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鞠 4

その日は、本当に、本当に朝から立て込んでいた。

公開時に前評判も高くて、テレビでもよく宣伝されていたハリウッド映画の新作DVDがその日大量に入荷して。
それを宣伝するためのPOPや、お店の外に垂らす幕、立て看板なども同時に届いたので店長たちはそれを設置するのに真剣で、レジ前に人手が足りずせっかくきた新作DVDに"新入荷"のシールを貼るのも間に合わない。

なのに、まだかまだかとお客さんがこぞって催促してくる。
あまりに間に合わないので、問い合わせがあるそのたびに新入荷のシールを貼ってレンタルするという有様で、返却カウンターもごっちゃごちゃ、何をどこにおいたかまったく判別がつかないような状況になっていた。

鞠はもちろん、週一、しかも今月は隔週一しかこの時間帯には入っていないのにたまたまそこに当たってしまった不運な伊藤くんも、黙々と無言の作業が続いていた。

そこに、一人のお客さんが現れた。

「ぉぃ、そこの、カドのところにゴミ、落ちてたぞ」
「あっ、はい、ありがとうございます!」

あわてて折り紙か何かを丸めたような紙くずを受け取り、いつものように深々とお辞儀をした。
そしてその客がゆっくり立ち去るのを確認して、ため息をつきまた作業へと戻る。

横で伊藤くんがぽそっ、とつぶやいた。

「・・・出た。あれがゴミ親父?」

思わずクスッと笑ってしまいながら「そう、あの人」と鞠は言った。


どんなお店にも、名物のお客さんというのがいる。
大概はクレームをつけるのが趣味、というようなクレーマーばかりだが「ゴミ親父」はその中でもちょっと、風変わりな人物だった。

「ゴミ親父」は、本名は佐崎さんというらしい。
元々、まだここにレンタルショップが立つ前この土地を所有していたらしい。
けれどもう随分昔のうちにその権利は手放しているようで、店が立つ際に店長が会ったというこの土地を所有していたオーナーとは別人だという。

土地の契約も代金の支払いも何もかもは本社で行っていることなので、昔何があったかなんて店長はまったく預かり知らぬことなのだけれど。
佐崎さんはオープンしてしばらくしてから、店頭で仕事をしていた店長を捕まえて文句を言ってきた。
まったくスジの通らない、しかもあちこち飛ぶ話を整理すると、どうやら

『俺はこの土地をこんなものを立てるために売ったんじゃねー、返せ』

ということらしい。
それに対し店長はしばらく根気よく話を続け、本社の人も電話でいろいろ説明してくれてようやく納得はしたようだ。

けれど、佐崎さんはそれでは終わらなかった。

『元々俺はこの土地のオーナーだったんだから』

と言って、月に一度くらいやってきて店内の見回りをするのだ。
ゴミがおちてないか、子供がつまづいて危険なものはないか・・・
そして、先ほどのように何かしらゴミを持ってきて「ほれ」とカウンターにいる店員に渡しに来る。
けれど、そのゴミも元々店内にあったものではない、家から持ってきたようなゴミで受け取る店員の気持ちを萎えさせる。

先ほどのようにわざわざ折り紙を買って、クシャクシャに丸めたようなもの。
さっきまで自分が飲んでいた缶コーヒーの空き缶。
魚が入っていたような発泡スチロールのトレイ。しかも何枚も。
ひどいときは、コンビニ弁当の食べガラに箸を突っ込んでそのまま渡してくることも・・・

「それってどー考えても自分の食べ残しじゃん?!!!」

デートをした次の週、仕事終わりに従業員出入り口の階段でジュースを飲みながら、鞠はなんとなくその話を伊藤くんにしていた。

「うん。そうなんだけど月一だし警察の人も話は聞いてくれるんだけど、防ぎようがなくって。なんとなくそのままなの」
「マジで?!やってらんね〜!俺がいるとき、来たらどうしよ〜〜・・・俺、対応無理だって絶対」

あのデートから、彼は鞠が何で笑うのかを分かっているように大げさに振舞う。
そのときも多少オーバーに頭を抱えるのがなんだかおかしくて、鞠は声を上げて笑った。

「もし来たら、私が対応するから大丈夫だよ。 丁寧に接してればそれ以上イヤなことはしないし」
「そんなもんなん? 仲山さんってたくましいね」
「え、普通・・・じゃないの?」

常日頃から店長に『あんな客、こんな仕事してたらゴロゴロいるよ』と言われている鞠はそう聞き返した。

「いや。俺は接客なんてここ初めてだからさ〜、分かんないよ」
「そうなの? すごく慣れてるように思ってた・・・。 前は何のバイトしてたの?」
「いろいろ。 コンサートの裏スタッフとか、工事現場で旗ふったりとか、引越しの手伝いとか。 1,2日で終わるバイトばっか」
「そうなんだ」

そう言われれば、力仕事も似合ってしまいそうなしっかりした腕をしているな、と思う。
伊藤くんは自分に指を差して、少し意外なことを聞いてきた。

「俺、接客慣れてるように見える?」

(え、自分で気がついてなかったのかな・・・)

伊藤くんの接客態度は、他のバイトさん達のそれよりも優秀に見えた。
それは、いつも笑顔で対応できている、ということだけではなくて。
どんなにカウンター内に人がいなくてバタバタしていても態度が一定してて丁寧なままで、崩れたりしない。
忙しいとついおろそかになってしまうような、決まった挨拶やセールストークの言葉も常にきちんと話せている。

『ありゃ天性のモンだな。あいつは営業向きだわ』

簡単なことに見えても、意外と出来ないこと。
伊藤くんがいないときにそう店長が言ってたこともあるくらいで。

「うん、すっかり慣れてるんだと思ってた。
 それに伊藤くんがいると私のところに女の人のお客さんが来なくなる時があるし」

二人で並んでカウンターに立っていると、まるで線引きをしたかのように鞠のところには男性客、伊藤くんのところに女性客が並ぶことがたまにあって。
後で社員さんやパートの人達だ『吸い寄せられるみたいに並ぶよね』と笑って話していたりした。

「お、ヤキモチ? いいよ〜、俺の胸はいつでも仲山さんのためにあけてあるんだからさ。 いつでもおいで〜!」
「・・・もう。そんなことばっかり」

顔が赤くなるのは感じたけれど、彼のそのノリには随分慣れてきていた。

(なんだか、案外本当に練習台になってくれているのかもしれないな)

そう思っていた。
なんのかんのいって"イイ感じ"の空気が二人の間には流れ始めていたのだ。




そんな会話があった翌々週のことだったので、二人は仕事をしながらも肩を震わせクスクスと笑い続けていた。

「お、お、おおおおお、お前ら、今、笑ってただろ?!」

そうすると、目の前にまた「ゴミ親父」が立っていた。
顔を真っ赤にして、烈火のごとく怒っている。

(しまった!まだいたんだ!)

と思いつつもなるべく平静を装い頭を下げる。こういうときはただひたすら、謝るしかない。

「仲間内で違う話で盛り上がってしまって・・・申し訳ありません」
「な、な、あ、な、なんだと・・・仕事中だろががががが!!!!」
「申し訳ございません!」
「お前らみたいななななぁ、無礼なのがなぁぁ、日本をななななぁ・・・!!」
「申し訳ございません!」

低姿勢を崩さないように、顔は下げたままで謝り続ける。
伊藤くんは佐崎さんのあまりの逆上っぷりに唖然としているのか、頭を下げることすらできないでいる。
せめて自分だけでもと思い一生懸命謝っていると、そのうち佐崎さんの顔から怒りが消え、ニタニタした嫌な笑みに変わった。

「お前・・・ち、ち、中卒なんだってな? あ?な? 前、店長が言ってた、ぞ」
「・・・はい」

何故そんなことを・・・。
それでも頭を下げたまま返事をした。

「は、昔はな、皆そうだったんだよ。女なんて、て、学校なんていかなくって、て、よかったんだよ・・・ぉ、へへへ」
「・・・」
「お前みたいな女がさ、さ、ははは、頭も悪い、程度も低い、へへ、どーっしようもないのがさ、いりゃぁいいんだよ・・・
 そしたらさ、さ、オトコはよ、よ・・・はは、はは、ははははははは!」

そう言って、フラフラとまた店外へ消えていった。
ありがとうございましたー、と外から店長の声がする。

―――頭は、下がったままだった。

「な、仲山、さん?大丈夫?」

肩に手を置かれる。
心配されているのが手から伝わってくるようで、そろそろと顔をあげる。
案の定、不安げな瞳がそこにあった。

視界がほんの少しだけ涙でぼやけている。
けど、よかった我慢できた。鞠は伊藤くんに笑ってみせた。

「ほら、丁寧にしてれば、帰っていくでしょ。 こうしてれば、いいの」

 

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