それから海に戻って、やっぱりこれという波も掴めず彼女のことをチラチラ気にしたまま、太陽が真上に登った。
昼飯を食いに浜に戻ると、泳いでいる間に彼女が一人になっていた。
「あれ、ミーちゃんは?」
「ついさっき彼氏さんが上がってきてご飯食べに行ったの」
「あ、そう。んじゃ俺らもメシにしましょう!」
「うん」
彼女が作ってきてくれたお弁当は2段で、上の段におかず、下の段におにぎりとトマトに詰め物をしたサラダが入っていた。
飾りつけが凝っていて、手伝ってもらったとはいえ時間かかっただろうな〜というのがすごく分かる。
量は多かったけど腹も減ってたし、俺の好きな鳥のから揚げが入っていたので喜んで平らげた。
「うんめー!!!」
「よかったぁ」
「特にね〜、から揚げと肉巻きが旨い!」
「二つとも私が作ったよ」
「マジッ?なんだよハラ痛くなるとか言っといて全然じゃん!OKOK!また、お願いしたいね」
彼女は嬉しそうに顔をほころばせ、「本当?」と言った。
「本っ当!ここんところほとんど学食とコンビニばっかでさ〜、たまにこういうのがあるとすっごい嬉しいわぁ」
「じゃあ、また機会があればがんばるね」
「おうっ。んじゃ、食ったし休憩!」
そういって寝転ぶと彼女がきゃっ、といって端っこに行ってしまった。
「ん?何故逃げる?隣にいりゃいいじゃん」
「う、うん、何でもないよ」
「ふ〜ん」
空を見上げた。
昼になり、いよいよギラギラと容赦ない日差しが地上を照りつけてくる。
「鞠ちゃ〜ん、日焼け止め対策はバッチリ?」
「うん、朝いっぱい塗ってきたし、さっきミーちゃんにもう一回塗ってもらった」
カーゴっぽいクロップドパンツに控えめにレースのついたタンクトップ、少し透けた白い七分袖のシャツを着た彼女は、
多少赤い顔はしているものの、心配になるほど焼けてはいないようだった。
(さっきちょっと膝枕狙ったんだけど外したな〜。鞠ちゃん、意外とすばやい・・・)
ゆっくりと思いつつも、ギラギラした日差しの下にいる色白の彼女は避暑に来たお嬢さんみたいで、
どーしても、ちょっかいを出したくなってしまう。
いつものクセが抜けきらない。
ま、これくらいなら嫌がられたらやめりゃいいんだしいいよな・・・と軽く心の中で言い訳をした。
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急に、大和くんが寝転んでこちらに近づいてきたのでドキッとした。
突然目の前に筋肉質の肩が現れて、思わず声を上げてしまって周囲の人の視線を浴びてしまう。
大和くんには何でもないようだったけど・・・刺激が強すぎて、今もまだドギマギしている。
倒れこんできた本人は海風を浴び、目を瞑ってじっとしている。
すっきりした鼻筋にひき結ばれた唇。2時間近く海にいただけでも結構日焼けしているように見えた。
(大和くん・・・もう、寝てるの?)
おそるおそる元いた位置に戻って、上から覗きこんでみる。
そのとたん目をパチ、と開けた大和くん。
「ひゃっ・・・!」
とまたビックリしてしまった。悪いことをしていたわけでもないのに後ずさってしまう。
大和くんは笑いながら
「ははっ。やっと近づいてきたのにまた逃げるの?」
そう言うと、また目を瞑る。
「あ〜気持ちぃ〜、やっぱいいわ、海」
「・・・うん」
生返事をして、海風になびく大和くんの髪の毛を見つめた。
今まで考えていたことも、たった今すごくドキドキしてることも、全てお見通しなんだろうか。
大和くんといると、時々そんな風に思う。
考えていることや思ったことが黙っていてもバレてしまっているような、そんな感じ。
――・・・俺は、本気だから。
そう言われてから胸のうちにずっとある不安。
それをどうしても言いたくなって、呼びかけてみた。
「あのね、大和くん・・・」
「ん〜?」
変わらず、目を閉じたままで返事をしてくれた。
眠っていたわけではないらしい声に、勇気を出して問いかけてみる。
「ミーちゃんがね。大和くんのこと、すっごくかっこいい、すごくモテそうだって」
「へ〜」
「それで、心配じゃない?って」
「なんで?浮気されんじゃないかって?」
「それもあるけど、・・・自分もただ遊ばれてるだけじゃないの?って不安になるって・・・」
大和くんはさっきからずっと目を瞑ったままだったのに。
「ん? それもミーちゃんの意見?」
まるでこちらが見えているみたいにそう聞いてきたので少し驚いた。
「・・・ううん、私」
「鞠ちゃんのか〜」
そっと目が開いて、寝転んだままこちらを一度見やって大和くんは言葉を続けた。
「言ったでしょ。俺は、本気ですって」
「・・・」
何も言わずにいたら、うーん、と軽い溜め息が聞こえてきた。
「まぁさ・・・ヤな奴に聞こえるのを覚悟して言うと、モテなかったといえばウソになるよ。
けどそれは過去のお話なんで、許してほしいかな」
(やっぱり、そうなんだ・・・)
バイト先には、大和くんと同じ大学だったり同じサークルだったり、大学での彼を知っている人が何人かいて。
聞きたいと思わなくても話はちょくちょく耳に入ってきていた。
それだけ顔が広くて、女の子にも不自由しない人なのに・・・
「なんで、私なの?」
なんかもう、我慢出来ない・・・・。
耐え切れず心の中の一番大きな疑問を口に出していた。
「は?」
大和くんは意味が分からなかったのか、寝たままこっちのほうをじっと見つめている。
もう一度、疑問をぶつけた。
「なんで、私なの?」
「なんでって・・・可愛いもん、鞠ちゃん」
何度も言ってるでしょ、と。
いつも、まるで当たり前のように、そう言ってくれるけれど・・・。
「可愛くないよ」
「可愛いよ〜!最初見たときからむちゃくちゃいい子だと思ったもん!」
「そんなのパッとみて分かるの?私が・・・どんな子かわかるの?」
かわいくなんて全然、ない。いい子なんかじゃない。
それでも鞠が否定した言葉を遮るように、大和くんは大きな声を出した。
「最初はどんな子かはわかんなかったよ、そりゃ。
けどいいな〜って思ってじーって観察して、いいなぁ、好きだなって思ったから声かけた。
で、やっぱこうして二人でいて、すごくいい子だって思ってる」
体を起こし振り返りながら、それじゃダメなの?と言うように首をかしげた。
「わかんないよ・・・」
「へ?」
「わかんない・・・いっぱい、いたでしょ他にも?いっぱい、女の人、見てきたでしょ?どうして私なの?」
大和くんを、質問攻めにしてしまっていた。
変なことばっかり聞いちゃって、嫌な気持ちにさせたかもしれない。
そう考えるだけで、身がすくむ思いがする。
彼にもし嫌われたら・・・それは、もう考えたくないほど、悲しいことになっていた。
「ん〜・・・」
大和くんは髪の毛を手でくしゃくしゃ、としながら少し考えているみたいだった。
その表情は怒っているわけではなさそうでホッとした。
それどころか、何だかちょっとだけうれしそうな顔をしてる。
――・・・どうして?
「帰ろっか?」
「え?」
「一人で置いておくの、やっぱ心配だわ。車に乗ろーよ」
「・・・うん」
手馴れた動きでテキパキと荷物を片付けた彼の後ろについて、車に乗り込んだ。
そのへん走ろうか?と言われ、車は前回も通った海岸線を滑るように走っていく。
4時間ほど外に放置されていた車は熱気が篭ってなかなか抜けない。
車内は少し無言が続いていて、やっと少しだけクーラーが効いてきた頃、鞠のほうが先にその沈黙を破った。
「ごめんね」
「ん?」
「私が変なこと聞いたから・・・」
「変か?」
「・・・」
そう聞かれると、そうじゃないような気もする。
あやふやなままの自分が子供じみて思えた。
「確かに改めて聞かれるとどう答えていいか困る質問だったけどさ。
謝ることはないんじゃない? それになんかもう俺、彼氏気分だわ。ちょっとだけだけど」
「え?!」
「だってそうじゃない?そんなせつな〜い顔して、どうして私のこと好きなの?なんて言われちゃった俺の心、今どうなってると思う?」
運転したまま「ほら、その顔」と指を差されても・・・。
「俺は。許されるなら今すぐ!鞠ちゃんを抱きしめたい」
「・・・」
そんなセリフ、普段なら恥ずかしくて下を向いてしまうのに。
シンプルでまっすぐな彼には、そんないやらしさはまったくなかった。
「今すぐぎゅー!ってして、ちゅ〜して、鞠ちゃん笑うまでずーっと、抱きしめてたい」
大和くんは運転しながらまたこちらをチラッと確認して、前に向くと話を続けた。
「もう、いちいち俺のツボにハマるんだよ、鞠ちゃんは」
「・・・」
「ここにね、ギュンギュンくるわ〜」
胸をつついて言う。
チラリと向いた瞳が熱っぽく見えて胸がドクン、と高鳴った。
冗談や会話の延長戦でなら、何度も好きだと言われていた。
けれど今は違う。
彼の本気の言葉が、心にダイレクトに伝わってくる。
膝に置いた手の先、指先が細かく震えるのを感じた。
「鞠ちゃん、俺の彼女になってよ。俺のこと彼氏ですって人に言えるようになろうよ。
でないと俺この場で鞠ちゃん襲っちゃいそうだわ。そんで店長にとっ捕まって殺される」
「・・・」
「浮気はしない。絶対不安になんかさせない。なぁ、信じて」
見開いたままの瞳。
いつの間にかポロポロと涙がこぼれ、膝に落ちていった。
生温い涙の跡が、ハーフパンツにグレーの染みを作っていく。・・・もう、それだけしか見えない。
「ほんとに、ほんと・・・にしない?」
「うん、しない・・・って、えー?!」
突然の涙に驚いた大和くんが車を止めるスペースを必死で探しているのを見ながら。
また、泣いた。
「なんでそんな泣いてんのっ?!ちょちょ、車止めるまで待って!泣くの待って!」
「だって・・・」
「鞠ちゃん、俺のことどんだけ好きよ?もうそう思っていいよな?でなきゃそこで泣いたりしないよな?」
自分でもわけが分からない。
ただ首をぶんぶんと子供のように横に振っていた。
「わか、んない・・・」
「わかんないって・・・なんでよ〜」
大和くんが呆れたように言う。
でも鞠にも、よく分からない。
なんでこんなに涙が止まらないのか。こんなに胸が苦しいのか。
「分かんないの。だって・・・気がついたら大和くんがすごくかっこよく見えて、かっこよく見えたら・・・すごく不安になって。
だって、私なんかきっとすぐ飽きられちゃうから。だから、怖い・・・」
「・・・」
「そう思ってたらさっきの話になって・・・大和くんがいろいろ言ってくれて、涙出てきちゃって・・・それで・・・」
しゃべるたびに涙が次々溢れてきて、きっと顔はぐちゃぐちゃになっている。
でも大和くんが黙り込んで、私もそれ以上話せることがなくなってしまったからか、気持ちだけは少し落ち着いてきた。
しばらくして車道脇のつぶれたコンビニの駐車場に車を止めた大和くんが、黙ったままティッシュの箱を私に差し出してきた。
「・・・ありがとう」
もう乾いていると思っていたけれど、顔に押し付けたティッシュはすぐに涙で湿っていった。
大和くんが、呟くように話し出した。
「・・・俺、よくわかんない間に鞠ちゃんのハートをいただいてたみたいで」
「・・・」
「動揺するわ。いつ俺がそんなにかっこよく見えたよ?」
「・・・」
「なぁ、思い出してよ。いつの瞬間?」
「・・・そんなの、覚えてないよ」
「ダメ!思い出すまで考えて!」
「覚えてないってば〜」
そうしているうちに、大和くんの言い方がまるで駄々をこねてるみたいになってきて。
ぷ、と吹き出すように笑ってしまった。
大和くんも、笑っていた。
ふっ・・・と大和くんの手が伸びてきて、髪をさわさわと撫でられた。
ドキリとしたけれど、その指先も目線も驚くほど心地が良い。まるで前からずっとそうされていたみたい・・・。
「やぁっと、認めたなぁ。俺のこと好きって。・・・好きだ、鞠」
顔がどんどん近付いてきて唇に息が触れたと思ったら、何かが押し付けられる。
目は、反射的に閉じていた。
柔らかくて温かい感触・・・・・大和くんと、キスをしていた。
一度目は軽く、二度目は長く・・・。
そのうち頬に手を添えられゆっくりと舌が入ってきて、海のしょっぱい味と、タバコの味。
普通だったら美味しくないはずの二つの味が交じり合って、とろりと中で蕩けていく。
(初めてのキスが、こんなに気持ちよくていいの? 私、へんなのかな・・・)
そう思うくらい、ぼんやりとなってしまう。
そもそもキスが気持ちいいものだなんて思わなかった。
舌を入れられるなんて気持ち悪い、って思ってたのに・・・。
大和くんが唇を離し上半身を運転席に戻しても、頭の芯がぼうっとなっていて、すぐには動けずにいた。