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輝 1

「なぁなぁ。お前、バイトの仲山さんって知ってる? 仲山、マリちゃん」

夜中2時過ぎに、ようやく週末に提出予定のレポートのメドがついて。
へっとへとに疲れて研究室から部屋に帰ってきたら、同居人で友達の大和(ヤマト)もまだ起きていて、しかもものすごくテンション高く女の話をしてきた。

そ知らぬふりをして、そして何より早く眠りたかったので「いや、知らない」と素っ気無くしたのにそれでも大和は、

「え?知らないの? だってお前あそこのバイト長いんだろ? あったことくらいあるだろ?」

と突っ込んでくるから、

「バイト、夜しか行ったことないし」

ついムキになって返事をしてしまった。
しまった・・・いつもなら無言でやり過ごすことだって出来るのに。
この話、長くなりそうだし避けたかったんだけどな。今猛烈に眠いのに・・・。

大和はそんな俺の気も知らずペラペラと話し続ける。

「あ〜、そういうもんかもね〜。 俺も7時入りだったら例え会ってたとしても声かけにくいわ〜。
 結構可愛いぞぉ! けどお前は鈍感だからな、気がつかないかもなぁ?」
「・・・」
「そんなに性格は明るい感じではないんだけど。 顔がとにかく可愛い!目なんかパッチリ二重よ?
 今日ちょっと近くで顔見たけどほぼスッピンだったし。 スッピンであのレベルなら多少暗くても合格!」
「・・・そう」

"鈍感"らしい俺から見ても、大和は相当の面食いだと思う。

しかも女の子のことに関してはかなりマメだ。
大学入学当時から、彼女もしくはソウイウ関係の女の子、の存在を切らしたことがない。
俺の知ってる限りでは、彼女がいないのはここ最近だけのことだ。
研究生になってからはちょっと落ち着いてるなって思ってたけど、そろそろ我慢切れてきたってとこか・・・。

そんな俺の推測を裏付けるかのように、しゃべり続ける大和。
どうやら少し酔ってるみたいだ。
あまり酒に強くない大和は、飲むとすぐに顔とテンションに出る。

「前から気になってはいたんだけど、なかなかちゃんと話すチャンスなくて半分諦めてたらさ、今日!言われたわけ!
 "敬語やめてくれない?恥ずかしい"って。おっ、来たか?ってんでちょっとからかったら、もう超反応かわいいの!
 何だよコイツ中身もすっげ〜可愛いじゃん!と思ってさ、もう強引にデートに誘ったった〜」
「強引に・・・?」

俺は眉をひそめたが、大和はそんな俺の態度にはもう慣れっこで特に気にせず話を続ける。

「うん、でないとスル〜〜〜って逃げられそうな感じだったんだよね〜、俺のことそんな好きって感じでもなかったしさ」
「大和。そんなことしてる余裕あるの?」

研究生と就職活動、加えて夜間のレンタルショップでのバイトをこなして、更に女の子と会っている時間があるのなら少し課題を手伝って欲しいくらいだ・・・。

「いやそりゃ分かってるよ、金もないし立場もない! けどこのチャンスは逃せないぜ〜」

けれどそのバイタリティがうらやましくも、ある。

「・・・まぁ、ほどほどにな」
「わーってるって! 明日は学校行くからさ、それからデートだから! あっ部屋、掃除しとくかなぁ」
「え・・・。もうそこまでいっちゃうのか?」
「世の中何があるかわかんないよ〜? 俺の魅力に気付いてなびいて来るかもよ?」

あながち冗談とも取りがたい不敵な笑みを浮かべつつ、大和は冷蔵庫からビールを取り出してプシュ!とプルトップを開けた。
すでに酔っているのにまだ呑むのか。ご機嫌だな。
どうやら"仲山さん"をかなり気に入っているらしい。

「だといいけどな」
「ふっふっふ。まぁ、見てろって! 誘ったらこっちのもんだからさ」
「・・・おやすみ」
「何だよもう寝るのかよ〜? まぁいいや、おやすみ!」


まだまだテンション高くしゃべってきそうな大和を部屋から追い出しシャワーを浴び、敷きっ放しの布団に寝転んだ。

おやすみ、と言ったものの寝付けなかった。
それは、このやや古臭くて壁も薄いアパートの奥の一部屋に同居している大和が夜中だというのにガーガー音を立てて掃除機をかけているせいだけではなかった。

仲山さん、という子を知っていた。

小柄でいつもアゴくらいのボブカット。ヒカルが好きな若手女優によく似ている。
従業員用出入り口からトイレ、ロッカールームに続く廊下で何度かすれちがったときもあるし、 パッと目を引く端正な顔立ちは『あの子可愛いよな〜』と夜のバイトたちの間でも時々話に上っていた。

そのときの社員の話では、中卒ですぐバイトに来たらしい。
店長が知り合いから頼まれて、本来は年齢的にも引っかかるところを特別に勤めさせてもらっていると聞いた。

『イジメにでもあってたんじゃないの?雰囲気が暗いしさ』

それがそのときの社員の見解だったし、皆も納得といった感じだった。
納得できなかった俺は、あんな可愛い子でもイジメに合うんですか?と先輩に聞いた。そうしたら

『逆にあんだけかわいいと嫉妬されんじゃねーの?』

と。
そんなもんなのか。
俺も高校時代、いつもぼーっとしていてドンくさそうという理由だけで何度かそういう目にあったことがある。
けれど可愛くてもそんな目に合うのか、大変なんだな・・・そう思ったのを憶えている。

先輩が食事に誘っているのを一度見かけたこともある。
社員通用口の階段の下、ビルとビルのすき間になっているスペースで彼女と先輩が向かい合って何事か話していた。

彼女の俯き加減の背中が小さくて、サイズの合わない大きい制服のシャツがビルのすき間風になびいて震えているように見えて。
何故か見てはいけないものを見た気がして、そそくさとその場から立ち去った。

『すぐ断られたよ〜、堅いな〜アイツ』

先輩が他のメンバーに苦笑いでこぼしているのを聞いて、ちょっとホッとしている自分がいて。
そこで初めて、彼女に好意を抱いていたことを自覚した。

大和の言うとおり、俺は恋愛だとか、女の子に対してはまるで鈍感だと思う。
今まで彼女がいたことはないしデートもしたことがない。
手つないだのは幼稚園のときとかフォークダンスのときとか、学校行事の中でだけ。
だから、当然、ヤったこともない・・・。

(あ〜ぁ・・・・)

ジーンズを買うときに切らなくていいというだけが取り得の長い足を洗濯物が積んである山のほうに伸ばし、しばし自分の情けなさを呪った。

それに引き換え、大和はすごい。
掃除機の音が聞こえなくなり、鼻歌が聞こえてくる奥の部屋を入り口のふすまを見ながらそう思う。

(大和、本気でオトそうとしてるっぽいし。あの子、明日ヤラれちゃうのかな・・・)

大学に入って6年ぶりに大和と再会したときは純粋にすごくうれしかったのだが、すぐにいろいろ驚かされた。

まず、入学1ヶ月もしないうちにクラスメートの女子の何人かとデートをしたり付き合っていることになっていた。
すぐに学部中に「伊藤大和って男は女たらし」というのが広まった。
当人と話していても誰それとヤったとかアイツはよかったとか、知ってる名前がポンポン出てくる・・・。
童貞の俺にとってはそれは全て夢物語のような世界で、そんなのを武勇伝のように語る大和をモラル的にどうかとは思うものの、 男としてはやや憧れも感じた。

一人の女の子と続いて付き合っていることもあったが、大体は大和の浮気がバレて幕を閉じていたみたいだ。
それでも懲りずに遊びまくって、普通は3回生になったら就職活動するところを4年間好きに遊びまくって過ごした。

『だってよ、今やりたいことやらなかったら、死んじまうかもしんないんだぜ』

心配して忠告しても、そう言って笑っていた。
しかし実際卒業はできたものの、どの就職先にも引っかからずサーフィンばっかりしてた、という息子の4年間の素行を知ってカンカンになった両親の"仕送り停止宣言"を受けて。
そこにまたもや浮気がバレて彼女にフラれたところで行き場もなくなったのか、俺に泣きついてきた。

大和はどうしても困ったとき、にっちもさっちも行かなくなったときだけそうやって俺を頼ってくる。
どうしようもないけどなぜか憎めない奴で、ついいつも力を貸すことになってしまうのだけど・・・。

しかしそれにしても。
今回の頼みごとは過去最大だったと思う。
同居することは構わなかったけれどお前の力で研究生に推薦してほしい、というワガママな願いにはやや呆れた。

「頼む! 岩井教授に頼んでくれよ! お前仲いいじゃん!」
「仲いいって・・・ 確かに信頼してる教授だけど」
「俺、家には戻りたくないしさ! それにこのまま目的のないままダラダラ過ごすのはイカンと思うわけ、わかるだろ??
 とにかく、ちゃんと1年は心を入れ替えて、ケンキューに没頭するからよ! な、頼む!」
「・・・わかったよ、一回聞いてみるよ」

とにかく一度そう言わないと、この場は落ち着かないだろう。
こいつはこういうこと言い出したらきかないんだよな。そう思って、引き受けた。

「さーんきゅー!!! 本当、お前は本当、いいヤツだ。今度こそ女紹介してやる!」
「いいよ。どうせ大和が一回ヤった子だろ?」
「んなことすっかよ、俺にだってしちゃいけんことの区別くらいはあるぞ! どんなのがいい??」
「いや、マジでそれはいいから」

断るのに難儀するくらい大和は感謝して、俺はお前に女の子を紹介する、お前を男にするといってきかなかった。
親父さん譲りなのか、そういう情に篤い部分も持っていてそれだけ女にモテて遊びまくっているわりに男の人望が下がることもない。
あと強情だが、ヒカルの言うことならと納得して反発せず受け止めてくれることもたまにある。
だからこそ性格がこんなに違っても、興味の対象がまったく違っても、なんとなく4年間一緒にいれたのだろう。
困っているときに、手を差し伸べたくなるのだろう。

俺は、仕送りという収入源がなくなった大和に自分のバイト先を紹介した。
それは4月から院生になってもっと研究に没頭するべくバイトを辞めることになった自分の代わりに・・・という気持ちもあって。
付き合いの長い店長は『お前は本当、いいヤツだ。去り際がきれいなやつはみんなに慕われんぞ』と喜んでくれた。

そして、岩井教授にもそっと話を持ちかけてみた。
教授は『え・・・あのタラシって噂の?』と渋い顔をしながらもどうにか、引き受けてくれた。
奇跡的に枠がひとつ空いていたらしい。時期的には遅すぎるし絶対無理だと思ったのに・・・。

とはいえ、普通はそこまで簡単には引き受けてくれない。
たかが研究生とはいえ、1年間自分の研究の手伝いをさせる生徒を選ぶのだからそれなりに真剣だ。
しかも推薦者がそいつの同級生。
生徒に生徒を推薦されて選ぶことは、普通はない。と思う。

けれど俺は岩井教授には何かと目をかけてもらっていて、卒業研究のときから

「青木、院に来るならこのままここで助教授にならんか?」
と言ってくれたりもしていた。
最近ではそれもいいかなと思うようになっている。
学校に残らないとしても、どこかで研究の仕事ができたらいいなぁ、と。
ずっと同じことを考えて少しづつ結果を出していく作業は、自分で言うのもなんだけどかなり向いていると思うんだ。

無事研究生になれた大和は俺の顔を立てる気持ちがちゃんとあるとみえて、 (そういうところは案外ちゃんとしてたりするから、憎めないしいい奴だと思う)ややサボりぐせが出るものの案外真面目に研究室に来ていた。
夏休みになってからも、平日昼間に一日とそれ以外の週4回、夜にバイトへ行く以外はちゃんと通ってきた。

しばらくは女の子の影もなかった。
なかった、のになぁ。

(はぁ、もう寝よう・・・)

考えてても仕方ないや。
明日もまた学校だし、学校でまたあの話聞かなきゃいけないんだろうし。
バイトを辞めてからは久しく見ていない、彼女のつぶらな瞳。一瞬脳裏に浮かんだけどすぐに消して、ぎゅっと強く目を瞑った。

(女は、別にいいや・・・)

それが強がりだってことは俺自身もよっくわかっていたけれど、無理に脳みそから追い出して眠りについた。



次の日、研究室で。

「お前、今日夜帰ってくるの?」

そう声をかけられるまで目の前のメダカの産卵が始まっている水槽に神経を集中していて、俺は大和が後ろにいることすら気付かなかった。

「あぁ・・・今日は泊まるかも」
「そうかぁ。んじゃ絶対帰ってくんなよ!」
「そんなの分かんないよ、資料取りに帰るかもしんないし」

研究に没頭していると、申し訳ないけれど頼まれたことや約束事もどこかにすっ飛んでしまうことがままある。
ひどいと丸1日メシを食うのも忘れるくらい集中してしまう。
それは大和もよく知っている。

「じゃあ、邪魔はすんなよな」
「・・・うん」

そんな俺なので自信はないが、とりあえず頷いておいた。

「よし!じゃあ明日な〜」

大和が慌しく部屋から出て行き、廊下ですれ違っている他の生徒にも

「よぉ、今から間違っても!俺に電話とかしてくんじゃないぞ?じゃあな〜っ」

などと大声で軽口を叩きながら去っていくのを、聞くとはなしに聞いていた。

まったく大和の声が聞こえなくなり、廊下も今いる研究室もいつもの静寂を取り戻したところで改めてメダカを見たけれど、 まだ卵を藻に産みつける気配はなさそうだったので"その瞬間を見る"というのは諦め昨日中断したレポートを書き始めた。

それは、さまざまな研究結果や著名な教授たちの文献から自分の考えをレポート用紙にまとめる、要は教授から生徒への軽い宿題だった。
しかしどうしても進まない。
資料をそろえ、教授から借りた大事な文献から文章を抜粋したりするものの・・・集中できない。

その後誘われて一度メシを食いに外に出て、戻ってきたもののやはり落ち着かない。

(息抜きしようかな)

そう思い、引き出しの奥に入っているマンガに手を伸ばした。
けどそれすら頭に入らない。

いや。きっと何度も読んでいるストーリーだからかもしれない。
そう思って他の研究室にいる友達に違うマンガを借りに行った。

「青木〜、新しいマンガなら、この間貸したぞ?」
「え、そうだっけ?」
「そうだよ。この間お前んち持っていってやったじゃねーか」
「あ、あれまだ読んでない・・・」
「どっちみち今手元にないしさ。それ読んでからまた来いよ、その次に貸してやるからさぁ」
「わかった、ありがとう」

・・・家に帰っていいものかどうか、ヒカルは迷った。
多分、いたとしても奥の大和の部屋にいるんだろうから、荷物を取りに行くくらいならバレないと思うんだけど。

しばらく、さっき読んでたマンガをパラパラしたり研究資料をパラパラめくっていたが、

「静かに入りゃわかんないよな・・・きっと」

一人でそうつぶやき研究室を出て階段を駆け足で下り、外に出てチャリに飛び乗った。
自分の中の、今は言葉にならない気持ちを無視しながら。

 

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