(もう、結婚しちゃおうかな〜)
昼、鞠を家の近くまで送り届けたあと部屋に戻り、学校に行く準備をしながら大和は思った。
なんか、こんだけ誰にも取られたくない!って思ってて、それが元で泣かすくらいならとっととしちゃったほうがいいんじゃないか。
今度両親にも挨拶するんだし、就職が決まればあとは何の問題もないよなー。
(でも結婚ってこんな理由だけでしていいもんなのか?)
単純すぎる理由に悩みながら大学に向かう。
正面の門を通り抜けようとすると、そこに五十嵐彩香がいた。
「先輩っ…あのっ、話、いいですか?」
いつからここで待っていたんだろうか、えらく思いつめた顔をしている。
またカッター出されたらたまったもんじゃねーし、と仕方なくチャリを止めた。
「何か用か?」
「この間は、すみませんでした・・・」
自分でも冷たい声を出しているなと思う。
相手が分かりやすくそれに委縮した。
「お前、俺より篠塚に謝れよ」
「・・・」
謝った後も俯き加減だった頭をようやく上げる。目の縁に涙が滲んでる。
「あんだけ思ってくれてる男、そうは現れないぞ」
多少は残ってる親切心で俺がそう言うと、今度は唇をかむような表情。
こんなときでも気の強さは変わらないんだな、こいつって。
「・・・そうですね。でも、私は伊藤先輩が好きなんです」
単純に。
すげぇと思う。
もし俺だったら、あんな事しでかした後にこんな風にまっすぐ告ったりなんかできねぇ。
軽い横風にウェーブがかった髪と、柔らかそうな素材のスカートがひらひらと靡いている。
ピンクのカーディガンに、花柄のワンピ。
女子力の高い格好。前の俺だったら飛びついてた。
(鞠とはまったく違う格好だよなー、あいつ、スカートとか着ないし)
けど、今はどんな女の子を見ても、鞠と比べてる。
「俺はお前がカッター出しても黙って切られたりしねーぞ?」
「そうですよね・・・」
申し訳なさそうに目を伏せる五十嵐彩香に対して、少し可哀想だという気がしないでもなかったけど。
それでも俺にどうこうできることは何もない。
「思ってくれてる男のところに行けよ」
これが俺からの精一杯のセリフ。のつもりだったんだけど。
「彼女が、羨ましいです」
「は?」
「すごく可愛くて。仲良さそうで・・・幸せそうに笑ってて、・・・羨ましかったんです。なんで私じゃだめなんだろうって」
五十嵐彩香が、ついさっきみた悔しそうな顔とも申し訳なさそうな顔とも違ってて何というか…"女の子"の顔をしていたから。
「・・・俺は、さ。五十嵐。まぁとりあえず、チャリとめるところまで付き合え」
こういうのをきっと、ホトケゴコロとかいうんだろうな。
乗ってきたチャリを引きずりながら駐輪場に向かう。
その後ろを黙って五十嵐彩香がついてくる。
「あいつ・・・鞠って言うんだけど。鞠に会って好きになるまでは、別にどの女の子もそこまで差はなかったんだ、俺」
どう言っていいか分からないが、俺なりに。
こいつに対して素直になってみようと思う。
「多分俺は、鞠のことを好きすぎるんだ」
「…」
「五十嵐の気持ちはうれしいよ。けど、その気持ちには答えられねぇよ。
俺は、鞠を・・・ヤバイほど好きだ。分かってくれないかな?」
「・・・」
無言のままの五十嵐彩香。
何を考えているんだかさっぱりだ。髪の毛いじってるし…ちゃんと聞いてんのかこいつ?
「お前と俺はちょっと似てるのかもな〜。好きすぎて、自分のモンにしたくて、傷つける。違うか?」
「・・・そうですね、似てます」
どうやらちゃんと耳には届いてたらしい。
ちょっと考える仕草をしてから、小せぇ声で五十嵐が答えた。
「俺は女に対してこんな気持ちになったのは初めてで、今自分をコントロールするのに手一杯だ。
お前もさ、ちょっとはコントロールしろよ。大事にしてくれてる奴の事も、ちょっとは考えてやれよ」
「・・・はい」
「んじゃ、研究室行くから」
大和はチャリをとめ、研究室に向かって歩き出した。
伝わったのかそうでないのか、後ろを振り返りすらしなかったけど、そこにつっ立ったまんまなのは分かった。
(やれやれ・・・)
階段を上りながら、チャリン、と音を立ててジーンズからキーチェーンを外した。
昨日、帰り際に鞠が「超早いクリスマス!」と言って俺にくれたものだ。
「お前・・・一ヶ月前だよ?」
「でも、12月は忙しいんでしょ?なんか、せわしない気持ちのときに渡したくなかったんだもん」
「んじゃ、クリスマスはまたケーキ作って。この間の旨かったし」
「うん」
ベルト通しに引っ掛けられるタイプはどっかで引っ掻けちまいそうで苦手で。
使うのは実は初めてだったけど、使ってみるとこの方が楽だな。
何より鞠からはじめてもらったものだ。大事に使おう。
もう一度ベルト通しに付け直して、大和は階段を上った。
「結婚?まぁ、そうなったらいいね」
「そう思うか?」
「うん」
ヒカルに話しながら、俺は半分くらいはヒカルの反応を見ていた。
が、ヒカルはごく普通に俺の相談に乗っている。まったく動揺なし。
(気のせいか?でも絶対こいつは鞠に惚れてる)
前に話していた、彼氏がいる女を好きになった話のことを考えてもつじつまがあう。
そのうち、ヒカルは携帯をチェックしてどこかへ消えていった。
最近そわそわしてんな〜。
他に気になる女でもできたんならそれでいいんだけど・・・
12月に入ったらマジでバタバタして鞠とゆっくり会うヒマがなかったけど、
クリスマスの日には部屋のドアノブに手作りのチョコケーキがかかっていた。
鞠が得意な、パウンドケーキっていう細長い形のケーキだ。
「メリークリスマス!なかなか会えなくてさみしいけれど、学校がんばってね」
鞠の手書きの文字が並ぶメッセージカードをみながら、俺は一人でにやけていた。
ヒカルも部屋に帰ってきて、「あ、ケーキ。うまそう〜」と言ったけど俺は一切れもやらずに全部食った。
「誰もくれなんて言ってないのに・・・そんな一気に食べなくても」
「るせー」
食いすぎて胃がどうにかなりそうだったけど俺は、幸せもんだなと思った。
こんなふうに、あいつが作ったもんを飽きるまで食えるのは悪くない。
それがもし、約束されている未来になるんだったら・・・
鞠はどんどん、変わっていく。出会った頃よりも明るくなった。
目をキラキラさせてこちらの話を聞いてくる表情は輝いていて、鞠の中の本来持っていた明るい部分がようやく花開いた感じがする。
俺は、この間の誕生日のときの鞠を思い出していた。
(うーん、今思い出しても勃ちそー…)
鞠の恥ずかしがりはただのフェイクで、一度引き寄せて導火線に火をつけてやると簡単に、皮がむけてしまう。
そのことをもっと卑猥な言葉で責めてやれば、もっと弾けて手に負えなくなるんじゃないだろうか。
また泣かれたら困るので試してはない、けれど考えただけで生唾ものだ。
…本当は、すぐにでもそうしてみたい。
この間はどす黒い感情に支配されて失敗したけれど、チャンスがあればいつだって踏みこんでみたいし、上手くいく自負もある。
けれど、鞠は俺のことをヤキモチ焼きだけど優しくて紳士な彼氏だと信じているようだ。
言わば白馬に乗った王子様みたいに思っているところがある。
最初の彼氏だからだろうか?
2回目のデートで速攻襲ってるし、それなりに痛い目にも合わせてしまっていると思うのだけど…。
(まだどっか夢見がちなんだよなぁ)
別に壊してやったっていいのだが、ふわふわ幸せそうに俺と手をつないでくる鞠はそれはそれで可愛くて。
そのままその夢を守ってやりたい気にもさせられる。
つまり、俺は鞠にはからきし弱い。ベッタベタに惚れまくっている。
だからそれ以上の冒険ができずにいる。
情けない。
そしてただただとにかく、手放したくない。
もっと見たい。
あいつの中の、俺がまだ知らない顔・・・。これから先も、ずっと見ていたい。