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大和 3

あれから一週間の間、大和は仲山鞠に毎日メールを打った。

「ごめん、ヒカルに怒られたんだ。これからもうあんな風に急に誘ったりはしないから」
「おはよう、今日も天気だね! 俺は朝帰り。ずっと暗〜い研究室で、暗〜いヒカルと二人きりだったんだ〜最悪っ」

などなど、バリエーションに富んで返事がしやすそうなメールを心がけて、毎日打ち続けた。
彼女にとっては危ない所を助けてくれたヒーロー(であろう)、ヒカルのことはさぞかし好印象だっただろうと思い何かとヒカルのことを話題に出した。

そうしたら少しづつではあるが、打ち解けたメールが返ってくるようになって一週間後。
バイト上がり、俺は仲山鞠にたまには階段で話さない?と声をかけた。

彼女は一瞬困ったような顔をした。
だけどバイト上がり、仲間内同士で楽しそうに階段に腰掛けてしゃべってから帰るバイトの連中は他にもたくさんいたので 特に不安なことは起こらないよな、そう判断したのだろう、頷いて俺が持っていたジュースを受け取ってくれた。

「お疲れさま!」
「うん、お疲れさま。もうだいぶ慣れたでしょ?」
「いんや〜まだまだ! 夜のほうが慣れたかな〜。 入ってる回数多いし」
「そうだね、昼間ってやることが意外に細かいし」
「そうそう」

そんなたわいもない話から、彼女が次第に俺に心を許してきてくれている?と感じたのは、
彼女のほうから「『ゴミ親父』って夜のバイトのとき会ったことある?」と聞かれたからだった。
知らない、というと彼女は「変わった人なんだよ〜」と言ってその親父の話を始めた。

聞き終わった後、

「それってどー考えても自分の食べ残しじゃん?!」

と思わずでかい声で叫んでしまった。

(なんだそれ、そんな奴いんのかよ。このバイト先。やってらんねーな・・・)

彼女はでも平気そうに、

「うん、そうなんだけど月一だし、警察の人も話は聞いてくれるんだけど防ぎようがなくって、なんとなくそのままなの」
「マジで?!やってらんね〜!俺がいるとき、来たらどうしよ〜〜・・・ 俺、対応無理だって絶対」
「あはは、もし来たら私が対応するから大丈夫だよ。 丁寧に接してればそれ以上イヤなことはしないし」
「そんなもんなん? ・・・仲山さん、たくましいね」
「え、こんなの、仕事してたら普通じゃないの?」

きょとん、とした顔もなんだか以前より少し緊張がとけてる感じで、俺としてはありがたい。
この調子でどんどん仲良くなって、あわよくば・・・いや、絶対に彼女になっていただきたい!

「いや、俺は接客なんてここ初めてだからさ〜、わかんないよ」
「そうなの?すごく慣れてるように思ってた・・・ 前は何のバイトしてたの?」
「いろいろ。 コンサートの裏スタッフとか、工事現場で旗ふったりとか、引越しの手伝いとか。 1,2日で終わるバイトばっか」
「そうなんだ」

大きな目をくるんと丸くして「意外」と呟いた。

「俺、接客慣れてるように見える?」

それは、ここに来てから何度かされた会話の一つだった。
俺的には何もしているつもりはないのだが、俺の接客は"愛想が良く"見えるのだと、社員の人が教えてくれた。
『店長も誉めてたよ』とか言われまんざらではないけど自覚はまるでない。

(んな特別なことしてねーし・・・)

「うん、すごくハキハキしてるしすっかり慣れてるんだと思ってた。
 それに、伊藤くんが来てから私のところに女のお客さんが来なくなった気がするし、好感持たれてるんだなって」

確かに・・・ 自分でもそんな気がしていた。
昼間バイトに入っていると、やたら子持ちの主婦ばっかりが俺のほうに並ぶことがたまにあるのだ。
人の女、しかも結婚している女に手を出す趣味はないし、しかも隣には現在のターゲットがいるんだ。
忙しくてかなわないってだけで何の特にもならない。

「お、ヤキモチ?いいよ〜、俺の胸はいつでも仲山さんのためにあけてあるんだからさ。いつでもおいで〜!」

これを言うとまた顔赤くするのかな、と思いつつ軽口をたたいてみる。
すると意外なことに「もう、そんなことばっかり」とあどけない笑顔で返事を返してくるではないか。
でも、顔はまだ少し赤い。

(いいなぁ・・・可愛いよなぁ。すれてないし、マジいいわ)

内心、デレっとしてしまった。

こういう子が奥さんだったら、めちゃくちゃ幸せなんだろうなぁ・・・ 俺最近、癒しを求めてるのかも。
なんかわりとマジで仲良く話せるようになってきたし、今度またデート誘ってみようかなぁ。



その翌々週、また彼女と一緒のシフトで内心ほくそ笑んでいたのに、最悪の一日だった。
よく分からんが、店長が力を入れて大量注文したハリウッド映画の新作DVDが来たとかで店長も社員も外に出っぱなしで、 結局、俺と彼女だけでそのDVDの山を片付けながらせっせと仕事をこなしていた。

休憩もろくに取れず二人で黙々と作業をすすめていると、一人のよたった親父が近づいてきた。

「ぉぃ、そこの、カドのところにゴミ、落ちてたぞ」

すると、俺より早く彼女が動いて、

「あっ、はい、ありがとうございます!」

と何か紙くずを丸めたようなのをうやうやしく受け取ってお辞儀をした。
そしてその客がゆっくり立ち去るのを確認してから、顔を上げてふぅ、と小さくため息をつき作業へと戻る。

「・・・出た、あれが、ゴミ親父?」
「そう、あの人」

この間の会話を思い出したらしい彼女は小さくふふっ、と笑いながらそう言ってくれた。

「マジで・・・? 月一しか来ないんでしょ? 何で俺のいるときにくるのよ? 俺ってめっちゃアンラッキーボーイじゃない?」
「ふふふっ」

仕事しているときは滅多に見せてくれない貴重な笑顔。
それを2回連続で見た俺は、完全に調子に乗った。

「しかも今日何? この仕事の山! これだって月一かそれくらいのことでしょ? なんで俺が来るこの日なの?
 やっばい俺。今年マジで厄年ってやつかも! オハライしてもらわなきゃ幸運逃げちまうよ。 今から行ってきていい?」

わざと真面目な口調で言うと、クスクス、と可愛い笑い声を堪えながら、

「ダメだよ、仕事いっぱいあるもん」
「じゃあさ仲山さん、オハライしてよ!」
「できないよー」

なおもクスクス、と彼女は肩を揺らして笑っている。
その笑顔がもっと見たくて、たわいもないことでも笑ってもらえているのがすごくうれしくて。
次何を言って笑わそうか、と考えてたその時、

「お、お、おおおおお、お前ら、今、笑ってただろ?!」

と叫ぶ声がして、ハッと顔を上げると目の前に先ほどの「ゴミ親父」が立っていた。
顔を真っ赤にして、烈火のごとく怒っている。

すぐに彼女が

「仲間内で違う話で盛り上がってしまって・・・申し訳ありません」

と低姿勢でひたすら謝ったけどなかなか怒りがおさまらない。
そして、何を言ってるんだかも時々わからない。彼女はただひたすら「申し訳ございません!」を繰り返している。

大和はあまりの怒りっぷりに、やや唖然としていた。

(コイツ、頭、キレちゃってるな〜〜)

駅や、コンビニで通りすがりにこういうキレた奴を見かけることはあるけど客として扱うのは初めてのことだった。
頭を下げなきゃいけないのは分かるが、どうしても納得が行かず体が動かない。

そのうち、ゴミ親父の顔から怒りが消えニヤニヤし始めた。
そして彼女のほうに近づき、ブツブツつぶやいている。彼女は微動だにしない。お辞儀をしたままだ。
何を言っているのか全部は聞き取れなかったが、最後のセリフは聞き取れた。

「お前みたいな女がさ、さ、ははは、頭も悪い、程度も低い、へへ、どーっしようもないのがさ、いりゃぁいいんだよ・・・
 そしたらさ、さ、オトコはよ、よ・・・はは、はは、ははははははは!」

そう言ってフラフラと満足げに店外へ消えていった。
外からは呑気な、ありがとうございましたー、と店長の声がする。

(ありがとうございましたーじゃねぇよ! お前の大事なマリちゃんのことバカにしたんだぞ、ソイツは!)

と怒りに震えつつも、まだ頭を下げたままの彼女がかなり気になって声をかけた。

「な、仲山さん? 大丈夫?」

頭を下げたまま、動かなくなってしまった彼女の肩に手を置くとやっと、顔をあげてくれた。

(・・・泣いちゃってんじゃんかよ・・・)

目の端に、かすかだが涙がにじんでいる。
それでも彼女は笑ってみせて、俺にこう言った。


「ほら、丁寧にしてれば帰っていくでしょ。 こうしてれば、いいの」

 

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