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鞠 1

 「返却は、21日までにお願いします、ありがとうございました。」

・・・ふ〜っ。
これで、ちょっとお客さん落ち着いたかな。

レジに並んでいた最後の客を見送り、小物が散らばったカウンター内を整頓しながら、心の中だけでため息をついた。

鞠(まり)のバイト先で某有名チェーン店であるこのレンタルショップは3つの住宅街の中心に位置していて、 夏休みの今の時期は平日昼間とはいえ客が途切れることが少ない。
11時のオープンから、気がつくともう2時を過ぎている。

(やば、そろそろ休憩行かないと・・・)

シフトは10時半から18時。 交代で45分づつお昼休憩に入ることになっている。
今日一緒に働いている学生の男の子は早々と休憩をとって戻ってきていて、次は鞠の番だった。
今は真剣に作業をしている男の子の横顔に話しかける。

「ごめん。遅くなったけど休憩行ってくるね」
「え?・・・ってぁ〜もう2時じゃん! 相変わらずマジメっすね〜!」

大学でケンキュウセイ?、をしているというその男の子はいくつか年は上のはず。
けれど最初のころ仕事を教えたこともあってか、いつも敬語で接してくれる。

(イヤ、ってわけじゃないんだけど・・・)

中学を卒業してからずっと働いていて、常に周囲は年上ばかりだった。
だから敬語を使われるのはいつまでたっても慣れなくて、何ともこそばゆくて、落ち着かない。

「・・・伊藤くん、敬語やめて、くれるかな・・・?なんか、恥ずかしいし」

元々人なつっこい性質なのか、数多くいるバイトの子たちの中でも比較的話しやすい彼に思い切ってそう言ってみる。
伊藤くんは「へ?」とかなり意外そうにしてから、くすっと笑った。

「そう言われても、仲山さん俺より全然しっかりしてるし。最初からこれだったからもう今更抜けないっすよ」
「でも伊藤くんのほうが年上だし・・・」
「あぁ、それで」

私の言い分を聞くと、伊藤くんは人懐こい微笑みは残したまま、視線だけがからかうようなイタズラっぽいものに変わった。

「あ、判ったぁ。オレのこと好きでしょ〜??」

えっ・・・。
途端、頬がぼっ、と熱くなった。

「ち、違うっ。な。なんでそんなことになるの・・・」
「だってー、俺との距離を縮めたいってことじゃないんですかぁ?」
「違うよっ!ただ、ホントに敬語使われると、こそばゆいからっ、それでっ・・・!」

手を左右にぶんぶん振り、否定した。
好きだなんて・・・全然、そんなんじゃ、そんなつもりじゃなかったのに・・・。

「・・・そんな、全力で否定されっと凹みますわ」

否定するので精一杯だった私が顔を上げると。
予想外に必死な様子にぽかん、とした顔の伊藤くん。頭に手をやりぽんぽん、と後頭部を軽く二回叩いた。

「あ・・・ごめんなさい!えと、そうじゃなくって、ごめんなさい・・・っ」
「いやそんな謝らなくていいっすから。顔真っ赤じゃないすか」
「・・・」

ただ気持ちを誤解されては困る一心でそうしただけだったけれど、彼からすればそれも失礼なこと。
慌てて今度は頭を下げたが、それもまた変な話で。

(私ってば。一体何やってるの・・・バカだぁ)

「・・・あ〜、なるほどね」
ひっきりなしだった客が途切れて、妙な空気が流れ始めた二人きりのカウンター内の空気を救ったのは。
ニッ、と唇の両端を引き上げて笑う、無条件で相手の緊張をほぐす伊藤君の笑み。

「さては俺に惚れましたね?いつでもどうぞ♪待ってますよ〜」
「も、もう・・・じゃぁ、休憩お願いしま〜す!」
「はははっ、いってらっしゃーい」

からりと明るい笑い声に救われながら、休憩室まで駆け出した。


(・・・疲れたなぁ)

休憩室で一人、ソファーに座って足を投げ出す。
立ち仕事にはずいぶん慣れたけれど、今日のような混雑ぶりはかなり堪える。
こうして座っていると、今まで使っていたふくらはぎがじーんとしてきて重く感じた。

中学を卒業してすぐ働きたいと言った時、両親は当然のように猛反対した。
けれどそのときたまたま家にいて、この店の店長の知り合いだった叔父は軽く『働けばいーんじゃない?』と言ってくれた。

『夜間の学校に行くって手もあるんだし、まぁ今すぐ決めなくてもいいんじゃないの? まだまだ若いんだからさぁ』

若いころはヒッピー?だったことが自慢の叔父は、そう言って両親をなだめてくれた。

あれから4年。
学校も行かず、かといって遅刻も欠勤もなくこの店で働いている。
今まで社員にならなかったのはせめて思い立ったときにすぐ学校に通えるように、というのと 夜12時過ぎまで開いているこの店で社員として働くなんてお前は女の子なんだし許せない、という両親の主張によるものだった。

そのときは子ども扱いされているようで腹も立ったけれど、今は少し感謝している。

社員になると一日中お店にいることなんてザラだ。
シフトなんてあってないようなもの。 一日中、休憩もほとんどなしに立ちっぱなしで働いている。
もちろん社員の責任の重さもあるし、そのぶんお給料だってしっかりもらえているのだろうけれど、 そんな状況を目の当たりにして、16歳の鞠なりの世間の厳しさと自分の甘さを見た気がした。

それでも・・・高校には行かなくてよかったと今も思っている。
さっきみたいな会話が苦手だった。
簡単に「好き」と言われると本当はすごく困ってしまう。 上手く返せないのだ。

(自意識・・・過剰・・・って言うんだよね、こういうの)

判ってはいるのだけど、その手の冗談がキツかった。
今ではある程度は普通に返答できるようになっているが、中学のときはそれが出来ずに声をかけられるたびに真っ赤になって返答も出来ずにいて、 クラスの男子からは面白がられからかわれてばかりいた。
そうしていたら、いつの間にか女の子からイジメに近いような態度をとられることが多くなった。

「自分のこと可愛いとか思ってるんでしょ?」
「アンタのことなんて誰も好きなわけないじゃん、バッカみたい」

そういうことじゃない、違う、と言いたかったのに言えなかった。
何故そんなに意識してしまうのか、上手く言葉に出来なかった。
そして先生にも親にも話せないまま、欠席こそしなかったもののクラスの中では孤立しそのまま卒業した。
それ以来、年齢の近い子達と話すのはかなり苦手で、友達と呼べる子は一人もいない。

時折母親が、まだ学校に行く気にはならない?大検って知ってる?などと言ってきてはくれるものの。
今のままでいたい、というのが本音。だけど・・・

(そんなわけにもいかないよね)

もう、二十歳になる。
今年の2月に、成人式には出ず振袖を来て写真だけ撮ってもらった。
毎月のバイト代から少しだけ食費として家にいくらか入れているけれど、そのお金は母親が貯金してくれているようで、実際はまだ親掛かりのまま。

いくらなんでも、甘えすぎじゃないのかな・・・
遅すぎるかもしれないが、二十歳になってからはそんな気持ちが心の中に渦巻いていた。

かといって、何かやりたいことや目的があるわけでもない・・・



そんなことを考えているうちにまたたく間に休憩時間は過ぎ、伊藤くんに

「仲山さ〜ん、ヤバいよ〜!そろそろ助けて!」

と声をかけられたので慌てて仕事に戻った。
そこから夢中で返却されたビデオの整理をし、18時から30分を過ぎた頃ようやく店長から「鞠ちゃん、伊藤、もう上がっていいよ」と言われた。

「は〜〜〜〜〜〜〜!今日キツかったわ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「お疲れ様。ごめんね、私が休憩室でぼ〜っとしてたから・・・」

本当は早めに切り上げて仕事に戻ろうと思っていたのでそう言うと、伊藤くんは「いやいや、ちゃんと休憩しましょうよ」と言った。

「仲山さんは真面目すぎっすよ。それより今日マジで客多かったっすねー」
「うん、多かったね〜、お子様多かったし」
「もうマジで! 借りたかったモンがないって泣くし、もう修羅場でしたよ〜」

子供向けのDVDやビデオレンタルは回転が早いので、どれだけ商品の数があっても足りなくなることがしょっちゅうある。
そうでなくても返却されたら即棚に戻すという作業を何度も繰り返さなくてはいけないのは、本当に大変だ。

「修羅場って大げさだよ?」
「だって涙ぼろっぼろ流してで『ぷーりーきゅーあー!!』ですよ? 悪役になった気分でしたよ〜」
「ふふふふ」

伊藤くんのこういうおしゃべりはいつものことで、さっきのような会話じゃなければ気遣うことなく返事が出来る。

お疲れさま、と声をかけながら女子ロッカー室に入った。
交代のバイトの女の子たちの会話が弾む中そそくさと着替えを終え、従業員用出口から外へ。

ムッ・・・とした夕方の夏の風を感じながら自転車が置いてある場所に行こうとしたら、青い車にクラクションを鳴らされた。
なにげなく運転席を覗いてみると。

「あれ、伊藤・・・くん?」
「お疲れさまです! 仲山さぁん、これからヒマ?」
「ヒマではないと思うけど・・・ え、なんで?」

運転席には、先ほどロッカー室の前で別れた伊藤くんがいた。
キレイなブルーのTシャツの、肩から胸板あたりだけが見える。

「なんでって・・・メシ食いにいきません?」

少しだけ困惑した表情を見せてから、取り直すように彼は言った。

「あぁ・・・ごめんなさい。家に晩ご飯準備してあると思うし・・・今日はちょっと」
「んじゃ、明日はいいの?」
「えっ?!」

その質問は予想していなかったので、思わず声が大きくなってしまった。
伊藤くんは「えっ、てさぁ・・・」と少しムッとしたようだ。

「・・・あの、そ〜んなに俺のこと嫌いですか?」
「ごめん!違うの! そうじゃないの・・・そうじゃなくて・・・」

確かに、今の返事ではそう取られても仕方ない。
申し訳なさと、それでもどう言っていいか分からずに緊張して顔が熱くなってくる。

「ふ〜ん・・・」

こっちをじーっと見ている伊藤くんの視線に気付き、ますます返答が出来ずに困っていると。

「仲山さん、さっきからめっちゃ可愛いなぁ」
「・・・・・」

かわいい、って・・・・
そんなことを言われると、ますます何も言えない。
その様子を見て、ククク、と耐え切れないように彼は笑い出した。

「もう、好きなら好きって言ってくださいよ〜! 照れずにさ」
「ち、違うってば!!!」
「あはははは! もういいですよ、無理しなくて〜」

こちらの言うことはまったく聞かずに、伊藤くんはどんどんと話を進めていってしまう。

「明日は俺と晩ご飯食べる約束、しましょ!バイト上がりに迎えに来ますから」
「そ、そんな急に言われても!」
「明日は予定あるんですか?」

予定は、確かにないけど・・・でも、そういう問題じゃないよね?
そう思うのに。その場の勢いに負けて素直に「・・・ううん」と返事をしていた。

「で、俺のことは嫌いではないですよね?」
「・・・はい」

再度確認されて、何故かこっちが敬語になってしまう。

「んじゃ、明日に!」

伊藤くんは嬉しそうにニカッ、と笑った。
そしてブロロロロ・・・と軽やかに青い車は去っていった。

 

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