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鞠 15

「はじめまして、大和の母です」
「は、はじめまして!仲山鞠といいます。いつも、お世話になっています」

大和のお母さんは色白でふっくらした人で、とても優しそうな人だった。
「今日はお母さんおごるから好きなもの食べて」とメニューを渡されたのには困ったけれど
ちょうどよく、お弁当みたいな箱に入った手ごろな値段と思われる定食を見つけたので、マリはホッと一息ついていた。
大和は質より量、という感じで一番お腹がふくれそうなものを適当に選んでいた。

そして待っている間、何度も「大和にはもったいない!」と言ってマリのことを誉めてくれ、
それにたいして大和が「うるせーよ」とブスっとした顔で言い返すのがマリにはなんだかおかしかった。

(仲、いいんだなぁ・・・血がつながってないなんてウソみたい)

食事を終え、大和が「俺外でタバコ吸ってくるわ」と出ていってしまうとお母さんは改まった、真剣な面持ちでマリを見つめて

「大和と付き合ってくれてありがとう」

と言った。
マリはすっかり恐縮してしまい

「い、いえ、そんな・・・私こそ学校の邪魔してるんじゃないかって」

マリの言葉を受け、大和のお母さんは優しく微笑む。
なぜだか懐かしいような、暖かな気持ちになった。

「ふふふ、あの子が勉強だけで1年過ごせるとはとても思えなかったから。鞠ちゃんみたいな人がいてくれてちょうどいいのよ」
「そう、ですか?」
「えぇ。あの子、高校生のときからラブレターやら何やらいろいろもらってきてはいたんだけど、
 自分から付き合ってる女の子の話をしたことは本当に一度もなくて。鞠ちゃんが初めて。よほど助けられてるんだと思う」

いつも、大和の邪魔ばかりしているような気がして仕方なかったマリはそう言われても、ただ恥ずかしくなるばかりだった。

「だといいんですけど・・・」
「な〜んかでも、お会いしたら納得しちゃったわ!・・・大和の亡くなったお母さんに、少し似てる」

ふふ、と肩をすくめお母さんは笑った。

「えっ?!私がですか?」
「顔立ちは違うんだけど雰囲気が、ね。お父さんがあなたを見たらさぞかしビックリするでしょうねぇ」

お母さんはその場面を想像したのかククク・・・とおかしそうに笑い「ごめんなさいね気を悪くしないでね」と言った。
マリが「いいえ」と首を振ると、そういえば、という感じで聞いてきた。

「大和の亡くなったお母さんのこと、聞いてるの?」
「あ、はい・・・交通事故で亡くなられたってことだけ、ですけど」
「そう・・・。じゃあ、ちょっと大事なお話、してもいいかな?」
「はい」

大事な話、と言われ背筋が少し伸びる。

「私も、現場は見ていないんだけど。大和が小学3年生のときだったの。
 大和が通学帽を忘れて学校に出かけてしまってね、それを届けるために横断歩道を渡っていたお母さんがトラックにはねられたそうよ」
「・・・」
「大和は、自分のせいでお母さんが死んだって思ったんでしょうね。あと、遺体も・・・正直見せられる状態ではなくてね。
 大和にしてみれば、さっきまで元気だったお母さんが急に写真と骨壷だけになってしまった、という感じだったんだと思うの」

交通事故とだけ聞かされていたけれど、改めて聞くとそれは、とてもとても、辛い話だった。

「私はもともと遠い親戚でね。たまたま近くに住んでいたからずっとお手伝いに行ってたんだけど。
 大和はさみしくてさみしくて仕方なかったのね・・・お葬式が終わっても、家の祭壇の前から離れようとしなくてね。
 そのうちに、しっかり骨壷を抱いてその場で眠ってしまって。
 中に何が入っているのかなんて誰も教えなかったけれど、分かってたんでしょうね。
 子供が、母親の写真じゃなくて骨壷を選んだなんて・・・私はあの光景、一生忘れない。」

マリは、小学3年生の小さい大和を思い浮かべた。
母親がいなくなったのは自分のせいだと、小さく小さく堅くなって骨壷を抱いて眠ってしまった、小3の大和・・・
マリは泣きそうになるのを堪えながら、お母さんの話を黙って聞いていた。

「それでもそのままにしておくわけにはいかない、ってことで骨壷は納骨したり、キチンとお墓に納めたりしてね。
 そうしたら今度は手がつけられないほど暴れたり、骨壷が納められているお仏壇の前から動かなくなってしまったり・・・
 学校は普通に行くんだけど、家に母親がいないことが余程苦しかったんでしょうね。
 ・・・今のあの子からは、想像もつかないでしょう?」

お母さんは微笑んで、マリに聞いた。

「・・・はい」
「でもね、鞠ちゃん。私はね。あの子の中に、まだあのときの大和が残っている気がするの。
 お母さんが亡くなったことを、自分のせいだと責め続けてる小さい大和が。
 もし・・・その大和が表に出てくることがあったら、支えてあげてほしいの。あの子のそばにいてあげてほしい」
「・・・私に、できることがあれば、なんでもします」

マリはカバンからハンカチを取り出し、こらえきれなかった涙を拭いた。

「すみません、泣くつもりなかったんですけど・・・」
「いいのよ、こちらこそ急にこんな話をしてごめんなさい。ずっと心に引っかかっていたものだから・・・
 でもよかった、そう言ってもらえて、安心した。よろしくお願いします」

そこに、タバコを吸い終えたらしい大和が戻ってきた。ハンカチを持って目を押さえているマリを見て、

「ん?泣いてるの?母ちゃんにイジメられたか?」
「あらヒドい!まさか〜。ちょっと昔の、泣けるいい話をしてたのよ」
「なんだよそれ。鞠、大丈夫か?」
「うん、もう平気、ごめんね」

マリは大和に、笑顔を作った。



私が大和を支える・・・できるのかな、そんなこと。

お母さんを見送ったあと、駅の構内を二人で手をつないで歩きながら、マリは大和を見上げた。
何かに反射したピアスがキラリ、と光った。大和は見られていることに気がつかずに前を向いて歩いている。

(いつか、そうなれたら・・・。もっと、強くなれたら)

デパートに入り、二人で宝飾品のコーナーに行こうとすると、マリはなんだか後ろが騒がしい気がして振り返った。
今通ってきた玄関口に、人だかりができている。

「ん〜、どうした?」

後ろを振り返ったマリに気がついて、大和もマリの見ている方向を見やった。

「なんだぁ?なんか集まってるなぁ。見に行くか?」
「ううん、いい。・・・一緒にいる時間、もったいないよ」
「あ〜、またカワイイこと言うね〜」
「そんなことないよ、普通だよ!」
「なんでカワイイって誉めてんのにムキになって否定すんの?まぁいいけどさ。んじゃやめとこ、こっち行くぞ」
「うん」


あの時。あの人ごみの中を覗いていれば。
願いどおり、大和をもっと早く、支えてあげることができたのかもしれない・・・

 

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