「そ。サーフィンばっかしてて就職決まらなかった〜、って言ったら親がもう仕送りしてくれなくなってさ。
あそこは"ヒカルちゃんのご好意"で住まわせてもらってるんだ。 金払ってないの。だから居候!」
あれから、次の週が来て。
また一緒のシフトだ・・・と緊張していたけれど、伊藤くんはまったく気にすることなく「俺は諦めないからね〜」とだけ言った。
あんなことになったのに?どうして?
そう聞いた鞠に
「あれくらいで諦めるほうがどうかしてる」
と、あっさり言う伊藤くん。
すごく前向きな人みたいだ。口説かれてることも忘れて感心してしまう。
少し、見習わなきゃいけないかもしれない・・・。
その日もいつになく忙しかったが、レジ前にそれぞれ立ち新入荷のシールをDVDに貼り続けながら会話していた。
「・・・青木くん、とは仲良いの?」
「んー、元は小学校のときのダチなんだ。 中学、高校は別々で、大学入ったらまた再会したんだけど。 まービックリしたね。暗くなってて」
「暗くなってて?」
大人っぽくなってて、とか背が伸びてて、とかなら分かるけど。
鞠が分からなくて首をかしげると、伊藤くんは続けた。
「まぁね、小学校のときは悩みなんてないからね〜、いっつも二人でゲラゲラ笑ってさ、遊んでたんだけど。
あと確かに元々ハキハキしたヤツではなかったしわりと天然?なとこも多かったんだけどさ、
中学、高校で何かあったのかなぁ? なんかとにかくちょっと、暗くなってて最初はビビったよー。
まぁでも基本的にはやっぱ、気が合うんだよね〜。 あいつといると落ち着くし。何でも相談できるし」
ぺらぺらと話しながらも、手は休んでいない。
器用だなぁ、と思っていると背後から急に店長が二人の間に入ってきた。
「ん〜、青木の事か? あいつはマジメだし、おまえよりは余程役に立つ」
「そんなん俺だって知ってますよ」
「ははは、嘘だよ。 おまえもわりと覚え早いし助かってるよ」
「では、時給を・・・」
「この夏が終わったらな」
「マジで?!」
「ぁぁ、だから返却棚がパンパンになっている、10分で片付けろ」
「えーー?!!」
「つべこべ言わず、行け。 時給のことはちゃんと考えてるから」
「はぁぁぃ・・・」
伊藤くんが返却カウンターのほうへいったあと店長はつ、と真面目な顔に戻ってそれから、
「鞠ちゃん、伊藤と仲良くなったの? 大丈夫? アイツ手早そうだよ?」
とコソコソと耳打ちしてきた。
「あ、・・・実は、この間ちょっとヤバくて」
「言わんこっちゃない!大丈夫だったのか??」
"保護者"って、伊藤くんに言われるまで考えもしなかったけれど。
顔色を変えて心配そうにする店長を見ていると、確かにそうかも・・・と思えた。
「ごめんなさい。 でも、その時青木くん・・・が助けてくれたから大丈夫です。 もう誘いに乗らないし」
「まぁ、鞠ちゃんが伊藤のこと好きになったならそれは別にいいし、あんまり口挟みたくはないんだけど。
ご両親から頼まれてるからね〜」
あ、そういえば・・・。
ふと思い出して、気になっていたことを店長に聞いてみた。
「青木くんって人、私の家の場所とか厳しいとか知ってたんです。何ででしょう?」
「あぁ・・・。あいつは鞠ちゃんの次に長いんだよ、ここのバイト。 廊下ですれ違ったことくらいはあるだろ?」
「うん。あるかもと思ったけど・・・」
「だから知っててもおかしくはないよ。 俺か、他の社員のヤツが噂のついでに話したかもしれないしさ」
「でも家の場所まで知ってるって・・・」
「う〜ん、それはなぁ・・・」
「え?」
店長は周囲を見回して、内緒だけど、と言いながら小さい声で話し始めた。
「たぶん、バイトの住所録作るの手伝ってもらってたことあるからだと思うよ」
「住所録?」
「ほら、2、3年ほど前、なんだかんだとサボるやつがすっごい増えて、人手なくなってめちゃくちゃ困ったことがあったろ?」
「あ・・・うん」
そのことはよく覚えている。
冬休み期間で、お昼に入ってくれる予定のはずの人が突然こなかったりして、代わりの人もなかなかいなくて、
とにかくドタバタしていた時期だった。
休みの日を何度か呼び出され、返上して出てきたこともあった。
「サボったやつに電話するのにいちいち履歴書ペラペラすんのもうすっごい面倒で、電話しても出てこないし嫌気がさしちゃってさ。
だから、こっそり作ったんだ。緊急の住所録。
個人情報っていうの?最近ウルさいからさ、よくないとは思ったけど」
「そうなんですか・・・」
普通だったらとっくにサボった全員をクビにして新しいバイトを入れているだろうに、この店長はそんなことまでしてたのか・・・。
改めて、その面倒見の良さに驚く。
叔父に紹介されて入店したときから、幼くて頼りないマリを時には厳しく親身になって指導してくれた店長。
マリにだけじゃなく、他のバイトに対しても店長は"保護者"でいようとしているのかもしれない。
「あいつはまだ2年生くらいだったけど、すごく真面目だし会話こそ少ないけどかなり信用できるの分かったし。
だから手伝ってもらったんだ。
すごかったよー。履歴書にも載せてないような家や携帯の番号とかちゃんと調べてくれてさ。
おかげでサボりもほぼ壊滅できたし、結果的には助かったよ」
あの頃、店長はよく電話口で来ないバイトの子を叱り飛ばしていたな。
「お前なぁ、そんなサボって、俺が怒れば怒るほどサボって、気持ちいいのかよ?!
ふざけんなよ!! こんな程度の約束すら守れないようなヤツが、社会に出ていけるわけがないんだ!!
出て来い!! 何があっても出て来い!! 今すぐだ!!!!」
学生のバイトにそこまで求めなくても、という他の社員の声もあったが店長は耳を貸さず、
「俺の気がすまない」と言ってサボるバイト生たちに電話をかけ続けた。
そんな店長に後ろ足で砂をかけるようにやめていく人もいれば、「すみません」と言ってそれきりサボらなくなる人もいた。
「そうなんだ・・・それで」
「すまん、気になったか?」
「ううん、おかげで助かったし別に大丈夫です」
「そうか。ならいいんだけど」
そのとき、伊藤くんが選手宣誓のような格好をして返却棚の方から大声で叫んだ。
「店長!終わりました!」
「え?マジ・・・っておまえ、そこのダンボールの裏に隠れてるのは何だ?!」
「あ、バレました?」
「バレるわ!まだ半分じゃないか! 早く片付けろ!」
「あ〜い」 ニヤニヤしながらまた仕事に戻っていった。
「あいつもいいヤツなんだけどなぁ〜。 どっか飽き性っていうか、・・・どっか誠実さが足らん」
世話好きの店長はため息混じりにそういいながらも、伊藤くんを手伝うべく返却カウンターのほうへ歩いていった。
なんのかんの言っても、店長は最後まで誰のことも見捨てたりできないだろうな、と鞠は思う。
(伊藤くんのことも悪く言いながらも、結局は可愛がってる感じだもんね)