「な、何言っちゃってんの!! プライド売っちゃ、ダメだよ!!」
俺は耐え切れなくて、気がつくと叫んでいた。
近くにいた客が驚いてこちらを振り返ってきたけれど構ってる余裕もなかった。
「え・・・?」
「今、あんましちゃんとよく聞こえなかったけど、すっごいバカにされてたろ??
あいつは、月一でここにゴミを置いてってエラそうにしているのだけが生き甲斐のキレた親父だよ?
そんな人生まともに歩いてないやつに、バカにされて悔しくないの??
我慢しちゃダメだろ! ちゃんと言いたいこと言い返して、ぶっ飛ばさなきゃダメだろ!!」
外仕事がちょうど終わり店内に戻ってきたところで、大和の大声にビックリした店長と社員1人が慌てたように寄ってきた。
そこには怒っている俺と、涙目の彼女。
「伊藤・・・! お前、鞠ちゃん泣かしたのか?!」
「へっっ??? ち、ちがっ、違うよ! 今、今出てったゴミ親父がさ!!」
「うるせぇてめえ! 言い訳無用だ! 休憩室に来いや!!」
「店長、違う、違います、私が勝手に泣いてただけで・・・ 伊藤くんは悪くないんです!」
「言い訳は休憩室で聞く! とりあえず鞠ちゃんは仕事場に戻る!」
「は、はい・・・」
こうして俺は(やっぱし店長、元ヤンかも・・・怖ぇぇ・・・)とビビりつつ、店長に首根っこを引っ張られ休憩室へと連れて行かれた。
そこで、全ての事情を話した。
仲山鞠から、ゴミ親父の話を聞いていたこと。
そこからつい、自分が調子に乗って彼女を笑わせてしまったこと。
彼女が、ゴミ親父にされた侮辱のこと。
店長は、全てを黙って聞いた後、タバコをふ〜っ、とふかして灰皿に灰を落とした。
「ま、お前らほっといて店外にいた俺らが一番悪いな。 すまなかった。 油断してた。
でもお前も悪いし鞠ちゃんも悪いわな。 うちの要注意人物だってコトは二人とも知ってたわけだし?」
「はい」
「あの人は黙ってりゃ害はないんだけど一個見つけるとそれはそれはうれしそうに突っ込んでくるからな・・・
まぁ、いい勉強になったろ? あぁいう変な客もいるってさ」
「・・・よく、わかりません」
「はぁ?」
「仲山さんはあんな風に泣いても、やっぱり黙って客としてゴミ親父を帰さなきゃならないんすか? 尊厳ってもんないんですか?」
店長は、タバコをくゆらせ、「・・・ない」と答えた。
「ないんですか?!」
落ち着いてたつもりだったのに、思わず声が荒立ってしまう。
それでもそれくらいじゃビビりもしないのか、表情も変えずにしら〜っとした顔で店長は続けた。
「接客業の人間はお客さんの日常や、日々の生活を壊さないように、そんで願わくばちょっと楽しくなるように接する。
これが本分だ。それが、どんな頭キレたオヤジでもな」
「・・・」
「俺らの尊厳は、そういう風な使い方はしないんだよ」
「・・・そうっすか」
「ん、何だ。意外に素直じゃねーの? もっと言い返してくるかと思ったのに」
面白そうにこちらを見つめるその視線に、だんだんと沸騰していた脳が落ち着いてくる。
店長の言うとおりだ。
彼女があのバカな親父に何を言われたのかは分からないし、それによってはバカ親父をブン殴ってもいい、とも思うけれど。
仕事中のこと、だったんだ。だから・・・
「いちいちキレてたら仕事にならない、っすよね」
店長は、へぇ、となぜか感心したように俺を見た。
そして、一拍置いたあと急にゲラゲラ笑い出した。
「ははははは!! そういうこと! お前やっぱ面白い。今日のことで俺はお前を完全に信用したわ」
「えっ、今まで信用してなかったんですか?」
信用されてないのは分かってたけど。
「だってお前何度か、上手いことサボってトイレでタバコ吸ってたろ? 特に夜のとき」
「う・・・」
表情はもうすっかり緩んでいる。
先ほどの怒りも治まったのか、いや、もしくは頭っから演技だったのか?
だとしたらかなり食えないオッサンだ、この人。
「おまけに鞠ちゃんに手出そうとしてるし〜?」
けれど、まるでこちらの考えを計ったかのようなそのセリフに俺は思いっきり動揺した。
「い、いや、それは・・・俺、いや僕、は本気で・・・」
「俺の目をごまかせると思うなよ〜」
ちくちょう、やられた。これじゃ口説いてたの認めたようなもんじゃん。
できるなら、まるで彼女の父親のような位置にいるこの人にだけはバレたくなかったのに・・・
けれどもう遅い。ここはもう開き直るしか道はなさそうだ。
「す、すみません・・・」
「でも、ま・・・お前みたいにズケズケ入り込んでくるような奴が、鞠ちゃんにはちょうどなのかも、ね」
「へ?」
「鞠ちゃんはさ、聞いたかもしんないけど、大事な預かり物なの、俺にとって」
「はい」
店長は一息つき、タバコに火をつけて話し始めた。
「あの子はね、俺の恩人の姪っ子さんなの。
俺が、どーしよ〜もなく荒れた生活してたときに、父親のように接してくれた人の、姪っ子。」
「あ、やっぱ、荒れてたんですか?」
「何だよ、文句あるかよ?」
ギロリと睨みつけてくる鋭い目には、充分その面影が残っていてちょっとビビった。
普段ただの情の篤い親父ヅラ(リーゼントだけど)してるのは演技か。やっぱ、食えねぇ・・・。
「いえ、ないっす」
「まぁ、今度それはヒマなときにゆっくり聞かせてやる、はっはっは」
「いや、いいっす・・・」
「な〜んだ、遠慮すんなよ。ま、それはいいんだけどさ。
とにかく俺はね、そのどうしよ〜〜〜〜もなく荒れた生活からようやく立ち直ってさ、しゃかりきで働いてさ、
何とかこの店任せてもらえることが決まったときにその人に会いに行ったんだ。
ありがとうございましたって。 おかげでいっぱしの社会人になれました、何かお礼をさせてください!って」
灰をとんとん、と灰皿に落としくわえ直す。
それから胸ポケットから出してきたショートピースを俺に勧める仕草。俺は首を振った。
なぜか、煙草をふかす気分にはなれなかった。
「その人は笑ってさ『んじゃぁ、何か見つかったらお知らせするよ』って。 冗談ぽく返された。
本気にされてねぇのかって思ったけど、そんでも俺は店の場所教えて、待ったね〜。 恩返しできるの待った。
ふ〜っ、とじっくり吐き出される煙。
誠実すぎるくらいのこの店長が、マジで長いこと待っていたんだ。それは、どれくらいの月日だったんだろう。
「そのうち店も何とか軌道に乗ってさ何年かたったときに、ふぃっとその人が来たんだ。
『ぉぅ、元気か? 頼みごと、見つかったから頼んでもいいか?』って。
横には、まだ16になったばっかの鞠ちゃんがおびえた目でこっち見てた。」
俺は黙って、店長の話を聞いていた。余計な相槌もロクに打てずにいた。
「その人が言うには、鞠ちゃんは中学でちょっとイジメにあってたらしい。
『もう学校はイヤだ、働きたいって言うんだよ。ここで働かせてやってくれる?』って」
「イジメ、られてたんすか・・・」
「まー、イジメっていっても、そんなにすごいキツイ感じではなかったみたいだし?
そんなことくらいで学校行かなくなるのかよ?勿体ねぇなって最初は思ったけどまぁそいつの人生じゃん?
俺が神経図太いだけかもしんないしさ」
リーゼントっぽく後ろに流された襟足をぽりぽりと掻く。
「高校なんて夜学でもいいわけだし、どうしても行かなきゃいけないもんでもないだろうってことで預かることにした。
ところが働かせてみるともう必死で食らいついてくるわけ、16の子が」
「・・・・」
「働いたこともなくってさ。周りはみ〜んな大人で。すっげー怖かったと思うんだ。
だって、俺からしたらちょっとイジメられたから学校やめたいっていうくらいの弱虫よ?
そんな子がさ、めちゃくちゃ踏ん張ってるの。 辞めるって一度も言わなかったね〜。」
俺は話を聞きながら、何とはなしに思い浮かべていた。
唇をぎゅっと引き結び、訳もわからないまま必死で働いている、今より幼い彼女の姿。
「俺は思ったんだ。あぁもう本当に学校には行きたくないんだなこの子、って。
それだったら、もう俺も根性すえてここで面倒みてやろう、と思ってさ。
せっかくここに来たんだ、俺が思ういい仕事っていうのをイチから教えてやろう、と。」
「・・・」
「だからあの子は見かけよりも根性があります。」
何故か突然敬語になって、店長はタバコをもみ消した。
「はい」
「俺が、叩き込んだからね。」
「そりゃ、相当っすね・・・」
本音がぽろっとこぼれ、しまったと思ったら店長は大爆笑。
「ははははは! まぁそんな子でも良けりゃ、クドいてみな」
「えっ?!」
「許す。 そのかわり傷モンにしたら承知しねーぞ、俺のバックには彼女のご両親もいるんだからな」
「は、はい!! ありがとございまっす!」
俺はいつの間にか頭を下げていた。
「ただ、アイツは根性ありすぎて我慢しすぎちゃうんだよな〜」
「はぁ・・・」
「苦しい、とか悲しい、とか言えないの。 人に相談したりできない」
そうかもしれない。
仕事で困っていても、あまり人に助けを求めず自分で解決しようとするところが、たまにある。
見かねて羽場さんやパートのおばちゃんなんかがさりげなく手を貸しているが、それがなければずっと一人でやっちまうんだろう。
彼女はそういう子なんだ。
「そこだけ気をつけてやって。 んじゃ話はここまで! あと1時間半、頑張って仕事してくれや」
「はい!」
「鞠ちゃんにも話聞こうと思ったけど、もういいや。お前からの話で充分だ。 鞠ちゃんにそう言っといて」
「はい」
レジ前に戻り、心配そうな顔をしていた彼女に微笑みかけ、
「大丈夫、店長全部分かってくれたから。 仕事しよ」
とだけ言い、仕事に戻った。
仕事が終わった後も
「長くなかった? どんな話だったの? 本当に伊藤くん大丈夫だった?」
と何の話があったのか聞きたそうにしている彼女をかわして俺はいったん部屋に戻り、車を置き研究室へと急いだ。
(16歳の、マリちゃんか・・・)
近所の自転車屋で、中古で5000円で買った通学用のママチャリをこぎながら、俺は思いをはせた。