてよ」
「えっ?」

送信メール?

「仲山さんの携帯の送信履歴に残ってるでしょ?俺に送ったの。それ見せて」
「えぇ〜〜!い、今っ?」
「ダメ!それ以上は俺も譲らない。だって照れてるし絶対なんかたいしたことある内容だもん。すぐ知りたい!」
「・・・わかった」

言葉にするよりは幾分かマシだけど、それじゃ恥ずかしいのは変わらない。
でも、これ以上伊藤くんも折れてはくれなそうだ。

(どっちにしたって結局。伝えたいって思ったこと、だもんね。うん、そうだよ・・・)

観念して鞄から携帯を出した。
昨日の履歴からメールを画面に出して、ドキドキしながら手渡す。

「ぉ、来た来た♪どれどれ・・・」

ウキウキした口調で携帯を受け取り画面を見つめ、真剣に読んでいる伊藤くん。
もう恥ずかしくて仕方なくて、下を向いてじっとその時間をやり過ごした。

少しして携帯をパタン、と閉じる音がして顔を上げると、伊藤くんが口を開いた。
こちらを見ずに、前を向いたまま。

「海・・・行こっか?今度の休み」
「海・・・?」
「いやっもう絶対怖い思いさせないからさ!昼間、昼間デートしよう!」
「でも私、水着持ってないよ?」
「んじゃ、俺が波乗りしてるの見ててっ。俺と海と青空のコラボを見てて!」
「・・・分かった」

真剣な瞳に押されて、コクリと頷いた。

「よっしゃ〜!俺絶対かっこいいとこみせたる!」
「うん」

嬉しそうな伊藤くんにつられるように、鞠も笑顔になっていた。

「ますます惚れるよ〜?あ、やっべ時間だ。んじゃそろそろ行くわ、俺。」
「仕事頑張ってね」
「おぅ!」

そう言って階段を2、3段上ってから、思いついたように伊藤くんはこっちに振り返ってきた。

「あのさ・・・これからは"大和"って呼んでくれる?」
「え?」

ヤマト?

「俺の下の名前。"やまと"って言うんだ。大きいに平和の"和"。伊藤くんって実は慣れなくてさ」
「・・・あ、うん」
「んじゃ来週のお休みの日教えてね、鞠ちゃん♪」
「あっ、うん。メール、送る・・・」

笑顔でドアの向こうに消えていく伊藤くんを見送ったあとも、心臓のバクバクが止まらなかった。

(大和って名前で呼んでって・・・そんで今、私のことも"鞠ちゃん"って・・・)

あまりに落ち着かなくてCCレモンを一気飲みし、炭酸に思いっきりむせた。

来週、来週は・・・何を着ていこう・・・。

 

BACK  NEXT  NOVEL TOP  




Icon by web*citron  Background by Abundant Shine  Designed by 天奇屋