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鞠 14

大和といると。
他には何もいらない、このままずっとこうしていられたら一番いい、って思う。

大和は基本的に優しい。
メールも電話もほとんど大和からで、それはマリのほうが「冷たい!」と怒られるほどマメだった。
男の人と付き合うのは初めてなので最初はそれが普通なのだとばっかり思っていたけれど
ミーちゃんやバイト先のパートの小山さんによるとそうでもないらしい。

『それはかなりのベタ惚れぇ〜』
『私と主人が最初に付き合った頃でもそんなにマメじゃなかったよ?』

そう言われると恥ずかしく、でも嬉しくてこそばゆい気持ちになる。

切れ長の瞳に通った鼻筋。そこに浮かぶ人懐こそうな笑顔。
ひいき目なしに見ても大和は格好の良い人で、それだけの理由で選んだわけではないと思いつつもマリの瞳は常にその笑顔をとらえてしまう。

服はしばらく買っていないと言うけれど、それを感じさせないのはセンスがあるからなのかも知れない。
大和に会うときおしゃれをしていくのは、もちろん大和によく見られたいというのもあるけれど
隣を歩いていてもおかしくないような女の子でいたいという気持ちがあるからだった。

すごく独占欲が強くてそれは時々親友と言ってるヒカルくんにまで惜しみなく発揮されるから、ヒヤヒヤすることもあるけれど…
最近はむしろそれがないと、逆に不安。

(私もおかしくなってきてるのかな・・・)

二人の付き合いが始まって3ヶ月弱、大和はますます愛情を持って接してくれているような気さえする。
そしてそれは…私も同じ。
大和がいなかった頃が今は信じられない。
会うときはもちろん、会っていないときも大和のことでいっぱいで。
今何をしているんだろう、次会えるのはいつだろう、とかそんなことばっかり考えてる。

(幸せってこういうことかもしれない・・・このままでいたいな)

大和と次に会える日を話し合いながら大和の手をキュッと握る。
暖かい大きな、大和そのものの手。

「ん?なんだ?」

なんでもない、と言いながらそこに自分の手をそっと滑りこませた。精一杯の甘え。
大和がそれに応えてくれるように私の手を軽く握った。

「さて、そろそろ学校戻るわ」
「・・・うん」
「さみしそうな顔すんなよ〜。すぐまた会えっから」
「ごめん・・・」

顔に出てしまうのは悪いクセ。
出しちゃいけないと思うのに出てしまう。

「また母ちゃん来るとき連絡するわ」
「うん」
「そんでさ、俺もさ・・・」
「え?」

少し落ち着かない様子の大和に、一体何だろう?と思っていると。

「俺も、一回鞠の家行きたいんだけど・・・」
「え。どうして?」
「どーしてって…お前、それはあまりに冷たい言い草じゃない?」
「ごめん・・・だって急に言うから」

大和は苦笑いしながら、私の驚きを軽くいなした。
「別に何にも急じゃねーよ。前からちゃんと挨拶しに行けって言われてんだよ」
冗談めかした口調の中に、わざとなのかぶっきら棒な物言いが混じっている。

「お母さんに?」
「うん。および、親父に」
「お父さんも私のこと知ってるの?!」
「俺が直接話したわけじゃないけど。どうやら俺が付き合ってる彼女のこと話したの初めてだったらしくてさ。
 それで親父もお袋もえらく盛り上がってしまったらしく」
「初めて、だったの?」

それってすごい意外・・・。
今までたくさん付き合ってた子いたと思うのに、初めて?
「そんなのいちいち報告しねぇよ。女の子は知らないけど男はそんなもんだよ」
でも何かしゃべっちゃったんだよな。
そう話す顔もどこかぶすっとしている。機嫌が悪いわけではないと思うのに。

(もしかして、照れてる…?)

何か照れることがあったかな?
そう思ったけれど今までの会話の中にお母さんはたびたび登場するのに対して、 お父さんの話を聞くことはほとんどなかったので、自然とそちらへの好奇心が先立ってしまった。

「そうなんだ」
「そ。親父の機嫌も少し治ってきてて仕送りも少し戻ってきそうな予感。なので真面目に挨拶に行っておこうと思ってさ」

(仕送りのことよりも…きっと本当は、お父さんと仲直りしたかったんじゃないかな?)

ただ話しているだけに見える大和の表情も、どこか取り繕って真面目に見せているように思える。
恥ずかしいというより、きまりが悪いのかもしれない。

「わかった。お母さんに話してみるね」
「うん、なるべく時間空けるようにがんばるから」

メシ、美味いの期待してます。
そう言うとようやく大和はへへ、といつもの軽い笑みを見せた。

「大和、うちに来るのって緊張する?」
「あたりめーだろ。お母さんはともかくお父さんが緊張するわ〜。あー。今からヤバイわぁ」

車に乗り込みエンジンをかけながら、本当に眉間にシワを寄せて少し険しい顔をしている。

「じゃあ、大和の好きな鶏のから揚げ用意しておくね」
「頼むわ〜、鞠の家のから揚げマジで旨いからな。俺それだけがオアシスになるかも」
「うん。・・・なんか、うれしい」
「何が?」
「大和に、大事にされてるって感じがする」
「んなもん当たり前だ。俺は相当!鞠を大事にしてる」
「うん、ありがとう」
「マリも大事にしてね、俺のこと」
「うん」

自分でも分かるくらい、大きく頷いてみせた。





「ありがとうございました〜。何かトラブルがあったらすぐにご連絡ください」

その日、マリは耳にピアスの穴を開けた。
アレルギーになりにくいからと勧められるがまま、チタン製で小さいアクアマリンが埋め込まれているものをファーストピアスにした。
1週間くらいはこのままで過ごさなければいけないらしい。
マリは時々耳に触れて、初めての感触を楽しんだ。

(ちょっと痛かったけど、開けてよかったかも)

大和のお母さんとは、来週一緒にお昼を食べることになっていた。

「今から緊張しちゃうなぁ・・・。どんな服着ていったらいいだろう」
「あんまし堅苦しいのもヘンだと思うけど。マリがいつも着てるようなのでじゅうぶんいいと思うよ。
 普段からあんたそんなに派手な服着てないんだし」

昼間は暇だから付き合ってあげる、と車を出してくれた姉の葉月(はづき)は言った。

「そうかな?」
「それよりあんた、うちに彼氏連れてくるってお母さんに話したの?」
「ううん、まだ…」

言おう、とは思っていたのだけどなかなかタイミングが掴めないままだった。
それを正直に話すと姉は呆れ顔で「そんなの相談も何も、親に言えばいいだけじゃないの」と一蹴した。

「心配しなくっても悪い印象はないと思うわよ。なんせ彼氏が出来てからマリが明るくなった〜って喜んでたくらいだし」

葉月は車を運転しながらこちらを見やり微笑んだ。
7つ上ということもあってか、時々母親のように接してくれる時がある。

「そうなの?そんなのお母さん一言も・・・」
「心配してたんだよーずっと。年頃なのにいつまでも中学生のまんまみたいで少し気になるって」
「・・・そっか」

普段お化粧もあまりしない、友達も少ない私をそんな風に思っていたのか。
いつも『この先は学校へは行かないのか』ということだけを心配されているのだとばかり思っていたけれど・・・

(そればっかりじゃなかったんだ・・・)

自分が余計な心配ばかりをさせている気がして、少し申し訳なくなった。
いつもそうだ。
しっかり者の姉と、少しぼんやりしてのろまな私。何をしても、反省することばっかりが心に残る。

「まぁそんだけ厳しくしてるんだから仕方ないだろって言ってやったけどね。未だに門限10時だもんね、あんたよく守ってるよ」
「お姉ちゃんだってちゃんと守ってたでしょ?」
「10時に帰ってきて、あとから部屋こっそり抜け出してたわよ」
「本当?!」

知らなかった…。 遊び好きの姉が門限だけはしっかり守っているので不思議に感じたこともあったけれど、黙って家を抜け出していたなんて。
お母さんは知ってたけどお父さんは未だに気が付いてないと思うなぁ〜、とあっけらかんと言うのを茫然と見つめた。

「あんたも相当ぼ〜っとしてるねぇ。そんなことでもしなきゃ楽しめないわよ?」

けれど…確かにお姉ちゃん、遊ぶことに関しては子供の頃から手を抜かなかった。
納得、かも。

「あんたも早く一人暮らしでもしなさいよ。そしたら遊び放題彼氏と会い放題だよ?」
「でもそんな理由で一人暮らしは通らないよね?」
「専門学校でも通えば?あんた高校からやり直す気はないんでしょ?いっそのこと専門学校で資格取ったりしたらいいんじゃない?
 調理師とかどう?J市にあるよ」
「・・・遠くない?」

葉月は、いよいよ呆れてガックリとうなだれた。

「遠いから一人暮らしができるんじゃないの!」
「あ、そっか…」
「遊ぶのは今しかないんだよ〜、もっと楽しみなさいよ」
「うん。専門学校か・・・考えてみる」
「あんたってば本っ当にぼ〜っとしすぎ。ねぇ、まだ惣ちゃんのお迎えまで時間あるからお茶しようよ。どっかいいお店知らない?」

そう言われて、少し悩んだけれどこの間ミーちゃんに教えてもらったカフェに誘ってみた。



「このケーキ美味しい〜」
「こっちも美味しいよ、食べる?」
「うん」

テラスに近い窓側の席で、甘いものが大好きなお姉ちゃんはすっかり寛いだ様子でいる。
どうやら気に入ってくれたらしい。よかった。

「彼氏ってどんな子なの〜?」
「う〜ん・・・明るい、人。人見知りとかしないの」
「カッコいい?」
「うん・・・」
「マジ?それ期待しちゃうわ〜〜。私も同席しちゃおっかな」
「あ、私もお姉ちゃんにいてほしい。大和、子供好きだしお姉ちゃんとも気が合いそう」
「そうなの?じゃあ惣ちゃんの面倒みてもらいに行こうっと」

ふふ、と笑って短くカットされた髪をかきあげた。
昔はロングのさらさらヘアーでとてもうらやましかったけれど、子供ができたときに呆気なくショートにしてしまった。
"短いほうが楽だわ〜"と言って笑う顔は子供がいるようにはあまり見えず、肌もキレイだ。

「あ、そうだ。男の人に何あげたら喜ぶと思う?」
「彼氏にあげるの?誕生日?」
「彼氏と、その友達。小さいものなんだけどこの間からいろいろもらいっぱなしで。あと彼氏は誕生日もピアスくれるって言うし・・・」
「だったらクリスマスのときにまとめてあげたらいいんじゃない?そうだな〜、腕時計は?」

腕時計は・・・つけてるの見たことがないなぁ。
ピアスもだいぶ穴が閉じてしまっているし、今は就職活動中だからそんなものはつけていられないだろうし。

「キーチェーンは?」
「車のカギつけとくやつ?」
「そうそう。あれってずっと使ってるとすぐヘタるからいいんじゃない?」
「そういえば。少しくたびれてたかも」

茶色い皮がいい感じになめされているけれど端がボロボロにめくれているのを、何気に思い出した。
そうか・・・そういうのもいいかも。

「好み聞いておいて、ゆっくり探してみるといいよ。あと友達か・・・何もらったの?」
「えっと、マンガのキャラクターのストラップ。これ」

そういってヒカルからもらった、自分の携帯についているルフィを見せると姉は顔をしかめた。
私と違って、アニメとか全然好きじゃないからなぁ…。

「そんなの、お返ししなくっても別にいいような気がするけど。気になるの?」
「うん、前にも少し助けてもらったことがあって」
「じゃあケーキでも焼いて持ってけば?前に惣ちゃんに焼いてくれたじゃない」
「人参のパウンドケーキ?」

甥っ子の惣ちゃんは好き嫌いが多くて、特に野菜を好まない。
お菓子は喜んで食べるというので一度人参をすりおろしてパウンドケーキにしたらこちらが驚くほどすごくたくさん食べてくれたことがあった。

「それそれ。あれ美味しかったし、あげても大げさにならないからいいんじゃない?」
「わかった、そうするね。お姉ちゃんありがと」

家に帰ったあと。
勇気を振り絞って「彼氏がうちにあいさつに来たいって、言ってるの」と母親に話すと、
「挨拶に来られるなんて真面目な子なのねぇ。きっとお父さんも会いたがると思う」と何だか、ウキウキとしだした。

(心配してたって言うより好奇心いっぱいって感じなんだけど…)

予想以上に浮かれた反応で、何だか拍子抜けしてしまった。

「なかなかどんな子かハッキリ話してもらえなかったし、会えるのうれしいわ〜」
「うん。それでね…私も彼のお母さんに会うことになってて…」
「えぇっ、鞠もご挨拶に?ちゃんとした服着ていくのよ、ジーパンだめよ!」
「うん、分ってるよ」

 

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