大和が木下さんのところに行ったあとしばらくして、ジーンズのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。
画面を見ると、あまり見たことのない番号。
けれど市外局番に見覚えがあったので「はい?」と出てみると
「あ、ヒカルちゃん?私!大和のお母さん!分かる?」
と聞き覚えのある、はつらつとした声がした。
「あぁ、大和の。 お久しぶりです」
「久しぶりね〜ヒカルちゃん。 元気だった?」
「はい」
うちの母親と大和の母親は仲が良くて、俺たち家族が引っ越しをした後でも母親同士で付き合いは続いているらしい。
俺たちが同じ大学に入学することもどうやらあらかじめ知っていたようなのだけど、まさか同じ学部だとは思わなかったらしくてめちゃめちゃ驚いていた。
「ごめんねぇこんな時間に。 ヒカルちゃんのお母さんに聞いたら、昼間よりもこの時間のほうが電話に出るからそうしてくれって言われて」
「あぁ、多分前バイトしてたときは、このくらいの時間にいつも仕事上がってたからだと思います」
「そうなの? 邪魔じゃなかった?ごめんなさいねぇ。 それに加えてうちのバカ息子と同居なんかさせてしまって。 迷惑じゃない?」
「あ、大丈夫です。大和といると楽しいし。 まぁ、少し騒がしいけど」
裏表のないあっけらかんとした人なので、そう言うと夜中にもかかわらずケラケラと笑う。
「あっはっは!ごめんねぇ〜、あの子の騒がしいのはお父さん譲りね。 にぎやかなのが好きでしょう、あの人も」
「そうですね」
大和の父親も人の集まっているところが好きな、ちょうど今の大和を少し落ち着かせたような明るいいい人で、子供の頃にはよく遊んでもらった記憶がある。
「ごめんなさいねぇ。 まぁ、デカいペットを飼ったとでも思ってこれからも仲良くしてやってね」
・・・デカいペットって。
けれど、そういう両親双方が明るい家庭で育ったから、大和はどこか憎めないヤツなのだろう。
「大和とは、元々仲良かったですから」
「ホントねぇ、うちにもよく遊びに来てくれたもんねぇ。」
「あ〜・・・はい。 そうですね」
「お父さんが『小学生でも、男には男の友情ってもんがあるな』って言ってね〜。 もう、すっかりウチではヒカルちゃんの株は上がりっぱなしよ!」
「いえ、そんな」
「ふふふ、そんなバカな息子だけどよろしくね。 たまには連絡よこせ!って言っといて」
「あ、はい。 ・・・でも今さっきあいつ携帯壊しちゃって」
「あらっ?それ本当?」
「はい。今、治せるかどうか他の人のところに聞きに言ってるんですけど、治ったら連絡させましょうか?」
「あ、いいのいいの! またさみしくなったらヒカルちゃんに連絡するわ、何だかそのほうが話早そう。 あの子もドジね〜。
じゃ、お邪魔してごめんなさいね、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
電話を切った後
(なんで俺に連絡するんだろう?すっかり俺は大和のお守り役になってるなぁ)
と思ったが、お母さんなりに少し遠慮があるのかな・・・とも思った。
今の大和のお母さんは、血の繋がったお母さんではない。
大和をこの世に産んだお母さんは、大和が小学3年になった春に交通事故で亡くなっている。
田舎道を我が物顔で走るトラックにはねられ即死で、病院に着いたときにはもう息がなかったという。
今のお母さんは元々子供が産めない人で、離婚して実家に戻ってきていたのを、女手がないし近所に住んでるならちょうどいいと家政婦さんがわりで大和の家に通っていたらしい。
決して新しいお母さん候補として呼ばれたわけではなかったようだが、それでも母親がなくなったばかりでふさぎ込んだり、そうかと思うと急に暴れたりして手のつけられない状態にまでなる大和の世話を一手に引き受け、
すっかり大和が心を許してなつくまで、誰に何を言われてもあきらめずにそばに居続けてくれたそうだ。
大和がすっかりなついて違和感がなくなってきた1年半後、お父さんと再婚し大和の新しいお母さんになった。
俺はその時まだ子供だったし、お母さんが事故で死んだこと、今いるのは新しいお母さんだということは知っていたけれど。
だけど今みたいにちゃんと事情が分かったのは大学に入って大和に説明してもらってからだった。
『だからな、ヒカル。 俺は後悔しないように生きるんだ。
今やりたいことやらなかったら死んじまうかもしんないんだぜ?
死んでしまったら、何にもない。 何にもないんだよ』
母親の死を小3だった大和がどうやって乗り越えたのかはわからない。
ただ、
『今やりたいことやらなかったら、死んじまうかもしれない』
は恐ろしいくらいポジティブな大和の口癖だった。
けれど、ヒカルはそれは何か違うのではないか、といつも感じていた。
やりたきゃ何でもいいってことではないだろう、と。
時々大和がヤケになって女の子をクドいているようにも見え、心配になったものだ。
でも大和風にいうと"今年、ツイてないことばっか"、でだいぶあいつも参っているみたいだし、
とにかく思いついたら何でもかんでもやっちゃう気質も少しは控えめになってきてるみたいだ。
仲山さんは、今まで大和が好きだった子の中では一番素直そうだ。
部屋にいたあの時は相当ビビってたけど、きっと本当の大和の性質も分かってくれるだろう。
(ちょっとだけ、悔しいけれど。うまくいくといいな)
ヒカルはそう思っていた。