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鞠 24

※この話には女性にとって辛い表現があります。物語上必要な部分として描いていますので、心して読んでいただきたいと思います。


守れなかった。

自分の中にあった小さな命を、守ることが出来なかった。
最低―――。
私、最低のお母さんだ。ごめんね・・・ごめんね。

何度も、何度も。
心の中で、謝り続けた。


どれくらい。時間が経ったのかわからない。
着信とメールがあったことを知らせるライトブルーの点滅。誰からかは、見なくても分る。

明日、夕方5時すぎには体が空きます。そのときまた電話する。迎えに行くから、またメールをください。

言い訳するチャンスだけください。そして、子供のこともちゃんと話そう。

俺の気持ちは以前とまったく変わってない。鞠とじゃなきゃイヤだ。他の人生は今は考えられない



(大和・・・ごめん)

返信することが出来ず、画面を閉じた。

その夜は、眠れなかった。涙も出ない。
暗い天井が白々と明るくなり、眠れぬまま朝を向かえた。
朝食も食べられず、母親に

「大丈夫なの?昨日もほとんど食べてなかったじゃない?熱でもあるんじゃないの?休んだほうがいいんじゃない?」

と言われながらバイトに向かった。
家にいるのはつらくて、早めに出た。自転車も何かこぎ辛くて引いて歩いていく。

駐輪場に自転車を停めた。
開店前の店の周囲をほうきで掃き清めていた店長が声をかけてきてくれる。

「おはよ〜!・・・ん?顔色悪いぞ?大丈夫か?」
「・・・店長・・・。今日、お休みもらってもいいですか?」
「え?・・・いいけど、なんかあったの?」

心配されることが、今はただ申し訳なく感じる。

「朝から、体調悪くて・・・病院、行きます」
「おぅ、分かった。一人で行けるか?まさか自転車で行く気か?」
「…はい」
「無理すんなよ!そんなこと出来る顔色じゃねぇぞ!送ってってやろうか?」
「いえっ、あのっ、一人で…行きたいんです」

一瞬の、沈黙。
(店長、ごめんなさい。でも、こんなこととても言えない)
ただ下を向き、じっと黙り込む鞠を店長はしばらく見つめて、考えているようだった。
ふっ、と短く息を吐く。

「…分った。ならタクシーで行くといい。呼ぶから待ってて」

携帯を取り出しどこかに電話をし始める。

「あー、もしもし?すんません、一台お願いします。病人なので急ぎで頼みますわ。場所は・・・」

程なくして、緑とオレンジのラインが入ったタクシーが駐車場に滑り込んできた。
そして「とりあえず先払い、行先はこの子に聞いてもらえますか?」と言って2000円を運転手さんに渡す。

「店長、ありがとうございます」
「うん。無理、すんなよ」

気づかわしげな瞳が、鞠の心を余計に苦しくさせる。

「お嬢さん、どこまで行くの?」
「と、とりあえず、ここ右に出てもらえますか?」
「あいよ」

見送ってくれる店長が遠くなってから、マリは行き先を告げた。
「○○大学の近くの、△産婦人科まで、お願いします」
運転手はこちらをチラリと見やった後「分かりました〜」と言って病院に向かった。



病院での記憶はあまりない。
事情を説明し内診を受けるとすぐに手術台に上らされ、麻酔をかけられた。
「まだ中に少し残っているから、かき出します」
そういう説明だけが遠くのほうで聞こえ、あとは眠ってしまった。

鞠は、窮屈な簡易ベッドで、まるまる5時間ほど眠っていたらしい。
若い看護婦さんに起こされたときには、時計は2時半過ぎを指していた。

「お疲れだったのね。ぐっすり眠ってたからなかなか起こせなくて。誰かお迎えにきてくれる人はいる?ご家族とか」
「あの、家族には・・・」
「こちらからは一切連絡してないわ。一度聞いてからがいいかなと思って」
「ありがとうございます、あの・・・5時まで、いさせてもらってもかまいませんか?」
「えぇ、このベッドでよかったらまだ寝てても大丈夫よ」
「あの・・・お金って・・・」
「手持ちがなければ、また明日にでも持ってきてもらってかまわないから。受付でいくらか聞いて帰ってね」
「はい」

その後先生が直接部屋に来てくれ、多分来月には生理が再開するだろうということ、
初期はどうしても流産しやすい、しかし子供ができなくなったわけではないのだから気落ちをしないようにと告げマリの肩を優しくたたいた。

「ご家族には、言わないのかな?」
「・・・はい」
「分かりました。じゃあ、迎えが来るまで寝てもらっててかまわないから。ゆっくり休んでいって」

なるべくなら明日も安静にしていたほうがいいよ、そう言われた。
(嘘ついたままで家で寝てられるかな・・・自信ない)
それに、今はそれより、大和だ。どうやって説明したらいいんだろう。
きっと悲しむに違いないし、落ち込むに違いない。あんなに喜んでくれたのに・・・

考えても考えても、いい言葉は思いつかった。
そのうち時計が5時ちょうどのチャイムをならし、マリは恐る恐る身を起こし、着替えた。
看護婦さんたちにお礼をいい、受付で金額を聞き外へ出た。


鞄から携帯を取り出し、電源をオンにする。
着信を見ると、5時ピッタリに大和からかかっている。
胸が痛んだ。昨日の夜からまったく返事をしていない。不安にさせているに違いなかった。
その画面のまま、通話ボタンを押す。

プップップッ・・・プルルルル・・・プルルルル・・・プルル・・・

「はい!!もしもし鞠っ??」

大和の、心配そうな声が耳元に響く。マリは申し訳ないのと、安心とで泣きそうになるのをこらえながら、

「大和・・・ごめん、電話出れなくて・・・メールの返事も・・・」
「んなことはいい!今日会えるよな??今どこにいるんだ??」
「病院・・・。あのね、話あるの。ここまで、迎えに来てもらってもいい?」

声に力が入らない。
元気なフリをしたいのに、それをやりとげる気力もない。

「わかった。場所教えて」
大和が何かを感じ取ったように、詳しいことは一切聞かずに病院の場所だけを聞いて
「15分くらいで行けると思うから」と電話を切った。




「鞠・・・」

声をかけられるまで、鞠は病院の玄関に下を向いてうずくまって座っていて、何も見ていなかった。
「なにがあったんだ?」
病院の前、血の気のない鞠の顔。
ただ事ではないのを感じるのか、大和は神妙な面持ちで聞いてくる。

「大和、ごめん・・・」
「どうした?」
「赤ちゃん、死んじゃった・・・」
「え・・・」

大和の顔色が変わる。

「昨日の夜、家で流産して・・・、今日バイト行こうと思ったんだけど不安で、休んだの。それで今まで病院にいて・・・」
「・・・嘘だろ?」

ショックを受けた表情。
堪えきれずにこぼれた涙が両頬を伝う。

「ごめん、大和・・・」
「いや謝らなくていい・・・泣かなくても、いいから。とりあえず車に乗ろう?」

車に乗せてもらい、部屋に向かう。
車中でもほとんど話さず、部屋に入ってもベッドに座り、お互いの肩にもたれあうようにしたまま、しばらく話せずにいた。

「あのさ・・・」

口火を切ったのは、大和からだった。

「…うん」
「昨日のことなんだけど・・・」
「・・・」

そう言われただけで、あのシーンが脳裏に蘇り胸が苦しくなった。

「言い訳を聞いてくれる?」
「・・・うん」

大和は鞠が見たままの状況を説明し「彼女が可哀想だったから」と、言った。

「かわいそう、か…」

そう呟いたマリに、大和は言葉を詰まらせた。
「ごめん。裏切ったことには変わりないと思ってる。でも、気持ちは何一つ動いてない。鞠が好きなんだ!だから・・・」
大和は、責められたと思ったのかもしれない。ずっと、しきりに謝り、必死に訴えてくる。
けれどどんな説明より言葉よりも、鞠との別れを怖がる大和の気持のほうが先に心にズキズキと伝わってきて、それが苦しくて堪らない。

鞠は頑張って微笑んだ。きっと、弱々しく映っているに違いない笑顔。
手を伸ばし、今にも泣いてしまいそうな大和の頬をなでた。

「平気だよ。もう、分かったから。そんな顔しないで」
「鞠・・・」
「ビックリしたし、ショックだったけど、もう分ったから。大丈夫」

明らかに、大和から力が抜けた。
「よ、かったぁ・・・・」

もう、おれ、どうしたらいいかって。
だめだったら、どうしようかって、そればっかりで。

「もう、絶対こんなことしないから」

そう締めくくった大和に、鞠はただ頷き返した。
場の空気が少し和らぐ。それでも、話は触れたくない本題に入っていく。

「じゃあ、子供のことは・・・子供は、なんで・・・死んじゃったんだ?」
鞠が、とぎれとぎれに、お医者さんから言われたままの説明をすると、大和が苦渋の表情を浮かべてポツリとつぶやいた。

「それじゃ、俺のせいか?」
「大和?」
「俺がお前を傷つけたりしなけりゃ・・・」
「大和、違うよ、そんなことないよ」
「だって!ショックで流産するってよくあるじゃねぇか!違うのか??」
「だから、本当のところは分かんないって」
「分かんないってなんだよ?!人死んでんだぞ?!理由がないなんてあんのかよ?!」

大和の目にはうっすら涙が浮かんでいる。
鞠はそれ以上何も言えなくなり、ただ涙だけが頬を伝う。
「鞠・・・いいのか?お前はそれでも俺と一緒にいれるのか?」
意味が分からない。そう思った。
今、大和がいなくなったら立ってもいられないのに、なぜそんなことを聞くの?

(大和だって・・・同じじゃないの?)

「今、こんな気持ちだからこそいてほしいよ」
「でも、俺・・・もう」

大和は下を向いた。
堅く握られた拳が震えているように感じたのは気のせいだろうか。
そして急に、鞠の肩を抱き寄せた。

「・・・一生離れない。ここに、いるから」
「うん・・・」

大和に抱きついた。
大和は鞠の体を抱きとめるのが精一杯のように、抱きしめる力も弱くてどこか苦しそうにしている。
けれど、それでもよかった。

今、ここに大和がいてくれればそれでいい。他には何もいらない。これ以上、何も失いたくない。

神様、お願い。このままで、いさせて・・・。

 

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