鞠の家には、結局正月に行くことになった。
「そのほうがごちそう作って待ってられるからって。お父さんもいるし、お母さん楽しみにしてたよ」
「わかった〜。あ〜、緊張する!スーツでも着ていこうかな」
「あはは、スーツ姿見てみたいな」
「ウソだよ、そんなもん着たら余計アガっちゃうわ!」
気持ち的にはそれくらいしてったほうがいいような気はしてるけど。
まだ俺の中では、堂々と鞠の家の敷居をまたげる身分ではないと思ってる。
(でも、まぁ、いつかは。)
この頃は、自分にそう言い聞かせてばかりいた。
「なぁ、話変わるけど誕生日ってお泊まりできねぇの?」
「あ・・・。たぶん、大丈夫。ミーちゃんに頼めば泊まってることにしてくれると思う」
「多分さ。クリスマス・・・っていうか12月はマジで忙しくてさ。時間取れないと思うんだ。だから誕生日くらいは二人でいれたらなって」
"誕生日に、二人でいれたら"
こんな激甘いセリフを、いつの間にか本心から言えるようになっている。
「うん。誕生日当日?」
「なるべく、ね。仕事あるだろうし無理はしなくていいけど」
鞠に対しては、いつもいつも、何かしてやりたくなる。
向こうが遠慮がちな性格だから余計に、半分意地になってるとこも否めないけど。
というより…
(不安、なんだよなぁ)
学校に所属しているとはいえフリーターや浪人生に近い(と俺は認識している)、今の立場。
同級生たちは既に皆社会に出ていたり、まぁヒカルのように院生になっている。
それから比べると、かなり弱すぎる。
地盤が固まってないっつーのは、こんなに不安で心もとないもんなのかってつくづく思う。
金がないとかだけじゃない、プライドも何もかもを頭っから否定されてる感じだ。
そしてその不安が、無様な執着心に拍車をかける。
(我ながらつまんねーオトコだわ、マジで)
鞠との電話を切った後、学校でもらってきた求人情報をパラパラめくりながら、そんなことを考えては一人唸っていた。
1年たったからって地元に就職先が増えるわけではない。
ボチボチ探してはいたがやはり今年も絶望的だった。
大和のいる大学は、全国でもそこそこのレベル高めのところだ。
ヤレ不景気だ就職難だと言えども、街中にさえいればそれだけ就職先の数は増え、どこかの会社に潜り込める可能性も上がる。
つまり、他人から見ればだけど…『田舎に戻りたい』がために、俺はしなくてもいい苦労をしているように見えるかもしれない、ってことだ。
もうこっちで定職探して住んじゃおうか・・・鞠もいるし。でも彼女ができただけで決意が揺らぐってゆーのも悔しい。
やはり第一志望は地元に戻ることだ。
もう雇ってくれるところならどこでもいいかもしれない。
鞠がいりゃ怖くねぇ。何もかも。
モテてこなかったわけじゃない。自分でもそれは思う。
大学に入ってからはまるでサークルの仲間と競い合うように経験人数を増やし、女が喜ぶことなら大抵のことはやってみせた。
女の子は、いい。
可愛かったり、綺麗だったり、柔らかだったり。
中身は謎だけどその存在は大好きだし、必要不可欠。俺が男である限りはきっとずっとそうだろう。
けどたった一人の女の子からここまで安らぎを得られたことは今までなかった。
最初に声をかけた時から、今まで。
こんなに大切な存在になるとは思いもよらなかった。
鞠がいてくれるなら何でもがんばれる気がする。
意に染まない仕事でも、あいつがいたら辞めないで働ける気がする。
久しぶりに自ら電話をかけてきた父親のセリフを思い出していた。
「お前がその気なら、JAにはまだ俺の後輩がたくさん働いてる。紹介してやるぞ。
向こうから聞いてくるぐらいだ、どうせコネでいれるなら伊藤さんの息子が来てくれないかなってな。
おんなじコネでもやりがいがあるって。
悔しいだろうが、そんなもんは勤めてからいくらでも晴らせる。頼って来い」
親父は学歴がなくて万年課長補佐だったがそれでも有名人で、
辞めた今でも、あのときはお世話になったといまだに盆暮に挨拶に来る律儀な人もいるらしい。
けれど今はもう、すでに新入社員が決定していてもおかしくない時期だ。
いくら人望が厚い親父とはいえ無理をさせているのではないか。返事するなら、早いほうがいい。
力を借りるのは確かに悔しいけれど・・・親父の言うとおりだ。勤めてからでも、巻き返せる。
「はじめまして、大和の母です」
「は、はじめまして!仲山鞠といいます。いつも、お世話になっています」
「こちらこそ。まぁ〜なんて可愛いお嬢さん!お人形さんみたいねぇ。大和にはもったいないわね」
「うるせーよ、相変わらず口が減らねぇな」
母親は大学の近くまでJRで来た。
そしてそのまま駅の近くの少し高そうな和食屋に、迎えに来ていた俺と鞠を連れて入った。
「おなかすいたでしょ〜。今日はお母さんおごるから好きなもの食べて」
「そ、そんな。悪いです!」
「いいのよ、お仕事お休みの日に呼び出しちゃってごめんなさいね。さ、好きなもの選んで」
半ば強引にメニューを差し出された鞠は困った顔をしながら選んでいる。
髪は左側でゆるく束ねてまとめてあって、白で中がVネックになっているツインニットに、
ブルーと白と紺のギンガムチェックに控えめにベルベットのリボンをあしらったスカート。
珍しくヒールの高い茶色のブーツをはいている。鞠なりに気を使ったファッションみたいだ。
(見たことねー服ばっか・・・わざわざ買ったのか?)
「私、じゃあこの定食にします」
「あ、それ入れ物が素敵ね!じゃあ私もそれにするわ、大和は?」
「ん〜・・・これ」
「じゃあ注文しましょ。すみませーん!」
注文を済ませたあと、母親はニコニコして鞠と話している。
鞠が「すみません、ちょっと・・・」といって席を立った後、母親はクスクスと含み笑いをしながら俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「あ〜んな可愛い子じゃ、親にだって報告したくなるわねぇ。どうやってつかまえたの?」
「つかまえたとか言うなよ。ちゃんと向こうだって俺のこと好きだったんだ」
「またまた〜、絶対あんたがくどき落としたんでしょ?でなきゃあんな子振り向いてもくれないわ」
「・・・半分当たってるだけに腹立つわ」
「ふふふ、やっぱりね〜。おとなしくて、あんまりしゃべらないのねぇ。ホント、いい子」
女の子らしくてちっこくて可愛い鞠をすぐに気に入ったらしい。
以前から、俺が何かしでかすたびに「娘が欲しかった」等々呟いてた人だから、予想通りというかなんというか。
「緊張してるんだよ。今度、あいつの家にも挨拶行くから。つっても正月になっちまったけど」
「あらそう、失礼のないようにね」
「あいよ。あ、それでさ、親父に伝言しといてほしいんだ。お願いしますって」
「えっ」
水を飲もうと伸ばした手が止まり、俺の顔をじっと見つめてきた。
「それ、就職の話よね?本当にいいの?」
「うん。決心ついた。親父の顔に泥塗らないようにがんばるって言っておいて」
「そう・・・。彼女は知ってるの?」
「いや、ちゃんと決まってから話そうと思ってる」
俺がそう言うと、少しだけ間が空く。何か考えているようだ。
それからこちらを見て、ニヤリと笑う。
「遠距離も何かと大変だろうから。いっそのことお嫁に来てもらったら?あの子ならいつでも大歓迎!」
「だから、そんなのまだ先だって」
「ふふふ」
何を考えていたのかは分からなかったが。
俺にとっては母親であり、同志とも呼べる人だ。鞠を気に入ったようだったし、それは良かった。
3人で飯を食い終わったあと「おみやげ♪」と言って俺と鞠に1箱づつ駅の売店で菓子箱を買ってくれた。
「あっ・・・私も、あるんです。よかったら食べてください」
そういって鞠は、手作りだというケーキを母親に渡した。
「人参のケーキなんです。よかったら」
「ありがとう〜!家帰ってお父さんとゆっくりいただくわ。いいおみやげが出来た!お父さんもあなたに会いたがってたのよ」
「ありがとうございます、いつか、私もお会いしたいです」
「大和のことよろしくね。やんちゃで迷惑かけてると思うけど、あなたの言うことなら聞きそうだし、安心しました!じゃあね〜」
母親がご機嫌で手を振り、駅の改札を抜けていった後、俺は鞠に聞いた。
「お前いつケーキなんて用意してたの?なんか持ってるなとは思ってたけど」
「昨日作ってたの。大和の分もあるよ、人参じゃなくてチョコだけど。食べる?」
「食う!!!」
「あと、ヒカルくんの分もあるの。あとで渡しておいてくれる?」
そう言って袋の中をごそごそ探ってこれなんだけど、って小さ目の包みを俺に見せた。
(なんだよ、俺だけじゃないのかよ・・・)
自分でも大人気ないと思うけど、むっつりしてしまう。
「なんであいつの分があるの?」
「だってこの間ストラップもらったし」
「それだけでか〜?」
「最初に会ったとき助けてくれたし」
「・・・あ〜、はい」
それを言われると言い返せない。俺が渋々納得したのを見て、鞠はクスクス笑った。
「お母さん、本当に素敵な人!よかったぁ」
と言ってツインニットのカーディガンの襟元を直した。
着慣れないのかさっきからそういう仕草が目立つ気がする。
「なぁ、その服わざわざ買ったの?」
「このニットだけお母さんが買ってくれたの。スカートは持ってたよ。ブーツはお姉ちゃんのだけど」
「そうか。今度の誕生日のときには、それ以上の可愛い服を期待してます」
「これ、可愛い?」
スカートの裾をつまんでみせる。
「スカート姿を初めて見れて感動。いつも鞠、ジーンズばっかだからスカートはいてこないかな〜と思ってた」
「あはは、よかった。あ、誕生日の日、お休みもらえたよ。ミーちゃんにも頼んでおいたし、お母さんもお泊まりOKって」
「よっしゃ!生理じゃないよな?」
俺が一番心配だったことを聞くと、鞠は俺の耳に唇を寄せ、コソコソと伝えてきた。
「大丈夫。・・・大和、駅でそんな大きい声で聞かないで・・・」
そうか、ここ、駅だったな。平日の昼間とはいえ改札前は込み合っていて人通りが多い。
この混雑ぶりだとかえって俺らの会話なんて周囲には聞こえてないかもしれないが、俺は一応謝った。
「あ、すまん。んじゃ、ピアス探しにいこうか?」
「え、今から?」
「うん。つっても今日は買わないぞ。鞠の好みが知りたいだけ。プレゼントは俺が一人で買いに行くよ」
「じゃあ、私も」
「何?」
「ううん、内緒。どこ行く?」
「う〜ん、いろいろ見て回ろうか?今日はまだ時間あるしゆっくりできるぞ」
「ホント?うれしい!」
それから二人で手をつないで、宝石店や雑貨屋やデパートをブラブラと歩いた。
そんな俺らを見つめている視線があったことも、そのときはまるで気が付いていなかった。