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大和 1

ついてない。

それが、大和の今年のテーマだ。

遊びまくってはいたものの興味のある授業にはわりと出ていたし、そうでないのにはうまいこと代弁を使ったりノートを見せてもらったりしていたので何とか卒業できる見込みはついた。
けど就職が決まらなかった。
地元に戻って就職しよう、なんて殊勝なこと考えたのがマズかったのかもしれない。

大和の地元は、大学があるこのG市よりもさらに山側のM市というところだ。
ここから車で2時間くらいかかる山あいの小さな町だったのが、市町村合併とやらでめでたく市になった。
けど特別に産業というようなものもなく、車道に野生のサルがいても誰もビビらないような田舎の町だ。
そんなところで職を探そうだなんてのがまずもう無謀なことだ。

大和の家は代々大きい農家だったらしいが、今は自分たちが食う分だけの米や野菜を作っている。
少し作りすぎたら近所の「道の駅」みたいなところで売る。
母親はその道の駅にパートで勤めに出ていて、親父は野菜と米作り、寄り合いに明け暮れて半分以上リタイアしているようなもんだ。
農協に無遅刻無欠勤で40何年も勤め上げて退職後は裕福とは行かなくてもそれなりにやっている。

子供のときから、ガタイが大きくて力持ち。
努力の人で人望が厚く、農協を退職したときには皆のぜひ町議会立候補に、市が出来たら今度は市議会立候補に、との勧めを

『俺は政治家には向かんから』

と幾度となく断ってきた父親は大和にとってはいつでも憧れの存在であり、そんなかっこいい穏やかな人生を真似てみよう、としたのがそもそも間違いだったのかもしれない。


大和は、子供のときからハジけた子供だった。

女子のスカートをめくりまくり、たいていの女子のパンツは見たから次は男だ、と先生のベルトも外そうとして

『お前は男のパンツにまで興味があんのか?』

と顔を真っ赤にした担任に叱られた。

昼休みを過ぎても校舎に戻ることはほぼなく仲間を集めて校庭に落とし穴を掘りまくり、結果見事注意しにきた教頭先生を穴に落として問題になったこともあった。
ケガはたいしたことなかったのだが、落とし穴に落ちた衝撃で教頭先生のカツラが外れて大騒ぎになったのだ。
結局そのあと、カミングアウトしてハゲた頭で学校にきたのでこりゃ面白いとからかったらあとで親まで呼び出されて烈火のごとく叱られた。

そのときばかりは

『男の子は元気すぎるほうがちょうどえぇ、お前は頼もしい』

と大和が何をしても笑って済ませていた親父も、さすがに雷を落とした。

「人が気にして、これ言われたらイヤや、って思ってるようなことを得意げに言いふらすな!
 そんなのは面白いことと違うんじゃ! よう覚えとけこのバカモン!」

そのときは意味はよく分からなかったが、何かどうも良くないことをしたのだとは感じていた。
いつも大和のいたずらにニコニコ笑ってついてくる仲良しのヒカルが、そのときだけは何も言わなかったからだ。

「ヒカル〜、お前、弱虫やな! チンチンついてんのか?」

そうけしかけても、ヒカルは絶対に参加しようとしなかった。
大和が各方面でしこたま怒られまくり、ようやく事態の収拾がついたところで、ヒカルが家に遊びに来た。
そこでヒカルが言った一言を、大和は何故かよく覚えている。

「うちの、じいちゃんも、おじちゃんも、みんなハゲてるんだ。
 でも、家では、それ言ったらアカンことになってて、おかあちゃんに『なんで?』って聞いたら、
 『じいちゃんも、おじちゃんも、それ言われたら悲しい気持ちになるから』って。
 だから、教頭先生も一緒やと思って、言わなかったんだからね、チンチンついてないからとちがうから」

わざわざ言い訳に来るあたりが負けず嫌いのヒカルらしいが、大和はいつもどこかで感じていた。
ヒカルにはかなわない、と。

ヒカルは実際成績も優秀で、大和は体育以外でヒカルに勝った事はなかった。
塾に行ってる訳でもなくそんなにガリ勉しているようでもなかったが、小学校の高学年になると親や教師からの期待も高まりそれに答えるように、ヒカルはどの同級生よりも一番乗りで少し遠くの私立の中学校に入学を決めた。

さよならの日、ヒカルと大和はいつも二人で駆け抜けた田んぼのあぜ道を二人で歩いていた。

「大和くん、俺、中学行きたくない」
「ヒカルちゃん、何言うてるの?合格したときは喜んでたじゃんか?」
「だって、大和くんやみんながいないとこなんて、楽しくないよ」

周囲はもう声変わりがはじまりかけたというのに、未だすっとんきょうな高い声のままのヒカルがそう言って泣き出す。
気が優しくて、弱い。
けれど大和の遊びに最後まで付き合ってくれるのは、いつもヒカルで。
一人っ子の大和にとっては弟分のような、そんな存在だった。

「そんなん言うなよ。お父さんが言ってたよ。
 『ヒカルちゃんは将来、この町を代表するようなエライ人になるんだから、ニコニコして中学に送ってやれよ』って。
 そんなん言うなよ、おれ、ニコニコできんやん、ヒカルちゃん」
「・・・大和くん」

泣きべそのヒカルのおでこをペチン!と軽く叩き、大和は続けた。

「ヒカルちゃんがエラくなったらな、テレビとかにも出るんだから、そしたらおれはヒカルちゃんにまた会える。
 さびしくなんか、ないよ。 ヒカルちゃんは、おれが、さびしくない、って思ってるって思っててくれ。」
「なに・・・それ?意味がわからないよ、大和くん」
「だーかーらー!おれは、さびしくないの! だから、ヒカルちゃんも、さびしくないの! わかった??」
「うん・・・わかった」

けっしてわかったような顔はしていなかったがヒカルはうなずいて、涙を拭いてくれた。
そして笑顔で、バイバイ、またな、と言い合って別れた。



それから近所の中学に入り、少し離れた高校に入った。
大和も勉強が出来ないわけではなかったし嫌いでもなかったので進んだ学校はそこそこの進学校。
何より、サッカーが強かった。
そんな理由で選んだ高校では、オシャレに気を使うサッカー部の先輩の影響で髪型にいろいろ気を使うようになった。

途端、モテはじめた。
元々ただのスポーツ狩りで、授業が終わった後サッカーボールを蹴っ飛ばすのだけが楽しみの無邪気な大和だったが、先輩に教えられて髪を伸ばしそれなりにセットするようになってから、急に女子の視線が熱くなってきた。
大和をアイドルのなんたら君に似てると言って覗きに来る子もいたほどだ。

女子からの視線が熱くなってくると、こっちも途端にやる気になってくる。

大和にとっては、スカートめくりの延長のようなものだった。
毎日鏡を見てはめかしこみ、常に女子の視線を気にしながら活動し、ラブレターをもらったら必ず返事を書いてどこどこで会いましょう、と約束を取り付けてその場でキスをした。
何人とキスしたか競争を一人でやっていたら、あるとき5,6人の女子に呼び出されてケチョンケチョンにまくし立てられた。

『ナナちゃんの気持ち考えたことあんの?サイテー!!』

5,6人いた女子の中でナナちゃんがどの子か分かるまでに10分かかり、その場を取り繕って逃げるのにもう30分かかった。
その後ナナちゃんとお付き合いすることにはなったが、毎日手をつないで帰るだけでまったく何もさせてもらえなかったので

『ごめん、彼氏やめたい』
と言ってひっぱたかれて初めての彼女とはジ・エンド。
そのあと校内では浮気者であることを言いふらされ、1年ほど特定の彼女はできずにいた。



初体験は高2の春休みで、相手は一コ上、しかも先輩の彼女だった。
休みの日に偶然街で会ってお茶飲もうよ、と言われホイホイついて行ったら童貞を奪われた。

無我夢中で、何がどうだったかはあまり覚えていない。
が、初回緊張していてうまいこと射精できずその先輩が・・・イカせてくれた。
人にしてもらうことの気持ちよさは何者にも変えがたくその先輩のことを好きになりかけたけれど、俺が2度噴射したあと先輩はとっとと帰ってしまった。

あとで友達に聞いたら、その人は童貞食いで有名な人だったらしい。
気に入った人しか誘わないらしいからお前ラッキーじゃん、とまで言われた。
そうか、俺選ばれたんだ、すげー、とホクホクしてたら後に先輩にバレてボッコボコにされた。

人の女に手は出すもんじゃないな。
二股、三股っていうのも、バレないほうが身のためだな。

この二つが、勉強とサッカー以外で大和が高校で覚えたことだ。
その後受験シーズンに突入し、何とか頑張って第一志望だった大学の、生物化学科に入学することが出来た。


こう見ると全体的に軽いかもしれないが、大和は決してただの浮気モノではない。
何故か男子からの人望は厚く、生徒会長に立候補までされたのだ。
今でも地元に帰って一声かければ昔の仲間は飛んで集まってきてくれるだろう。
何かと悪評高い大和だが、先生たちにも人気があってそこまで悪い学校生活ではなかった。
大学生活だってかなりエンジョイしていたのだ。

そう、去年までは。

ところが今年はどうだ?

本気で付き合ってた彼女にはフラれるし、就職先はちっともみつからないし、
その報告を受けた親父はカンカンになって「仕送りはもうせん!」と言い切るし、悪いことのオンパレードだ。

『お前は遊びすぎる!もっと真面目にならんか!ヒカルくんの脳みそと、たまには交換してもらえ!』

とまで言われた。

大和は、勉強が嫌いでは決してない。
学部でもそこそこの成績だったし気合入れて頑張った卒業研究の評価もB’。
ヒカルには及ばないかもしれないが、常にまぁまぁ出来るほうなのだ。
なのに就職できないのは地元にそれに相応しい会社が少ないからだった。

あとで母親からコッソリ電話がかかってきて、「あんた、家には帰ってくるの?どうするの?」と聞かれた。

そうだった、親父があれだけカンカンでは、家に帰ることも出来ない。
仕送りもない。
それまでやっていた日雇いのバイトだけでは、アパートの家賃も払えない。

初めて直面した現実の重さに呆然としていると、母親が言いにくそうに告げた。

「ねぇ、ヒカルちゃんのところにしばらく住まわせてもらったら?」
「は?何でよ??」
「だって、お父さんだいぶアンタに期待してたのよ。 地元帰ってきてくれるって、すごい喜んでたのに。
 今の剣幕じゃちょっと時間空けないと、あんた帰ってこれないよ?」
「就職先が見つからないもんしょうがないやろ」
「お父さんはそれが気に入らないのよ、『選り好みしやがって』って」
「そんな・・・ ならオレ、何のために頑張ってこの大学入ったんかわからんなるやろ?! 親父はそれ分かってくれてないの?」
「お父さんは、あんまりいい学校行けなくて、でも頑張って頑張って、ここまで来たでしょう。
 だから、あんたが今の大学入ったのはすごい喜んでるのよ。 けど、エリートぶってる、いうてきかないのよ」
「・・・」

(ひでぇ・・・ 気持ち分かるけどそれ矛盾してない?)

「それでね、実際あんた遊びまくってたでしょう、4年間、大学で。
 うちだってそんな裕福でもないのにいい車乗り回して『調子乗ってる』言うて前からイライラはしてたのよ?」

溜め息と共に押し出された母親の文句に、う、と詰まった。

「・・・まぁ、それは、言い返せない、かも」

愛車のX-TRAILは、いい車と言っても中古。
親が金持ちの先輩が2,3ヶ月で飽きて乗り捨てようとしたのを安く譲ってもらったものだが、そんな詳しい話は一切せずにへらへら乗り回していたのは事実だ。

「でしょう? もう、積もり積もってなのよ。 知ってるでしょう? お父さんの性格。
 そういうときは時間かけないと怒りが収まらないの。 だからほとぼりがさめるまでヒカルちゃんちにお世話になれない?
 昔から知ってる子だし、しっかりしてるし。ヒカルちゃんには迷惑かもしれないけど一番安心なのよ。
 あ、ヒカルちゃんちのご両親にはお母さんからもしっかり頼んでおくから!」

地元で、私立の中学に入学するために家族で引っ越したなんてヤツは後にも先にもヒカルだけで、ヒカルは地元では最早神童以上の扱いだった。

(ちぇ、またヒカルかよ・・・)

そうは思うものの、他に行くアテがない。
あいつは昔から俺の頼みはほとんど聞いてくれてた。だから、今回も頼めばなんとかなるだろう。
少々この、地元のヒカルマンセーな空気には妬けるが、ヒカルのことは好きだし一緒に暮らすのもイヤではなかった。
それはあいつも同じだろう。そう思った。

「わかった。ヒカルに頼んでみる」
「そうしてくれる? よかった、これで少しお母さん安心した!」

電話越しにもホッ、という息がもれるのが聞こえ、続けて母親はこう言った。

「大和・・・ あとね、無理に地元帰ってこようなんて思わなくっていいのよ?」
「え?」
「あんたは一人っ子やし、帰ってきてくれたらそりゃぁうれしいけど。 そこにお嫁さん、ついてたら尚のことね」
「そんなの、まだ先の話やろ」

母親は前々から『息子なんてつまらない、彼女とか家に連れてきてよ』ととにかくうるさい。
そう言われると返って連れて行きにくいもんなんだ。

「ふふふ。 でもねぇ、こっちはあんたが思ってるような会社なかなかないのよ。
 せっかく帰ってきてもらっても、あんたに望まない仕事させて暗〜い顔されてたら、私たまんないもの」
「・・・」
「だから、そっちで本当にやりたいこと見つけて、お勤めして家庭もって・・・
 たま〜にこっち帰って来てくれたら、お母さんはそれでいいんやから。お父さんもね。」
「・・・うん」

電話を切った後、しばらく呆然としていた。
そしてボツボツと、腹が立ってきた。

(別に帰ってこなくてもいい、って俺の本当の夢を聞いてから言えってゆーの!)

しかし『親父のようになりたいんだ』とは恥ずかしくて言えなかった。
そして仕事を選り好みしていると言われて言い返せないのも、また事実だった。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!辛気くせぇ!!!!」

声に出し、立ち上がってみた。
俺らしくない。
こんなん、俺らしくないんだよ!!

そして、携帯からヒカルに電話した。
プ・プ・プ・プ・・・プルルルル・・・プルルルル・・・プルルルル・・・プチ。
一瞬、電波切れたか?と思うような沈黙があったが、少しして「はい、大和?」と怪訝そうな低い声がした。
大和は息を思いっきり吸い込み、受話器に向かって一気に吐き出すように叫んだ。

「ヒカル〜〜〜!!!居候、させてくれ〜〜〜!!!」
「はぁ???」
「いまから、説明すっから!お前、今家か?」
「う、うん、そうだけど」
「んじゃ今から行く!待っとけ!!」
「うん、わかった・・・」

わかった、の、た、の字も聞かないうちに大和は電話を切り、軽く荷物をまとめた。
残りの家財道具は、処分するなりして金にしよう。
リサイクルショップに持ってったら何とかなるだろう。


何とかなる。

やりたいことやって、後悔しないように、生きとこう。

人生、いつ死ぬか分からないんだから。


大和は、そう心の中でつぶやき、一人暮らしの部屋を飛び出した。

 

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