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鞠 20




「なんで急にあんなこと・・・」
「あんなことって言うなよ」
「だって全然聞いてなかった。私にだって気持ちの準備があるよ」

受話機の向こう側で小さく、怒られると思ってなかったな、と呟く声がする。
こちらに届いているとは気がついていないだろう、小さな独り言。

「だから、今すぐじゃないからさ。いつかこのまま付き合っていけたらそうなりたいなって話だよ」

焦っている声。
鞠の今の反応をまったく予想してなかったのだろう。

(私だって怒りたいわけじゃない。けど…)

突然過ぎた。
心の準備すらさせてくれなかった、ただそれを怒ってるだけなんだけれど上手く伝えられない。

「あんなトーンで言われたら動揺するよ、お父さんもお母さんもビックリしちゃってたじゃない」
「それは申し訳なかったけどさ・・・、鞠は、俺と結婚するのはイヤか?」

何でもない質問。だけどドキリとした。
(そんなわけない、嫌なわけ、ないよ!)
それだけは誤解して欲しくない、そんな気持ちが語気を荒げる。

「い、イヤじゃないよ!」

(でも…)

「でも今すぐは・・・」
「なんかやりたいこと、あるのか?」

(あ…)

覚えててくれたことに、少しホッとする。
少し前に、大和に相談したことがある。このままでいていいのかどうか。

『別にいいんじゃねぇの?』
『だって周りの人にすごく甘えてる気がするの。逃げてるだけって気がして』

う〜ん。
眉をしかめて腕を組んだ大和は少しの間黙って考えてから、口を開いた。

『今すぐ、やりたいことがあるんだったら、次の道に進むのもいいと思うんだけど』
『うん』
『俺。今の鞠の環境って、多分他のヤツがそうなりたいと思ってもすぐはなれないくらい、いい環境だと思うから』

普段のおふざけモードとはまったく違って真剣に答えてくれている。
それが何より嬉しかった。そして。

『だからさ、今はそれに甘えてたっていんじゃねぇの?
 誰も文句いわねぇよ、お前マジメだし頑張ってるの、みんな分かってるんだから』

大丈夫だって。
お前の事、みんな信用してっからさ。

『甘やかされたまんまでいれるほどふざけたヤツじゃないって、みんな知ってるって』
『…ありがとう、そう言ってもらえるのはうれしい。でもっ…』
『でもデモだってはしゅーりょー。焦ったって仕方ないっしょ?今を頑張ってたら、ちゃんと辿りつけるよ』

―…心配すんな。
―…大丈夫だって。

鞠が言って欲しい言葉を、どうしてこんなにも大和は知っているんだろうと不思議になる。
いつもは笑ってふざけてばっかりなのに、こんな時はきちんと親身になってくれる。

『やりたいこと、決まったらまた教えてくれよな』

口出しはしない。でも、全力で応援する。
そういう思いが詰まった言葉だった。

(だから、本当はもっとちゃんと面と向かって報告したかったんだけど…)

「・・・専門学校、行こうかなって考えてて」
「専門学校って何の?」
「調理師の学校。料理やお菓子作るの好きだし、夜学行くよりやりがいがあるかなって・・・」
「じゃあそこを卒業したら、でもいい」
「・・・」

今住んでいる地域から少し離れた場所にある調理士専門学校から、願書を受け付けましたと連絡をもらったのは昨日の事。
大和の結婚宣言がなかったら、鞠はそれを報告するつもりだった。

「待つよ。っていうか、約束をしたい。いつかは俺の嫁さんになるっていう」
「うん・・・それは、できるけど」

いつか、っていつなんだろう。
鞠は漠然と不安になる。

私が学校を卒業したら?
それとも少し働いてから?

私の未来。やりたかったこと、将来の夢。
その中にはもちろん大和のお嫁さんになる、というのも入っていた。

(だけど…)

ここまで時間が止まっていたかのような生活をしていたのに、将来への選択肢の何もかもが突然目の前にやってきたような感覚にくらくらする。

「農家だからこき使うけど。なるべく大事にこき使うから」
「意味分かんないよ・・・」
「大事にします。俺の子を産んでくれ!」

照れ隠しなのか冗談なのか分からないふざけたその言い方。
それはいつもの大和の言い回しなのに、今日に限ってはなんだか適当にごまかされているようにも聞こえる。

(もっと、ちゃんと言ってくれたっていいのに。大事なことでしょう?)

「わかりました!もう、約束する。いつかは大和のお嫁さんになるよ」
「何スネてんだよ〜〜〜」
「別に!じゃあもう寝るから、おやすみ」

素直になれない。本当はただ「うん」って言いたいのに。
すごくすごく嬉しいのに。

知らず知らず、ため息が漏れる。
しばらく待ち受け画面を見つめる。

(相談、してみようかな…何か聞いてるかもしれないし)

ヒカルくん、聞いて。今日、大和に急に結婚の話をされました。

両親も私も初めて聞く話ですっかり驚いています

なんで、いつも先に勝手に決めちゃうんだろうね。時々さみしくなるよ。


10分位たったころ。
メールの着信音が鳴った。

あ〜、実は前からちょっと相談はされていたんだけど、とうとう決めたんだね。

たぶん鞠ちゃんが喜ぶとしか思ってなかったんだと思うよ。

他の反応は予想してなかったんだろう。

ヤキモチやくわりに、鞠ちゃんが自分のこと好きだってことはよく知ってるんだ。

なにか思うことがあるんだったら、言えば分かってくれるよ。大丈夫。


そうだね、ありがとう。話してみる

あとこの間メールした、専門学校の話。

調べたら3月末に試験があって、なんとか願書が間に合ったの

勉強に自信がないから、もしかしたらダメかもしれないけど・・・がんばってみるね。

ヒカルくんも研究がんばってね、体壊さないように。おやすみなさい


そうか!願書間に合ってよかったね!もしそれでダメでも、またすぐ次が来るから。学校は逃げないよ。

鞠ちゃんも風邪など引かないようにね。

勉強、もしどうしてもわからないことがあったら大和に聞いたらいいよ。

意外・・・っていうとあれだけど、頭いいから。特に数学は強いよ。では、おやすみなさい。


篠塚くんのこと以来、ちょっとした相談をヒカルくんにするようになっている。
大和自身には聞けない大和のことや、専門学校のことも少し話したら親切にアドバイスをくれた。

(頼りになるお兄さんみたい、すごく話しやすい)

けれど、大和にはまだ話していない。
ヒカルくんが「あいつは絶対妬いて大変だから黙っておこう」と言うのでそのまま黙ってメールのやりとりをしている。
悪いことをしているようで気が引けるけれど、もし話してヒカルくんに迷惑がかかってもいけないとも思う。難しい。



「なぁ・・・、怒ってるよね?」
「怒ってない」

怒らずに話をしようと思っていたのに、それでも一週間ぶりに会って「よ!」なんて軽く言われてしまうとまた少し腹が立ってしまった。

(こっちの気持ちも知らないで・・・。よ!じゃないよもう・・・)

ぷい、と向こうを向いたまま冷たい態度を取ってしまった。
大和は本当に困ったようだった。
背中側から引き寄せられそのまま抱きしめられる。

「ま〜りぃ・・・機嫌直してくれよ〜〜。そんなんじゃ俺落ち着かね〜よ〜」

頬と頬をくっつけてくる。 少し、話を聞いてくれる空気になったように思ったので気持ちを話してみることにした。

「・・・私、もっと、プロポーズって、もっとロマンティックなものだって思ってた」
「バラの花束と給料3か月分の指輪か?」

今すぐ本気でそうしそうな大和の、勢いのいい返事を鞠は慌てて「そうじゃなくて・・・」と収めた。

「あんな風に、お父さんとお母さんに先に報告されてしまうものだと思ってなかった」
「いや、まぁ・・・あれは俺のフライングだから。謝るよ」

(違う、そんなんじゃない)

「私も、専門学校のこと話してなかったのはいけないけど」
「それはまぁ、たしかに初耳だったけど、別に鞠のやりたいことをしたらいいと思うよ」

(私が、大和に言ってほしかったことは・・・)

「・・・も一回、言って」
「え?」
「この間電話で聞いてくれたこと、も一回聞きたい」
「・・・なに、聞いたっけ?」
「『俺と結婚するのはイヤか?』って」
「そこ?」

(だって・・・)

自分でも何でそこなのかは分からない。
大和はちょっと照れくさそうに目をしかめて。少し、間をおいて。

「・・・・・・・・・俺と、結婚するのはイヤか?」
「大和は?」

(大和は、どう思ってそう言ってくれたの?)

「大和は、私と結婚するのはイヤ?」
「イヤなわけないだろー!なんなら今すぐでもいいくらいだ!」

(・・・うれしい)

大和が自分を好きでいてくれていること。
必要としてくれていること。

分かってるのに、それでも、ちゃんと言葉にしてほしい。
聞くだけで、不安の塊が飴玉みたいにとろりと溶けていくから。

抱きとめる大和の腕から逃れて大和の顔を覗きこんだ。
大和に真っ直ぐ見つめられるのは、いつもなら苦手だけど、今日は違っていた。

「大和、大好き!」

嬉しさや、好きという気持ちが溢れて、鞠は大和に抱きついた。
大和の頭を抱きかかえるみたいな格好で、大和が何か言いかけたのをさえぎってしまった。
いつもならちゃんともう一度聞きなおす鞠だったけれど、今日はうれしさのあまり自分の気持ちを先にしゃべりだしてしまう。

「でも、学校には行きたいの。私、途中で諦めちゃったから、ちゃんとやり直したいの」
「・・・うん。鞠の、好きにしたらいいよ・・・」

急に、大和の声のトーンが変わった気がしたけれど構わずに続けた。

「ありがとう、3月に試験受けようと思って。がんばるね」
「うん・・・・・・。鞠、しばらくこのままでもいい?日ごろのストレスが消えていくわ」

見ると、大和はマリの胸の中に顔をうずめて、表情は見えないけど、なんだかくつろいでる感じがする・・・
なんだろ。

「あぁ〜いいわこれ・・・。 これから、この体勢は俺専用にしてくれる?」
「もう・・・さっきの話、聞いてた?」
「聞いてるよ、3月に試験だろ?がんばれ。応援してるよ」
「うん!」

鞠が抱きしめる力を強めてしまい、息ができなくなった大和は少しむせていた。
けれど「まだ、もうちょっと、もうちょっとだけ」と言ってなかなかその体勢をやめようとはしなかった。

(なんか甘えられてるみたい・・・?大和、可愛い)

大和の髪をなで、大和の気のすむまで、鞠もその体勢をやめなかった。

 

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