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鞠 6

電気を消した暗い部屋の中でまたメールの着信音が鳴り響き、うとうとしかけていたけれど

「う〜〜ん・・・」

と寝っころがったまま頭の上の携帯を探した。
送り主は伊藤くん。早速返事をくれたみたいだ。


いやいや俺のほうこそ、急に怒鳴ったりして本当にごめん

それにしても、ゴミ親父キョーレツ!あんなん、そのへんの女の子だったら確実に大泣きだったはず。

それをあそこまで耐えた仲山さんはすげーよ!

正直惚れなおしました。

何度もこんなこと言ってるとどんどん真実味がなくなってくるかもしれないけど、俺は、本気だから。

もう寝ちゃったよね。夜遅くにごめん。明日も仕事、頑張ってください



本気・・・という文字を見つめながら。
伊藤くんのこと信じてもいいかも・・・、そんな気持ちになってきていた。

最初部屋に案内されたときはだまされそうで怖かったけれど、 逆に言えば女の子に慣れているからこそ、とても話しやすいのかもしれなかった。
一緒にいてちょっとした気遣いを感じるたびに頬が熱くなってきて、そういうのが彼にとっては大したことじゃないって分かっているのに、一人意識してドキドキしてしまう。

そういえば。
こんな風に仲良く話す前、お店で子供がちょっと泣いているだけで困って少しオロオロしてたことがあったっけ。
その時一緒に仕事をしていて、子供が好きなのかな、優しい人なんだなぁと思ったのを憶えている。

何より、今日怒鳴られた言葉は心に深く入り込んで、奥深くを揺さぶられていた。

『ちゃんと言いたいこと言い返して、ぶっ飛ばさなきゃダメだ!!』

それは、鞠がイジメを受けていたときにどうしてもできなかったことだった。
毎日家に帰って部屋で一人で泣くしかできなかった、あの頃。
もしあのとき伊藤くんがそばにいてくれたら・・・きっと、同じことを言ってくれてたのかな・・・?

伊藤くんといると、なんだか楽しい。

それまではあまり年齢の近いバイトの子と仲良くなったりしないようにしていたし、できずにいたのに。
昼間の時間帯にばかり働いている鞠が歳の近い子達と働くのは土日や学校が休みのときだけで限定されているのもあるけれど。
集団で責め立てられた記憶は苦すぎて、仲良くなるとまた同じことがおきてしまいそうで怖かった。
今はもうだいぶ慣れたが、女子ロッカー室でかしましい女の子たちに囲まれながら着替えるのは未だに緊張する。

それがなぜか、伊藤くんにはすんなりと溶け込めることが出来た。
とにかく話題が豊富で、鞠が知らない大学の話や夜のバイトのときの出来事を何でもおもしろおかしく話してくれる。
話しているときは彼の表情がくるくる変わって、見ているだけでも楽しい気持ちになってくる。
だからいつの間にか、鞠も自分から話をするようになっていた。

・・・もっといろんな話をしてみたい、人だな。


そんなことないよ。私は、すごい弱虫です。

でも、伊藤くんと話していると、自分がどんどん強くなれそうな気がして、楽しくて、うれしい

この間部屋に行ったときは、怖かったけど・・・

あのときは伊藤くんのことすごく怖い人と思ったけれど、今は、そうは思っていません。

もっと、話せたらいいな、って思ってます。また階段下、誘ってね ☆鞠☆



(これでよし)

送信して、携帯をまた充電器に戻すとようやく布団に入って眠りについた。



次の日の朝、携帯を見ても返事がなかった。
なんとなくさみしく感じつつもいつもどおりに出勤し制服に着替え、古くて立て付けが悪くなっているロッカーをバタン、と閉じた。

店頭に出てすぐに店長に手招きをされ、カウンター横の目立たないスペースに呼び寄せられた。

「昨日ごめんなぁ、怖い思いさせちゃって」
「いいえ、大丈夫です」

実際は店長の方がちょっと怖かったけれど・・・さすがにそれを言うのは悪いと思ったので、笑顔を作って返事をした。

「今度何かあったらあのオッサン必ず突き出してやるわ。もーいい加減ガマンの限界だ」
「う〜ん・・でもそれはそれで、可哀想な気がします」
「・・・鞠ちゃんは優しすぎるなぁ、もっと文句いっていいんだよ?」

・・・そうかなぁ。
でも、やっぱりそこまでするほど悪いことをされたとは思えない。

今日はパートの小山さんがレジ前にいてくれたので、集中して返却コーナーを片付けることが出来た。
なんだか今日ははかどるな〜、と少しすがすがしい気持ちになっていた。
帰り際、いつものようにレジ前を整頓していると、カウンター前に人が立った気配がしたので

「ありがとうございます!」

と顔を上げたら、・・・伊藤くんだ。

「あ、なんだ」

思わず笑顔になってそう言うと、彼はうれしそうに頬を緩めた。

「なんだ、ってそれだけ?せっかく顔見るために一時間も早く出勤してきたのに」
「え?それだけのために?」
「あ、いや・・・実はさ」

一旦言葉を止め、言いにくそうに顔をしかめた。

「携帯、水に落としちゃって使えなくなっちゃって」
「えぇ?!」
「もう最悪だよ。冗談抜きで俺はオハライに行きたい・・・一応今分解して乾かしてるんだけど、直るかどうか分かんないし」
「直らないの?」
「分かんない。水に浸かっただけなら大丈夫っては言われたんだけど」
「そうなんだ・・・」
「だからさ、昨日の夜メールしてたじゃん?水没直前に送ってもらったメール見れなくて。昨日、メールくれたでしょ?」

(それで返事がなかったんだ・・・。)

「あ、うん。送った」
「やっぱり!それ、見れなくってさ。大事なこと書いてあった?『私も好き♪』とか」

好き、のところをまるでハートマークをつけたかのように言う。

「もうっ。そんなの書いてないよ」

少し苦手に感じていたはずのそんな陽気な物言いが、鞠は結構好きになってきていた。

「な〜んだ、そっかぁ。んじゃまぁいいかな?あ、でね、携帯復活するまではここにメールしてくれる?
 学校にいるときならすぐ見れるから」

そう言って伊藤くんはメールアドレスが書かれた紙をぺらっと指先で弾きながら手渡してくれた。

「うん、わかった。わざわざありがとう」
「いえいえ、もうすぐ上がり?」
「うん」
「んじゃ、俺のバイト始まるまでまたしゃべってようよ。下で待ってる」
「うん、じゃまた後でね」
「ぉぅ、待ってるよ!」

(なんだ、あのメール、見てもらえなかったのか・・・)

すこし残念・・・かな。でも、まぁしかたないや。
少しだけ急いで仕事を終え、着替えて階段下へ降りていった。

 

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