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大和 19


大和・・・赤ちゃんができたよ。

3ヶ月だって。

今から会えますか?

とりあえず、大学まで行きます


電源をオンにし、一発目に届いたメール。
読んだ瞬間から、俺はもうそのことしか考えられなくなった。

(やったっ。やったっっ!!!!)

俺と鞠との子供。
俺と鞠との未来。

それは、俺が望んでいたもの、そのもの。
嬉しさとか興奮とか歓喜とか、全てがないまぜになった感覚そのままに俺は鞠に電話した。

「はい、もしもしっ」
「もしもし?!鞠??マジ??!」
「うん・・・今、病院行ってきたの」
「今どこにいんのっ?」
「大学の、近く…」

興奮そのままに、正門で待ち合わせることにして俺は電話を切った。
ダッシュで校舎を飛び出す。

(鞠、まり…、まりっ…!)

早く会いたい。抱きしめたい。
この喜びを、早く二人で分かち合いたい!

「先輩っ…!」

目の端に俺を呼ぶ女が写る。それも無視して構わす走った。
が相手は必死で追いすがってくる。

「先輩!これで最後にしますからっ…。お願いですっ、話を聞いてっ!」

悲鳴に近いような声から必死さが伝わってきて、相手が誰か分かった。
俺は、仕方なくスピードを緩める。
(…ったく何だよこんな時にっ…!)
スピードを緩め辺りを見れば、もう正門近くまで俺は来ていた。

「五十嵐。悪ぃけど今俺急いでんだよ、後にしてくれよっ」
「ゲホゲホゲホッ…すみませんっ…でも、どうしても、お願いしたいことがあるんですっ…」
「なに?なる早で頼むわ」

ゆるふわロングの髪が、俺を追いかけたためにぐっちゃぐちゃ。乱れに乱れている。
はぁはぁと荒い息を吐き、スカートも捲れあがって太ももまで見えてる。はっきり言って際どい。
そうまでして追いかけられていたかと思うと、逆に怖くなる。

「あの…ここで」
「…」
「ここで、キスしてもらえませんか?」

(はぁ?!)

「お前何言ってんの?」
「…変な事言ってるのは、分かってます、でもっ」

変な事通り越してトリッキーの域だ。
悩み過ぎて脳みそ沸騰していよいよおかしくなったのかコイツ。

「いろいろっ、色々考えたんですけどっ。…お二人の間に入ることは、出来ないなって思うんです」
「…」
「あの時、自分の想いは叶わないって。分ったんです。でも…認めたくなくって」

(認めたくなくて攻撃に転じるとか、マジで只のストーカーだと思うんだけど)

涙でアイラインも落ちかけてる、そんなことも構わずに訴えかけてくる。
元々可愛い見た目なだけにその落差はエグい。
けど、それくらい必死だっつーことは、分かった。

「私、今まで生きてて願いが叶わないってことなくて。それが当たり前だって思ってて」
「…」
「でも分ったんです。人の気持ちだけはどうにも出来ないってずっと、拓(たく)にもそう言われてたのに、やっと分ったんです」

拓…篠塚のことか。

「だから、ここで、キスしてくれたら。それで、諦めがつくと思うんです」
「お前ここ外だぞ…」
「だって、先輩がどんどん走って行っちゃうからっ。でも、これでもう会いに来ませんから」

そういうと五十嵐は少し無言になり、呼吸を整えているように見えた。

「…両親に。留学させるって言われました」
「…え」
「拓は事件にはしないって言ってくれたんですけど…
 父親にもう庇うつもりはない、自分がした事を自分で償えるようになれと、言われました」

そういうと、目に涙を浮かべた。
俺からしたら当然のセリフと思うが、彼女にとっては相当重かったようだ。

「一旦休学して、留学することになりました。いつ戻ってくるかも決めていません。
 だから…お願いです。一度だけ、キス、してもらえませんか?」

『可哀想なやつなんだ』篠塚の声が頭の中で響いた。

「…一回、だけだぞ」

こんな、苦いキスは後にも先にも、これだけだ。
まさか鞠が見てるなんて思いもせず、俺は五十嵐の要求に答えていた。




大和は研究発表が終わった後、もう一度電話をした。

「電源を切っておられるか電波が・・・」

つながらない。メールの返事もない。
もう、愛想つかされちまったか・・・。
力なく自転車を引っ張り出していると、大音量に設定していた鞠からの着信音が校舎の壁に反響するように鳴り響いた。
焦って落っことしそうになりながらも大和はすぐに出た。

「はい!!もしもし鞠っ??」
「大和・・・ごめん、電話出れなくて・・・メールの返事も・・・」
「んなことはいい!今日会えるよな??今どこにいるんだ??」
「病院・・・。あのね、話あるの。ここまで、迎えに来てもらってもいい?」

鞠の声には力がない。
風に吹かれたらそのまま飛んで行きそうなほどか細い。

「わかった。場所教えて」

それ以上は、大和は怖くて聞くことができなかった。
鞠が何を望んでいるのか。・・・聞きたくはない。けれど、聞かなければいけない・・・



大和は自転車で部屋に戻り、車に乗り換え鞠の言う病院へと向かった。
大学の近くの、個人でやっている産婦人科病院。
鞠はそのピンク色の玄関の前にうずくまって座っていた。

車を停め、「鞠・・・」声をかけると悲しげでうつろな表情がこちらを向いた。

顔色はないに等しくて、透けるような白い肌が今日はぞくっとするほど青白くみえる。
片側にまとめられた髪もほつれて、乱れたままだ。
それが大和が恐れている、"別れを告げる"ために悲しんでいるとかそんなレベルのことではないと気がつくことができたのは、
曲がりなりにも数ヶ月、鞠を真剣に好きでいたからだろうか。

「鞠・・・なにがあったんだ?」
「大和、ごめん」
車の走り抜ける音にかき消されそうな、鞠の声。

「どうした?」
「赤ちゃん、死んじゃったの・・・」
「え・・・」
「昨日の夜、流産して・・・、今日バイト行こうと思ったんだけど不安で、休んだの。それで今まで病院にいて・・・」
「・・・嘘だろ?」

鞠はかぶりを振った。涙が頬をつたう。

「ごめん、大和・・・」
「いや、謝らなくていい・・・謝らなくていいから。とりあえず、車に乗ろうか」
「・・・」

俺は鞠を車に乗せた。
助手席まで案内し、ドアを開けてやる。

「鞠・・・あのさ」
「なに?」
「話したいし、部屋行ってもいい?」
「いいよ・・・」

気合を入れなおし、車のエンジンをかけた。気を抜くと事故ってしまいそうだ。
運転中、鞠は窓の外を眺めたまま動かない。いつも車に乗るとき必ずしめるシートベルトもしていない。



部屋に上がっても、しばらくは話すこともせずお互いベッドに座り込んだまま、じっと肩を寄せ合った。
先に切り出したのはこちらからだった。

「あのさ…、言い訳を、聞いてくれる?」

鞠が、少し頷いた。

「お前から電話もらって、正門に向かって歩いてたら、その・・・、横から呼び止められてさ」

名前は出さなかった。
けれど、鞠の背筋にすぅっと緊張が走ったようなのが分かる。 

「あいつ、篠塚とヨリを戻そうかと考えてるけどどうしても踏ん切りがつかないから、
 『キスしてください。そうしたら諦められる』って言ってきて。
 断ったんだけど、なんか・・・。可哀想になってきてさ。それで、その・・・」
「かわいそう…か」

ぽつりと呟いた鞠の言葉にギク、っとしたが。
けれどその目は虚ろで何も映してはいない。
「ごめん。裏切ったことには変わりないと、思ってる。でも気持ちは何一つ動いてない。鞠が好きなんだ! だから・・・」

(お願いだ。行かないでくれ)

言葉にもならない。悲痛な声。
俺は相当情けない顔しているに違いない。だけどそんなことはもうどうでもよかった。

「もう、いいよ・・・。大和」

鞠が虚ろな瞳のまま、弱々しい笑みを浮かべた。
手のひらがこちらに向かって伸ばされて、俺の頬を撫でた。

「平気だよ。もう、分かったから。そんな顔しないで」
「鞠・・・」
「ビックリしたし、ショックだったけど、もう分ったから。大丈夫」

許された…?
許してくれるのか?

二度、三度と撫でられる頬。目じりの近くまで触れる指先。
いつの間にか俺はまた泣いていたらしい。

「よ、かったぁ…」
「…」
「もう、おれ、どうしたらいいかって。だめだったら、どうしようかって、そればっかりで」

鞠が小さな声で「うん、そうだね」と言った。

「もう、絶対こんなことしないから」

もう、本当に、絶対。
こんな思いはしないし、させない。
力強くそう誓ったけれど、鞠の返答はまだどこか遠くにいるような薄い反応だった。
「鞠・・・。じゃあ、子供のことは・・・」
けれど。聞かないわけにはいかなかった。

「・・・お医者さんは。これくらい小さいときに死んじゃうのは、赤ちゃん自身が弱いからなんだって言ってた・・・」
「なぁ・・・それ、本当か?」
「―――わかんないよ。私が無理して自転車で帰ったりしたからかもしれないし・・・」

それを聞いた大和の中に、薄黒い感情が芽生える。
あっという間にそれは心を闇に染め、やがて言ってはいけない言葉を口にさせた。

「それじゃ、俺のせいか?」
「え?」
「俺がお前を傷つけたりしなけりゃ・・・」
「大和、違うよ、そんなことないよ」
「だって!ショックで流産するってよくあるじゃねぇか!違うのか??」
「だから、本当のところは分かんないって」
「分かんないってなんだよ?!人死んでんだぞ?!理由がないなんてあんのかよ?!」

鞠は黙って。涙をひと筋頬にこぼした。

(あぁもう、何言ってんだ俺はっ…)

「ごめん…変なこと言った。忘れて」
「…」
「鞠・・・いいのか?お前はそれでも俺と一緒にいれるのか?」
「今、こんな気持ちだからこそいてほしいよ」
「でも、俺・・・もう」

お前をこんなに傷つけてしまって、自信がない。

そう言おうとしたけれど言葉にはならなかった。
大和のせいで傷ついて、大和以外どこにも寄りかかるところのない鞠をそんなふうには突き放せなかった。
そしてなにより、俺より、子供が亡くなるのを目の当たりにした鞠のほうが傷ついてるはずだった。

俺がしっかりしないと。
俺が、守ってやらなきゃいけない。

鞠を抱き寄せた。

「・・・一生離れない。ここに、いるから」
「うん・・・」

しがみ付いてきた鞠をただ抱きとめるしかできない。腕に力が入らない。
けれど鞠はそれでも、俺から離れようとはしなかった。

 

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