(あー、言っちゃった。とうとう言っちゃったわ、俺)
「なんで急にあんなこと・・・」
「あんなことって言うなよ」
「だって全然聞いてなかった。私にだって気持ちの準備があるよ」
「だから、今すぐじゃないからさ。いつか、このまま付き合っていけたらそうなりたいなって話だよ」
「あんなトーンで言われたら動揺するよ、お父さんもお母さんもビックリしちゃってたじゃない」
「それは申し訳なかったけどさ・・・、鞠は、俺と結婚するのはイヤか?」
せっかくの決意。
鞠が嫌がることはまったく計算に入ってなかった。
ただ報告の順番が逆になっちまって、一瞬マズいかなとは感じたけど。
「・・・イヤじゃないよ。でも、今すぐは・・・」
受話器の向こうで、困ったような気配。
「・・・専門学校、行こうかなって考えてて」
「専門学校って何の?」
唐突過ぎて、一瞬結婚を避けるための言い訳なのか?と思ったけど。
「調理師の、学校。料理とかお菓子作るの好きだし、夜学行くより、やりがいがあるかなって・・・」
「……」
"中卒のフリーター"のままではいたくない。
そんな感じの事を、前に一度相談されたことがある。
"今のままではいけないと思ってるの、だけど、何かしたいわけじゃないし、あやふやで自分が嫌になるの"
周囲に甘えてる気がする、こんなままでは良くないと思う。
そんなセリフを繰り返すのが、いかにも鞠らしくて不謹慎にも腹ん中で少し笑ってしまった。
真面目で、真っ直ぐで。悪く言えば、融通の利かない。
(こいつは、全然分かってねぇなよぁ…まぁ自分の事なんてそんなモンか)
周囲の誰もが、鞠の事をだらしない奴だなんて思ったことはないだろう。
むしろもっと甘えてくれていいよぐらいは思ってるはず。
"何かやりたいこと見つかってからでも遅くないんじゃない?今の環境は良いと思うよ"
バイトしかしたことがない大学生の俺が言うのも何だけど、今の鞠は良い環境で働けてると思う。
よほどやりたいことがない限りは、このまま働き続けているほうがいいんじゃねぇのかな、と。
それくらいは甘えていたって大丈夫だよ。
そう答えた俺に"考えてみる"とだけ言って、それからは一度もそのことを口にしなかった。
こっちは正直ちょっと忘れてたけど、多分ずっと考えてたんだろうな。
でないとこのタイミングでは出てこない。嘘つけるようなタイプではないし。
「じゃあそこを卒業したら、でもいい」
「・・・」
俺ん中の予定とはちょっと違うけれど、鞠がしたいことをするのは全然構わない。
つかむしろ、大賛成。俺が応援しないで誰がするって話だ。
「待つよ。っていうか、約束をしたい。いつかは俺の嫁さんになるっていう」
「うん・・・それは、できるけど」
「農家だからこき使うけど。なるべく大事にこき使うから」
「意味分かんないよ・・・」
その通り、言ってる俺も意味不明だ。
ただ"はい"、"嬉しい"って言ってほしいだけ。
「大事にします。俺の子を産んでくれ!」
「わかりました!もう、約束する。いつかは大和のお嫁さんになるよ」
「よし!・・・ってなんかやけくそ?うれしくないの?」
「うれしいけど、なんか、違う」
「何スネてんだよ〜〜〜」
結局鞠は「何て言っていいかわからない」「別にいいけど」等々すっきりしない返事のまんまで電話を切ってしまった。
確かに断られはしなかったし、鞠の両親もまぁまぁ喜んでくれてたと思うんだけど、なんだかなー。
もっと、喜んでくれると思ってたんだけどな。
俺はレンタルショップのバイトを辞めることにした。
少々だが親父から仕送りをもらえるようになって、生活費くらいはそれでなんとかなりそうだったのと、
研究発表を2月に控えて大詰めにきていてバイトに行くヒマがなくなってきたのだ。
なんだかんだで去年の12月頭からは顔を出すことができなくて、
ようやく元旦と2日の夜に入ったが、あまりの忙しさに店長と会話している余裕すらなかった。
6日の閉店間際、店長に給料明細をもらいにいったついでに、辞めたいということを話した。
店長も「そろそろ潮時だろうな〜」といってくれて、ほっとした。やっぱこの人、判ってる。
正月に鞠の両親に会ったことや、勢いで結婚したいと言ってしまったことを話したら大爆笑された。
「お前そりゃフライングしすぎだろ〜〜〜」
「いや、せっかく行ったんだし言おうかなと思って・・・」
「またいつだって家に行くチャンスはあっただろうよ?何も初めて行ってすぐ言わなくてもよかったんじゃないの?」
「そー、なんですけどね」
(そう言われるとそうなんだけど、なんかな。やっぱ俺焦りすぎなのかな?)
「お前も若いね〜。まぁそんだけゾッコンでいてくれてんなら俺も安心だけどな。許した甲斐があるよ。
お前の両親は結婚したいって言っちまったこと知ってんのか?」
「『そりゃいい!今すぐ行け!』って言われて、米1俵持たされました」
「米1俵?!そりゃすげーな!」
事務所の古臭い椅子をギシギシ言わせながら俺の話を聞いていた店長は、今度は目を丸くした。
「親父のやり方なんですよ。『申し込みに行くときはこれくらいでなきゃいかん!』って。俺も米持ってくのはイヤだっつったんですけどね」
田舎の家ってのは、とりあえず土産を沢山持たせればどうにかなると思っている節があってこっちが要らないと言っても無理に押し込んでくる。
そんなもん持って彼女の実家に行くのは恥ずかしい気もした。
が、この間まで勘当受けてた身分の俺では大した反抗も出来るわけなく言われるがまま車に積み込んできたんだ。
(何せ仕送りのない辛さは痛いほど味わったし)
「お前の親父さん、豪気だなぁ」
「まぁ、それがいいところなんですけどね。あ、これ大根です、よかったら食ってください」
パンパンに肥って持ち手が千切れそうになってるスーパーの袋を、店長に差しだす。
「いいのか?悪ぃな〜。嫁さんが喜ぶわ」
俺は大量の大根を店長に引き渡し、溜まってしゃべっているバイト上がりの奴らに軽く手を振ってから車に乗り込んだ。
(は〜、また大学戻るか・・・今日は徹夜かな〜)
何とか、1週間後に時間を作って部屋で会った。
「なぁ・・・、怒ってるよね?」
「怒ってない」
・・・やっぱりちょっと怒ってる。
「ま〜りぃ・・・機嫌直してくれよ〜。そんなんじゃ俺落ち着かねぇよー」
背後から抱きよせて、耳元で懇願してみる。
俺はよほど情けない声を出してるに違いないけど、止めようがない。
「・・・私、もっと、プロポーズって」
「ん?」
「もっとロマンティックなものだって思ってた」
「バラの花束と給料3か月分の指輪か?」
もしそれが必要なら今すぐにでも用意するぞ、俺は。
「そうじゃなくて・・・。あんな風に、お父さんとお母さんに先に報告されてしまうものだと思ってなかった」
「いや、まぁ・・・あれは俺のフライングだから。謝るよ」
「私も、専門学校のこと話してなかったのはいけないけど」
「それはまぁ、たしかに初耳だったけど。別に鞠のやりたいことをしたらいいと思うよ」
うん、と鞠が頷いて、それから上目遣いで恥ずかしそうな様子でそっとつぶやく。
「・・・も一回、言って」
「え?」
「『俺と結婚するのはイヤか?』って」
「そこ?」
「だって、一番ドキドキしたの」
もっと他に俺、いろいろ言った気がするんだが。
「・・・・・・・・・俺と、結婚するのはイヤか?」
「大和は?」
(はあっ?)
「何で質問返し?」
「大和は、私と結婚するのはイヤ?」
もう、頭ん中"???"ばっか。
「イヤなわけないだろーが!」
「大和、大好き!」
(だから、結婚したいって俺はずっと言ってんだろうがっ)
そう言おうとしてる途中の俺の頭を抱きかかえるようにして鞠が抱きついてきた。
セーターを着た鞠のおっぱいの間に顔をうずめられる形になって、なんかこれは…亀仙人気分?
「でも、学校には行きたいの。私、途中で諦めちゃったから、ちゃんとやり直したいの」
「・・・うん。鞠の、好きにしたら、いいよ・・・」
(イカン、この体勢は男をダメにするな・・・)
「ありがとう、3月に試験受けようと思って。がんばるね」
(でもしばらくこのままで居てぇ〜!)
「うん・・・。鞠、しばらくこのままでもいい?日ごろのストレスが消えてくわ」
「いいけど・・・大和、子供みたい。惣ちゃんもたまにこうしてくるよ」
「あいつ、ガキのくせに分かってやがんな・・・」
「え?」
「いやなんでもない」
鞠の腰をグッと引き寄せ、顔を完全に胸の中にうずめてみた。
「あぁ〜いいわこれ。これから、この体勢は俺専用にしてくれない?」
「もう。さっきの話、聞いてた?」
「聞いてるよ、3月に試験だろ?がんばれ。応援してる」
「うん!」
それから、鞠にすっかり呆れられるまでその体勢を続けて。
癒されまくってその日は別れた。