次の日、いつもより少し服装に気を使ってドキドキしながら仕事に向かった。
伊藤くんがいない以外は昨日と同じように時が過ぎ、昨日と同じ時間に従業員出口を出ると青い車がエンジンをふかしたまま停まっているのが見える。
その運転席から伊藤くんが手を振っているのが見え緊張しつつ近寄るとちょいちょい、と助手席を指差された。
乗って、ってことらしい。
素直に乗り込むとベルトをするように言われ、あまり会話もないまま車は走り出した。
駐車場を出て少し店を離れたところで、ようやく彼が口を開いた。
「いや〜、他のバイトの奴に見られたら恥ずかしいって思って急いじゃいましたよ」
「あ、なるほど」
(そんなこと、気がつきもしなかったや・・・)
鞠の態度からたった今それに気がつきました、というのが分かったのか伊藤君は軽い笑みを浮かべた。
「なに食べたいっすか?」
「うーん、思いつかないな・・・ あんまり外食しないし」
「んじゃ俺がいつも行ってるラーメン屋でもOKですか?安くて旨いんすよ」
「あ、うん」
「で、その後俺んち来ません? そこから近いんで。 愛を深め合いましょうよ〜」
「えっ?!」
愛?愛って・・・その、ソウイウコト?
どうしよう、そんなの予想してなかった・・・・
「あはは、じょーだんすよ。仲山さん可愛いな〜」
激しく動揺したところで、またもや軽くあしらわれる。
あぁ・・・またやっちゃった。
なんだか昨日からこんなのばっかり。いい加減慣れなきゃいけないのに。
「・・・そんなこと、ないよ」
「ん、もしかして怒りました?」
そんな自分に落ち込んで知らず知らずに俯いていたところを、覗き込まれる視線を感じて顔を上げると。
ちょうど信号が赤になったらしく、ハンドルに手をかけながら少しだけ心配そうな顔をした伊藤くんがいた。
慌てて首を振る。
「ううん、怒ってはないよ」
「んじゃーどうした?」
急に敬語が取れ軽い口調になった伊藤くんに、肩の力がふっ・・・と抜けた気がした。
どうした・・・。
えっと、今の気持ちは・・・どう言ったら分かってもらえるだろう。
敬語をやめてほしいと言ったわりに久しく誰とも敬語以外で話していなかった鞠は、頭の中で自分の気持ちを整理した。
「・・・なんか、恥ずかしくて」
「恥ずかしい?」
「うん、私、何でも真面目にとっちゃうの。だから、どう返事していいかわからなくて」
「ふうん」
「それと、実はデートって初めてで緊張してて。余計にどうしていいかわからなくて」
途端、運転席の伊藤くんが大げさなほどにのけぞった。
「マジでっ?!初?人生で?」
「うん、人生で、初」
人生っていうとますます大げさに感じるんだけど・・・そっか、そんなに驚くことなんだ。
「それスゲーうれしいかも! んじゃラーメン屋とか行ってる場合じゃないな〜、もっとオサレな店行こうよ!」
驚いていた伊藤くんが、ニカッと嬉しそうに口角を上げて笑った。
やったー!とか呟いてる。なんか・・・無邪気だな。可愛い感じ。
「うれしいものなの?」
「そらうれしいよー! だって初デートは一生忘れないよ〜記念だよ〜? その記念の相手が俺だろ? すげーうれしい!!」
「そういうもんなんだ・・・」
「そういうもんだよー! よし、ちょっと遠出しよ! 時間は大丈夫?」
「えーと、10時ごろまでなら」
「10時?!早っ!」
伊藤くんは驚いてこっちを見た。
さっきからこっちの反応をうかがうように何度か見てくるけど、怖いから運転に集中してほしいよ・・・。
「早いの?」
「早いよ〜!いや、人の家それぞれかもしんないけど・・・ 仲山さん、今いくつ?」
「二十歳」
「んじゃもうちょっと遅くても良くね? せめて12時とか」
そう言われればそうかもしれない。
けれど友達と出掛けたりすることもない日常では、門限はあってもなくても同じで、それまで気になることはなかった。
「もう酒も飲めるんだし。 お酒は得意?」
「う〜ん。あんまりたくさん飲んだことはない、かな」
矢継ぎ早な質問に、答えるのが精一杯。
伊藤くんって。
しゃべる人なのは知っていたけれど、こんなに早口だったっけ?何だかノリも少し違うような・・・
「そうだよなぁ、送別会のときもソソクサと帰っちゃったし」
鞠の思惑をよそに、伊藤くんは口を尖らせてそう言った。
「あぁ。あれは店長が気を使ってくれて・・・」
「そうそう、その店長だよ!」
店長と聞いた途端、伊藤くんの語気が急に荒くなった。
「店長がどうしたの?何か、言われた?」
「いや・・・。仲山さんって店長のなんなの?」
「何なのって・・・叔父さんの知り合いなの。 バイト入ったのも叔父さんの紹介なの。
私、中卒で入って。 そのときまだ16だったから、何かと面倒を見てもらってて」
さっきより少し表情が険しく見えるのは、いろいろ考えを巡らせているかららしい。
そのうちぽそっと呟いた。
「ふぅん・・・ いわば、保護者?」
「うん。そうかも」
「だーかーらーかー。 納得した」
ハンドルを指先で軽く叩く仕草は、きっとクセなのだろう。
「え?」
「いやね、なんかガードしてるんだよね、仲山さんの周りをさ」
「店長が?」
「そう。そんな気しない?」
「そうかも・・・知れない」
店長は、他のバイトの子のことは苗字で呼ぶのに、私のことだけは鞠ちゃんと呼ぶ。
仕事で甘やかされたことはないと思うんだけど、この間の送別会でも
「鞠ちゃんは昔から見てるし、娘みたいなもんだから心配でさ。 早く帰りな」
と言ってそっと帰してくれたのだ。
勤める際に両親とも顔を合わせているし、紹介者の叔父ともまだ付き合いがあるみたいだし、
元々面倒見のよい人なので半分は保護者の気持ちで接していてくれるのかもしれない。
それを伊藤くんに話すと、
「ふ〜ん・・・ ところでなんで仲山さんって高校行かなかったの?」
「う〜ん・・・ちょっと、ね」
さすがに言いにくいことなので少し笑ってごまかす。
「あら、俺言いにくいこと聞いちゃった? ごめん、聞き流して」
「ううん、こっちこそ、ごめんね」
伊藤くんはそれ以上突っ込んで聞こうとはしなかった。
「いやいや。ところで店もうすぐ着くんだ。 ほら、あのお店」
「うわぁ・・・キレイ・・・!!!」
しゃべっているうちに、いつの間にか車は海方面に向かっていたらしい。
海岸沿いの車道。
海側はもう薄暗くそこに海があるかどうか判別はつかない。
けれど伊藤くんが指したそのお店は、店内からの明かりと外からのライトアップで、白くキラキラ光って見えた。
「キレイでしょ〜? 初デートの思い出になるでしょ〜?」
「うん、本当・・・ありがとう」
車から降りて改めて近くから建物を見る。
白木に塗られた、ヨットハーバー風の建物。
赤く塗り上げられた大きな錨や濃いブルーの浮き輪が飾られ、遠くから見ていたよりも可愛らしくアットホームな雰囲気だ。
店内も気軽な雰囲気でメニューに書かれた値段もそこまで高くなく、ホッとした。
鞠は少し迷って、サラダがついたオムライスを頼んだ。
伊藤くんはメニューも見ずに「カツレツセットをご飯大盛り!」と頼んでいた。
「ここ、ランチでよく来てたんだけど夜のほうが絶対キレイなんだよねー。 だからちょうどいいと思って」
「よく来てたんだ」
「うん。今年はバイトと学校ばっかしだけど、去年までは毎日のように海に来てたから」
「海、好きなの?」
「もう、めちゃくちゃ好きよー! 俺ね、サーフィンすんの」
そう言って笑う顔は、バイトのときには見たことがないようなリラックスした顔だった。
やっぱり、仕事のときは緊張してるのかな?
覚えるのが早い人だったから、なんでも器用にこなしてしまいそうな印象だったんだけど。
「朝起きて、いい天気だったらとりあえず車乗って海目指す!」
「天気悪かったら?」
「しゃーなく学校」
その言い方に相応しいほどのシブい表情に思わず吹き出してしまう。
「しゃーなくって、それでいいの?」
「結果的には良くなかったね〜。 就職も決まらなくて、教授とダチに泣きついて何とか研究生にしてもらってさ」
「研究生・・・って、大学院のこと?」
どうやら学生とは違う立場らしいとは思っていたのだけど。
その違いがよく分からなくて、鞠は尋ねてみた。
「いんや〜、院にもれたヤツとか俺みたいに就職からもれたようなヤツが、教授に頼んで研究に参加させてもらうの」
「ふぅん・・・」
彼が言うには、すること自体は院生とそんなに変わらないらしい。
ただ違うのは研究生でいられるのは1年だけで、今も就職活動で忙しいのだと教えてくれた。
「今はじゃあ、マジメに学校行ってるんだね」
「もう、教授がキビしくてさー。 サボると電話かかってくんの。『いつでも研究生クビにしてやるぞ!』つって」
「あはは」
その教授を知らなくても、そのモノマネぶりがなんだか面白くて。
彼の話しぶりにどんどん引き込まれて、いつの間にか笑い声を上げていた。
「笑い事じゃないよー。 『青木に頼まれたから面倒見てるんだ!青木の顔も立ててやれ!ちゃんと学校に来い!』だもん。 ずるいって」
「青木・・・さん?」
「あー、知らないかぁ。 仲山さん夜のバイト入ったことないもんね。 この前まで夜の部にいたんだよ、青木っての。
あそこのバイトもソイツに紹介してもらって入ったんだ、『金ないと生活出来ないでしょ?』って」
「そうなんだぁ。そういえば、シフト表にそんな名前があったかも」
「かもねー、あいつ、大学入ってからずっとあそこでバイトしてたらしいし、顔も見たことあるかもよ?」
そのときは、考えても名前と顔が一致することはなかった。
それからも伊藤くんは面白い話を次々たくさんしてくれた。
彼から携帯の番号とメルアドを聞かれ「メル友になりましょ〜!」と言われるがまま、お互いの番号を交換した。
「ご飯、美味しかった〜。ご馳走してくれてありがとう」
店を出て、心地よい海風をあびながら、駐車場から海岸に出て二人で歩いた。
(あ〜。こんなに笑ったの、なんだか久しぶりかも)
いつもよりも、気分がウキウキしてる。
こんなことって本当にすごく久しぶり。気持ちが上向きになったみたい。
「いやいや最初のデートだからねー。それくらいはするよ」
ニコニコしている伊藤くんの話し方も態度も、バイトをしているときのそれとは明らかに違う。
きっとこれが本来の伊藤くんで、バイトのときはお仕事モードなのかも。
けれど、どちらの彼も明るくて陽気なのは変わらず、すぐにそんなことは考えなくなっていった。
「ありがとう。楽しかった。初デートに気を使ってくれて、本当にうれしかった」
心からちゃんとお礼を言った。そうしたら、
「仲山さん、素直だね〜。そこも可愛らしい」
などと言われてしまい、お世辞とはいえこう何度も言われるのはやっぱり恥ずかしくて聞こえないフリをした。
ところで今何時だろう?
腕時計を見ると、もうそろそろいい時間だった。
「伊藤くん、またバイト先まで送ってくれる?自転車置きっぱなしだし」
「えっ、もう帰る気??」
驚いたように振り向いてきた伊藤くんは「つまらない!」とキッパリ言った。
「でも、もう9時近いもの」
「まだまだ!もう少し楽しもうよ〜」
確かに門限までは間があるけれど。
「え、じゃあ・・・どこへ?」
「俺んち!ビデオでも見ようよ! この間借りたんだ、『ターミナル』っていうやつ。 知ってる?」
「知らない・・・。えと、『フォレスト・ガンプ』の人が出てるやつだよね?」
「そうそう!トム・ハンクスね。 それ見よう! それ見たら、帰っていいからさ」
今から車で戻ってビデオを見るには、少し時間が足りない気がする。
それに・・・いきなり家ってちょっと、なぁ。
「でも、・・・今、帰りたい」
シン―――。
会話が止まった。 気まずい空気の中、伊藤くんがポツリと言った。
「なーんか、俺、勘違いしてた? やっと仲山さんと仲良くなれるかもって思ったのに」
「え・・・?」
「俺、春からバイト入ったじゃん? それで少し早めに入ったときなんかは仲山さんに仕事教えてもらってたじゃん?
そんでもって夏休み入ってから週に一回は一緒にバイトしてて、すげー気になってたの、俺は。 仲山さんのこと」
気になってた、というのはつまりそういうコト、なんだろうか。
けれど彼の言い方はどこか軽くて、告白を受けているという感じはまるでなかった。
「・・・そうなんだ」
「でも仕事以外であんまししゃべってくれなかったじゃん?」
「そう、だっけ?」
唇を少し尖らせて、スネたようにそう言われても。普段バイトの人の誰ともほぼ話したりしないし・・・。
伊藤くんとはまだ話していたほうだけど、意識していないからこそ話が出来たのだし・・・
鞠の反応で、かすかだけと肩を落としたのが分かった。
「うん、すっげーいつも真面目だし、声かけないでオーラっていうの? 出てるし。
あと店長っていう名の保護者が常にウロウロしてるしさぁ〜、声かけにくかったんだよね。
そしたら昨日、仲山さんのほうから『敬語やめて』って言ってきてくれたじゃん?超マジでうれしくってさー。
これはもう、仲良くなるチャンスだー!!と思って誘ったんだけど」
「・・・うん」
「違った? 俺の勘違い?」
「私って、声かけないでオーラが出てるの・・・?」
不思議だ。
誰とも話さないように、仲良くならないように。
そうしているのは自分なのに、そんな風に見られていると思うとちょっと苦しい。
「う〜〜ん、ごめん。傷つけたなら謝るけど。 ちょっと、出てるね〜」
「そうなんだ・・・」
私って、一体何がしたいんだろう。
このままで、誰とも深く話さないままでいたって仕方ないのは分かってるのに・・・・
それまで悩んでいたこともあって、じんわりと悲しさが心に染みていく。
そんな鞠を黙ってしばらく見つめてから、伊藤くんがゆっくり口を開いた。
「・・・欲しくない?カレシとか」
「え・・・」
冗談ぽくだったが、急に聞かれ、戸惑った。
どう返事していいのかわからなくて下を向いていると、伊藤くんがさらに続けた。
「いいじゃん。俺のこと好きにならなくてもいいから、今日は付き合ってよ」
「でも・・・」
「たまにはハメ外したら? 俺を練習台にしていいからさー」
「・・・」
少し冒険したほうが、いいのかも。 そう思った。
いや、思わされたって言ったほうがいいのかも知れない。
二十歳だもん、ちょっとは、変わらなきゃ・・・。
しかし、30分ほどして、「ついたよ」という声で車から降り、アパートの階段を登る前、
そっと彼に肩を抱かれたときに鞠は誘いに乗ったことを後悔し始めた。
どうしよう・・・これは、マズいのかも。
これやっぱり、・・・されちゃいそう、よね?
逃げようと思えば今はまだ逃げられる、よね?
でも、ここ、どのへんなんだろう・・・。 タクシーってすぐ、拾えるのかな?
そんなことを考えながら、一方で断る勇気も出ず、案内されるがまま部屋に入った。
友達と二人で暮らしているというそのアパートは、部屋自体はとても広くて、
けれど衣類も本もCDも何もかもが、ぐちゃぐちゃ、だった。 足の踏み場もないほど。
あまりの荒れように呆然としていると
「あ〜、ごめんね〜、俺の部屋はこっちだから」
こうやって歩けばいいから、と伊藤くんはかろうじて空いている畳のスペースを飛石のように器用に歩きながら、
こっちこっち、と奥の茶色いふすまをガラッと空けた。
すると、そこに案外整頓された部屋が現れた。
教科書や資料がファイルされたバインダーが乗った机に、白っぽいカバーがかかったベッド。
横にしたカラーボックスの上に古めのテレビデオ。
テレビの横には灰皿、タバコ。
「えっ・・・意外とキレイ」
「あはははは! そっちの汚いのはヒカルちゃんのだから」
「ヒカル?」
「うん、さっき話したでしょ、青木。 青木輝。 輝く、と書いてヒカルちゃん。 俺、居候中なの」
「イソウロウ?」
瞬間、玄関のほうでバタバタン!!とすごい音がした。
驚いて振り向くと、ひょろっと背の高いクタクタのTシャツを着た男の人がこっちを見ている。
「あれ、何だよヒカルちゃん。 今日は研究室泊まりじゃなかったのかよ〜?」
「あ・・・うん。ちょっと・・・、忘れもん」
ボソボソと話す、低い声。
同じ部屋にいて、どうにか聞き取れるくらいだったけれど、伊藤くんは意に介してないようだった。
「そ。あ、昨日話しただろ? 仲山さん。 会ったことあんだろ?」
「・・・うん」
"ヒカルちゃん"の鋭い視線がチラ、とこちらを捕らえ、少しびくっとした。
「仲山さん、見たことない〜? こいつ」
「えっと・・・ そういえば、すれ違ったこと、あるかも」
仕事上がり、廊下で夜に入るバイトの人たちとすれ違うことはしょっちゅうだったけれど、その中にそういえば。
こんな風に背の高い人がいたかもしれない。
そうか、この人が・・・
「おー、ヒカルちゃん覚えてるなんてすごい記憶力」
"ヒカルちゃん"は黙って部屋の中に入り、教科書や本が積んである場所をガサゴソしはじめた。
こっちには目もくれない。嫌われているのかなと思うくらい無愛想な対応。
けれど、不思議だけど嫌な人だとは思わなかった。
ただ人見知りをしているだけのように鞠には思えた。
(この人、一緒に映画見てくれないかな?)
「ま、こいつのことはほぉっておいてさ、ビデオみよー。ね、仲山さん?」
「い・・・一緒に見ませんかっ???」
鞠は、矢も立てもたまらず"ヒカルちゃん"に声をかけた。
「へぇっ?」
伊藤くんのすっとんきょうな声を遮るように、早口でマリは続けた。
「あの、『ターミナル』って知ってますか?トム・ハンクスの。 今から見るんです! 見ませんか?一緒に!」
(お願い、二人きりになりたくないの、一緒にいてくれませんか?)
・・・・。
ほんの少しだが間があって。
「・・・オレ?」
"ヒカルちゃん"は名前に似合わない低い声で自分のことを指差した。
「はい! 一緒に見ませんかっ???」
(お願い!)
必死に心の中で訴えていると、伊藤くんが慌てたように
「な〜に言ってるのよ仲山さ〜ん、こいつ院生よ? 忙しいのよ?」
と間に入ってきた。
それにまるで返事をするように、"ヒカルちゃん"が言った。
「いいよ」
「えーーーーーー?!お前何言っちゃってるの??ハッキリ言って、じゃ・・・、いや、忙しいだろ!おまえはよ!」
どうやっても邪魔者は追っ払いたい、二人きりになりたい。
それまでは隠していたらしい空気を思いっきり出している伊藤くんを冷静に見つめ"ヒカルちゃん"は言った。
「・・・ヤマト、おまえだって忙しい身分だろ。 仕送りないし、教授の認めがないと研究生だって卒業もできないんだぞ。
女の子とビデオ見てる場合じゃないだろ?」
ヤマト・・・。伊藤くん、ヤマトって言うんだ。
まるで雰囲気も持っている性質も違うような二人だけれど、下の名前を呼び合うほど仲が良いらしいことに少し驚いていた。
返って違うからこそ、仲良くなれるのだろうか。
「だからそれは昨日言ったじゃん! 俺が仲山さんのこと気になってる話、したろ??」
「・・・その仲山さんがビビってんじゃんか」
「へ?」
(あ・・・)
伊藤くんには小さすぎて聞き取れないような声だったけど、鞠には聞こえた。
"仲山さんがビビってんじゃん・・・"
伊藤くんと二人きりになるのを避けたい気持ちを、分かってくれた・・・?
「ヒカル、ぼそぼそ言ってちゃわかんねーよ!ハッキリ言えや!」
「うるせー」
そう言うと、ヒカルちゃんは初めてまっすぐこちらを見た。
鋭かった目つきは、鞠の予想通りただ人見知りをしていただけらしい。
今はそこまで鋭く感じない。そしてさっきよりは少し大きめの声で話しかけてきてくれる。
「家、大丈夫? 厳しいんじゃないの?」
「あ、うん。10時には帰らないと・・・」
・・・はぁ、ったく。
小さく呟き、溜め息をついて伊藤くんのほうをちらりと見やってから、再びこちらを見る。
「じゃあもう帰ったほうがいいんじゃない? ここからちょっとかかるよ、家までは」
「そうなの?」
「うん」
「ヒカル・・・邪魔すんなよ・・・」
伊藤くんが恨みがめしそうに言うのも構わずに、ヒカルちゃんはボソボソと続けた。
「ここのアパート右に出て、まっすぐ行けば○○(バイト先)のある大通りに出るから・・・」
それ以上何も言われなかったが、
"帰りなよ。帰ったほうがいいよ"
そう、言ってくれてる気がした。鞠は一安心し、
「あ、うん、ありがとう。 伊藤くん、私やっぱり帰るね、今日は本当にありがとう! 楽しかった!」
「えぇ、そんなぁ仲山さぁん!!」
その言葉を背中で聞きながらその部屋を出て、さらにアパートを右に出てまっすぐ走った。
門限10時にはまだ余裕があったけど、なぜだか走っていた。
バイト先の、明るく光る看板が見えるまで。
何とか家に帰り、何か言いたげな顔をした母親に
「門限10時って、普通の子より早いみたい」
と一言告げるとお風呂に入って、髪を乾かし布団に入ってから気がついた。
(どうして"ヒカルちゃん"は私の家の場所や厳しいってこと、知ってたんだろう?)