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大和 18

鞠の「好き」を聞くと少し元気が出る。
ちょっと恥ずかしそうに言うのはいつものこと。
鞠が俺にハッキリ「好き」といったのは俺が嫉妬に狂って鞠を乱暴に扱ったときだけだ。
その言い方にはダダをこねる子供をなだめるような、言い含めるような調子も少しあって、
普段何をするにも決めるのは大和のほうが多いが、そのときだけは鞠の芯の強さみたいなものを感じる。
結局甘えてるのは自分のような気がしてくるのだ。

「んあ〜!!もちょっと、やるかな〜〜」

腰かけていたところから勢いをつけて立ち上がり、眠気さましに缶コーヒーを買いにいった。
もう何杯も飲んでいるから多分効果なんかないんだけど・・・。

自販機の前につくと、先にヒカルが来ていてコーヒーを買っていた。
ヒカルはしばらく家に帰っていないのかちょっと臭う。せっかくカットしてもらった髪も伸び放題で元のもくあみ。
そんな俺も3日ほど部屋には戻ってない。お互い学校に住んでる状態だ。

「大和。どう?」
「う〜〜ん、もうあと一押し。お前は?」
「だいぶ落ち着いたよ。手伝おうか?」
「余裕だな〜・・・うらやましいわ」

つかヒカルの場合はずっと余裕だった感じに見えた。
けれどここ3日ほど泊まり込んでいるところをみると、それなりに追いつめられてはいたのかもしれない。

「あーーー、眠さでどうにかなりそうだわ」

欠伸も通り越して、もはや究極に身体がだるい。
両腕を上げ大きく伸びをした俺に、ヒカルが言った。

「ちょっと、いい? 相談、あるんだけど」
「おう、いいぞ」

外からの街灯の光がちょうど逆光になって、相談がある、と言ったヒカルの表情は読めない。
こちらも深く聞くことはせず、とりあえず近くのベンチに腰掛けた。
ヒカルが俺に缶コーヒーを手渡してくる。

「お、さんきゅ。どしたぁ?」

緊張している横顔、やがて決心したように口を開く。

「・・・院を中断して、留学するかもしれない」
「どこに?」
「まだ分からないけど多分、メルボルン。海外研究員に選ばれそうなんだ」
「すげ〜じゃん!」
「実は、教授の勧めで前から希望は出してたんだ。まだ確定ではないけど、通ったみたいで」

二人の通う大学は初代の学長の方針とかで、海外の大学への長期留学や院への入学、研究員派遣を積極的に行っている学校だ。
実際に海外から受験してきた帰国子女やバイリンガルがけっこういたりして、大和は見学に来たときにその解放的な空気にひかれてこの大学に入学した。

積極的とはいえ海外研究員はかなりの狭き門だ。書類審査や試験、今回の研究発表も対象に入っているはずだ。
だが元々研究好きで真面目で、教授たちからの信頼も篤いヒカルだから、決定前にそんな話が来ていてもうなずける。

「お前、何を悩むことがあるの?行きたくねぇの?」
「いや、行きたい。行ってみたいよ。すごくワクワクしてる」
「じゃあいいじゃんかよ」
「・・・」

ヒカルは黙って自分の手元を見た。手には携帯。ついてるストラップは、鞠と同じワンピースのルフィ・・・・。

(やっぱり、か)

俺は、一瞬カッとなりかけた。
嫉妬と、よく分からない感情が俺の中を駆ける。胸の中が焼け焦げたような感じで、口内が苦い。

けれど出た言葉はそれとは正反対のものだった。

「告白すれば?」
「・・・・・・えっ?」

俯いていた顔を上げる。
意表を突かれたようだ。そりゃ、そうだよな。

「俺に聞くまでもない。鞠が決めることだから、告白してすっきりしてから日本を去れ」
「・・・」
「お前は分かりやす過ぎるんだよ。最初っからそうだったじゃねーか。言えねぇでウジウジしてっから俺にかっさらわれたんだろ。
 そんなことくらいでそのデカイ話を悩んでるんなら、とっとと言っちまえよ」

下を向いて携帯を両手に握りしめ、俺の言うことを黙って聞いている。
そのままの姿勢から、呟くような低い声が漏れた。

「・・・嫌じゃないのか?」

俺は即答した。

「嫌だ」

ため息にも似た、息混じりの声で「じゃあ、なんで・・・」という返事に対し、俺は深呼吸をひとつした。
今にも爆ぜそうな感情を抑えつける。

(冷静でいろ、俺。)

「鞠が、決めることだからな。俺がどんなに嫌でも選ぶのは鞠だ。
 いちいち相談してくんじゃねーよ。告白できねぇように今すぐ箱につめてメルボルンに送っちまうぞ」
「・・・」

ヒカルの顔は、見なかった。
前を向いたままで俺は続ける。

「自信はあるぞ。あいつは今までの女とは違う。別格だ。ありえないくらい俺はあいつを大事にしてる。
 お前の甘ちょろい気遣いなんか、それに比べりゃ・・・」
「そうだね」

素直にヒカルが頷いた。

(呑気に頷いてんじゃねぇよ馬鹿)

「でも」

(お人よしめ。俺の深層心理、少しは気がつけ)

これだけは。
ヒカルを見て言う。そう決めていた。

「俺は、ぶっちゃけ、お前が怖ぇ。お前には、いつもどっか負ける気がしてる」

ヒカルはきょとん、とした。
そして苦笑い。そんなわけないじゃん、って感じ。

「大和・・・それは俺のセリフだよ?いつだって大和は俺よりすごい」
「いーや!俺はお前が怖いんだよ、どーしようもなくな」

そう言うと俺は立ち上がり、缶コーヒーを飲み干した。

「コーヒーごち。これ以上聞くと寝不足と嫉妬がブレンドされて暴れたくなるわ。あとは自分で考えろ」
「・・・ありがとう、大和」
「お前はお人よしすぎるんだよ。お揃いストラップくらいで萌えてんじゃねぇよ」
「・・・う」



ヒカルの図星をついてやったところでその場を立ち去り、頭を冷やそうと外へ出た。
タバコに火をつけ煙を夜風に流す。
キン、と冷えた冬の空気が、寝不足の脳味噌には心地いい。

(ついに来たか・・・)

予想はしてた。いつか、こんな感じのことが来ると思ってた。
そうなったら嫉妬で荒れ狂うかもしれないと思ってたけど、何とか自分を抑えることができた。

(あ〜あ、あんな強気に出て、取られちゃったらどーすんだろ、俺)

泣くにも泣けないな。そんときこそ暴れてやろうかな・・・。
脳裏に鞠の顔が浮かんだ。あいつ、そんなことしたらまた泣くんだろうな・・・。

(会いてぇ・・・あと、3週間くらいの辛抱かぁ)

会っても触る元気もない、かも。それでも、鞠に会いたかった。

 

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