鞠 25
さっき、明日が試験と聞きました。突然であがってると思うんだけど、がんばってね
あとこの間不安がってた話だけど、大和は鞠ちゃん以外の子に気持ちがいってるとかではないみたいだよ。
やっぱり・・・子供のこと傷ついているみたいだ。あと、鞠ちゃんを傷つけたことも。これが大きいみたい。
もう少し気長に待ってやって。今にいつもの大和に戻るよ。では、おやすみなさい。
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ヒカルからのメールを眺め、鞠はため息をついた。
大和は、あれ以来鞠を引き寄せて抱きしめることをしなくなった。
以前はしつこいほどあったキスもほとんどない。
こちらから抱きつくときだけ、困ったように抱きとめてくれる。
しばらく髪をなでてくれるが、そのうち「ちょっとタバコ吸うわ」などといって逃げてしまう。
子供のことは二人の責任なのだから一人で背負い込まないでほしい。
けれど何度そう言っても、大和の心には上手く届かない。そのことがとても鞠にはもどかしかった。
それだけ、大和にとっては悔しくて悲しくて仕方のないことなのかもしれない。
そう思うと、そこに触れることで大和を余計に追いつめてしまうのでは、とも思えてそれ以上何も言う事が出来ずにいた。
けれど愛情がなくなったわけではない…と、思う。
それは言葉の端々にも、態度にも表れている。
相変わらず優しいし何かのキッカケで鞠が笑うと、隣で嬉しそうに微笑んでいる。
そんな些細なことだけが、今は大和を信じる柱のようなものになっている。
(どうしたら、いいんだろう)
子供のことは、二人以外にはヒカルしか知らなかった。
だから相談はもっぱらヒカルにしてしまうのだが、最近抱きしめてくれなくなったとは言い辛い。
もうすぐ、大和は地元に帰ってしまう。そうすると今のように頻繁には会えなくなる。
けどこのままで離れてしまうと二人をつなぐ細い糸がプツリ、と切れてしまいそうな気がして心配だった。
どんなに以前と違っていたとしても、大和がいなくなるのは到底耐えられない。
(もし専門学校が受からなくても、大和がいてくれるならそれでもいい)
鞠は大和がくれたチャーミーを見ながら、そんなことを思うのだった。
「はい、試験はこれで終了です。お疲れさまでした。結果は追ってご自宅に郵送しますのでお待ちください」
(ふ〜っ。思ってたより問題簡単だったな。よかったあ)
面接も緊張したけれどそれほど難しいことは聞かれなかったし、なんとかなるかも。
時間は4時半だった。
お昼メールしたから、大和、もう迎えに来てくれてるかな?
「どうだった?」
廊下を歩いていると、同じ試験を受けた女の子が追いかけてきて声をかけてきてくれる。
テスト前ずっと二人で問題の出し合いっこをして勉強していたのだ。
「何とかなりそう」
「うわ、すごい! 私ヤバいかも・・・どうしよぉ」
「大丈夫だよ〜、テスト前に出してくれてた問題けっこう出てたもの。すごく助かっちゃった。二人で通えたらいいな」
鞠はそういって笑い、ナミちゃんというその女の子と別れ学校の門を抜けた。
大和の青い車が、ハザードをたいて対向車線に停まっているのを見つけ、運転席に手を振った。
窓を開けてタバコを吸っていた大和がこちらに気付き、微笑んだ。
車に乗り込むなり「どうだったよ?」と聞いてくる大和に、マリは黙ってピースサインを出した。
「お、余裕〜」
「結果はまだだけど、多分大丈夫」
「そうか、よかったな」
「大和のおかげだよ」
車を走らせながら、大和がこちらをチラッとみて笑った。
久しぶりに見るやんちゃな笑顔が鞠の心をときめかせた。
「お前、変わったなぁ」
「え?」
「初めて見たときはもっと暗い感じだったけど、明るくなったし強くなったな」
「・・・いや?」
「は?」
「変わったら、イヤになった?」
心が離れてるわけではないと分かっているのに、度々鞠はこんな質問を大和にしていた。
「イヤじゃねぇよ」変な奴だな。それだけ言って、大和は前を向いた。
「時間あるし久しぶりに海でも見に行くか?」
「あ、うん。行きたい!」
鞠がそういうと、大和は安心したように見えた。
「実家帰ったらしばらく拝めなくなるからな〜」
「・・・明後日だね、帰るの」
「おう」
仕方ないだろ〜。働かなきゃ誰も貢いでくれねぇし。
そんな風におどけて言う大和こそ、寂し気に見える。
「お前、一人暮らしになったら車もらうんだろ?」
「あ、そう。お姉ちゃんのお古」
「お前が免許持ってたなんて、俺は未だに信じられないけど」
「もう、そればっかり。今まで車持ってなかったから運転してなかっただけだよ」
「運転慣れたらこっちにも来いよ。 おふくろも親父も待ってる。てか俺が帰るよりぜってー喜ぶ」
「うん。大和も、来てくれるよね?」
「あぁ」
大和の優しい微笑みに安心して、携帯を取り出してメールを打ちはじめた。
ヒカルから「試験どうですか?」というメールが来ていたので「大丈夫そう」と返信をする。
「誰からのメール?」
「ん?ヒカルくんだよ」
「…え。お前らメールし合ってたの?」
(あ、しまった・・・)
「黙ってて、ごめん・・・。篠塚くんがケガしたときにメールもらって、それ以来メル友してて・・・」
「ふ〜ん…」
烈火のごとく怒られると覚悟した鞠は、大和からの気の抜けた返事に拍子抜けした。
「そうか・・・それで電話番号も知ってたのか。ちょっと不思議に思ってたんだ」
「ごめんなさい」
「いや。どうせヒカルが『大和がヤキモチ妬くから』とかって口止めしてたんだろ?」
「…なんで分かるの?」
「あいつらしいもん」
そう言って大和はアクセルをふかした。
海についても、どことなく会話もなくてよそよそしい雰囲気。
砂浜に腰掛けて、そっと大和の手の中に自分の手を滑り込ませる。前を向いたままの大和の横顔を見つめた。
「怒っ、てる?」
「なにが?」
「メールのこと・・・」
ぎゅっ。繋がれた手が、きつく握られた。
「怒ってる。鞠にじゃなくてヒカルに。一言言やいいのに。 隠されるほうが余計イヤだっつの、そんなの」
「私、もう伝わってると思ってた・・・ごめん」
「だからなんでお前が謝るの?」
「だって・・・」
力を込めて握られた右手が、少し痛い。
でも、痛いから緩めてと言えない。
「・・・なぁ、どういう内容?メールの内容」
「え・・・。マンガのこととか、その・・・大和のこととか」
特にやましいことはないのに、大和の口調が低くて返事がとぎれとぎれになる。
「俺のこと?」
「いろいろ、相談してたの。話しやすくて・・・お兄ちゃん、みたいだったから」
大和の片眉がきゅっと上がる。
不機嫌そうな表情に、気持ちが一層ひるんだ。
「あいつから何か、言われたことない?相談とか頼まれ事とか」
「ううん、全然。いつも私からばっかりで。あ、でも・・・そういえば」
話したいことがあるからって電話番号を聞かれたの。でも電話もらった日ちょうど子供できたって分かった日で・・・
結局何の話だったのか聞けなくて・・・大和、知ってるの?」
「…いいや、知らねぇけど?」
そうだ。結局あの話もそのままになってた。
けれどそれ以上を考える前に、大和が低い声で問いかけてきた。
「・・・・・・鞠、ラブホ行こうか?」
「えっ?そんな、急に・・・」
「生理か?」
「ううん、違うけど・・・」
「まだしちゃいけない時期か?」
「ううん、多分もう大丈夫」
「んじゃ、行こうか」
まだ来て10分もたってないのに、大和はさっさと立ち上がり砂を払った。
鞠の手を引き、車へとスタスタ歩いていく。
その強引さはいつも大和がヤキモチを妬いたときに見せるものだった。
顔は見えないが、きっとまた怖い表情をしているのだろう。
(でも、今日は・・・)
それでもいい、そう思った。
なんでもいい、・・・抱いて欲しかった。
大和が自分を求めてくれたこと、痛いほど強く握られた手の感触すら、嬉しかった。
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